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実家の両親から、子供ができたら、しっかり日本語が話せるように小さなころから話しかけ、しっかりバイリンガルにしてあげなさい。それがあなたの使命です。といわれ続けて、この8年。
サボってました。
お腹にいるころは、日本語の絵本を読んで、歌も歌ってたんですが、生まれてすぐは、「ぶーぶー、ばーばー」しかいわないから、まだ「ミルクですよ〜」「お腹すいたね〜」「どこ行きますか〜」なんて話しかけてはいたものの、ずっと一方通行でしょ?
忍が4ヶ月になる頃に私は職場復帰してましたから、言葉を話し出すころはずっと英語環境にいました。
最近でこそ、3年もプー太郎やってて、どっぷり忍と過ごす時間が増えたものの、すさまじいほどの言語吸収力があるといわれる、5,6歳まで、毎日10時間は英語環境で過ごし、うちで私と過ごすのは朝の1時間と夕方、夜の3時間程度。しかもずっとお話しているわけでもなくて、こっちは家事しながら、忍は当然ながら英語でテレビ観てるし。
簡単な挨拶は、かけられたら返事します。 「おはよう」というと「おはようさん」と言い
「ありがとう」というと、「どいたしまして」と言う 程度ですが。
で、4年前、私が失業して、息子の日本語学習より、家計が心配で仕事探しに必死(結果3年もだらだらとしてましたが)だったので、ほとんど「教える」ようなことはなく、日常の時折口からこぼれる私の日本語を「聞き慣れてきた」程度。私の言っていることは多少わかっても、返事は英語。それが当たり前になってました。
それをまた、私が指摘するでもなく、危機感を感じるでもなく、今となったわけです。
ただいま私、先生の助手の仕事をしているお陰で、大人なのに夏休みが1ヶ月ちょっとあるんです。事務職の仕事の面接も先月行きましたが、『不合格』となり、もう一年、先生の助手の仕事をする覚悟。
でもその副産物として、来年もまた夏休みがあるので、 今度こそ、「来年は日本に1ヶ月は帰省できるよ〜!」と実家に報告していたところ、 がっつぅ〜ん。
「おまえんとこの息子は、日本語の名前を持ちながら、日本語は少しでも話せるのか? こっちに来るのはいいが、一人留守番(おじいちゃんたちに預けて)させて出かけるなんてことになると、 日本語も話せない『ガキ』を老人二人に押し付けていくとはあまりにも無礼」という厳しいお言葉を頂戴し、
来年度から、毎週土曜日に日本語学校へ通うことと相成りました。。。
私がこの8年間サボっていた代償はざっくり計算して 年間1200ドル(授業料とか教材とか、交通費他、プラスサンフランシスコ日本人街そばの学校まで行けば、毎回とはいわずとも、買い物、外食もあるでしょうし)に。。。
インターネットも普及してるし、自分でなんとかできないのか?って考えても見たんだけど、どうも忍に学習興味を持ち続けてもらえなくて、
旦那には「日本では(英会話の)先生やってたんだろ?教えるのは同じなのに、どうしてできないの?」なんて責められても、なんかできないんだから、仕方ないじゃん。
外国語を習得するとは、お金のかかることなんです。
と、あきらめるしかなく、それでもとりあえず、目の前の目標、 「来年の夏、日本に遊びに行ったら、おじいちゃん、おばあちゃんと片言で会話ができて、自分の要望を伝えられ、ママがいなくても、文句言わずにじいちゃんたちとお留守番できる」というレベル(って、かなり背伸びしてますけど)にいてくれたらな〜、と。
サンフランシスコの日本語学校へ子供を通わせているという先輩ママさんたちから話を聞く機会も6,7年前にありましたが、当時、「まだ先の話だ〜」なんて、適当にしか聞いてなくて、それ以降日本人のママさん友達とも仕事が忙しくて疎遠になっていたので、最近の情報も全くなく、ネットでいろいろ探しました。
英語での説明が割りとわかりやすい(パパに納得してもらうにはこういうのが一番)サイトを見つけ、 学校見学に昨日行ってまいりました。(はぁ〜、長い前置きでした)
日本人の間ではどんなうわさか、全くわかりませんけど、例の『yelp』でアメリカ人のうわさを読んでいると、結構前向きな意見も多く、とりあえず、ここに見学へ。
桑港学園。
サンフランシスコの日本人町の外れに位置します。ジャパンタウンのミツワマーケットのある駐車場に車を停めて、上り坂の道4ブロックちょっと。 学校の建物は、70年代の学生寮みたいな感じ。ちょっといぶかしげな裏通りに入り口があり、看板も大きく出ていないので、これなのかな〜?なんて恐る恐るドアを開けると。
迷路のように階段が3方にあって、不思議な建物でした。
あぁ〜、物騒でもない〜
いっしょに見学に来たパパはそれでも一歩建物内に入ったときから、「ここは日本?」って気分になったといってましたから、それほど期待はずれでもなかったようです。
私の「語学学校のイメージ」っていうのが、日本の「英会話学校」。
モダンなビル内にホテルのようなフロントがあって、蛍光灯でがんがん明るく、ところどころに観葉植物が置かれていて、ラウンジで談話しているとか、先生たちもリラックスして、コーヒー片手にけらけら〜。
そんなイメージを持っていたもんだから、ちょっとそれとの『ギャップ』は大きくて、ショックでしたけど。
掲示板には所狭しといろいろな案内の張り紙が(写真とかは[これいつの物?」って思うような古そうなのもありましたが。)
一言で表現するなら、 「まじめ」
学校なんだから、教室と廊下があればそれで良いみたいに出来上がってました。
イベントのアルバムですかね? 5年ほど前の写真だそうですが、スタッフのものです
ま、それで当然良いんですよ。そうでなくっちゃ。 日本の英会話学校っていうのは、ほぼ、「サービス業」ですからね。あれだけはなやかにしていないと「生徒(お客)さん」集まらないでしょ。
昨日は出かける前にいつもの5km(といいたいところですが、時間が気になって2kmしかできませんでしたが)を歩いた後だったのもあり、気温もこのところずっと涼しい日が続いていたのに、日中は私の住むあたりでは猛暑日気温、サンフランシスコでは夏日の気温。
この学校の建物には空調がなく、出発直前まで体を動かしていたために代謝が続いていたのか、さらには更年期の体温でもあったのか、恥ずかしいくらい汗が噴出して、先生との会話も、ミゼラブル〜(情けない〜)。
テキストも見せてもらいました。
もっとうろうろして写真撮りたかったんだけど、なーんとなく、「勝手にうろつかないでください」みたいな空気があって、「職員室」と「先生用ラウンジ」の向かい合わせになる通路で立ち話するだけとなりました。
オフィスに男の先生?(かな?)がいて、初め、「あ、の〜。日本語、でいいですか?」と聞いたら、英語で返事が返ってきて、『なんだ、日本語学校とかいいながら、中国人経営の学校かぁ?』なんて思ったんですが、それをあとからパパに言うと、「あんたが日本人らしい格好してないからだよ。どうせ、日本語もちゃんといってなかったんじゃないの?」な〜んて。
その男の先生、講師の方々がオフィスに戻ってこられると、普通に日本語で話していらっしゃったので、私が、逆に中国人とか、思われてたのかな〜?(こっちで韓国人と間違えられること、よくあるんですよ)
(ひとりごとコーナー)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー このヤロウ〜!100%日本人の私、死ぬほどホームシックにかかっている私が、同じ日本人から日本人と思われないなんて、そんなこと、あっていいのか〜! ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アメリカの学校のシステムに慣れてきていた私にとっては、学校案内とか何度か前もってメールでやり取りしていて、今日の訪問も「お待ちしております」という返事をいただいていたので、もっと積極的にアピールしてくれるものだと期待してたんですが、生徒集めに苦労がないのか、セールスピッチは全く無し。
でも逆にそういう<がつがつしていないところ>をうちのパパが超気に入って、「ここは、しっかりしてる。売り込まないし、勉強するという環境が整っている(自販機も置いていないし、超殺風景)!」と2Thumbs アップ。
この廊下で簡単に先生が忍の日本語レベルをチェック。
「日本語は少し、わかるのかな?」と先生が前かがみで忍に話しかけると、 「マイネームイズ、しのぶ」と答える忍。
先生、すごく申し訳なさそうに、「日本語で話しかけられているのはわかるみたいですね〜(
年齢が8歳。本来なら、小学1,2年生レベルのクラスに入れたいところ、とっても申し訳なさそうに、 「5,6歳のクラスが一番ビギナーのクラスなんです。みんなで歌を歌ったり、ダンスしたり、折り紙したりしながら、学んでいきます」といわれ、
わが子をよく知る私としては、[あ〜、小さな子供たちと同じレベルでお勉強は、辛いだろうな〜]と思いながらも、それ以上どうしようもないんで、「だいじょうぶだよ〜。きっと楽しいよ。」と気休めを。
ま、先生も私と忍の「幼稚園クラス」への不安顔
今の忍の顔 スイミングでとんとん腕を上げてるのだし、同じ感覚で楽しみながら来年は日本語ぺらぺらになってもらいましょう!
学ぶというのは茨の道なのです〜! 楽して、頂点には立てないのだぁ〜。 (私がしっかりしてなかった為に、苦労かけるね〜。ごめんだよ〜。でも将来、絶対[学校へ無理に行かせてくれてありがとう]って思えるときが来るよ!)
実はこの後、日本人街と、ゴールデンゲートブリッジに遊びに行ってきました。そのようすも次のブログ、覗きにきてね。 |
語学 英語vs日本語
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イベントのアルバムですかね?
5年ほど前の写真だそうですが、スタッフのものです
テキストも見せてもらいました。



両親がそろって日本人でも日本語をキープするのが難しいと嘆いているので、忍君には本当につらい道かもしれませんが・・・がんばっておじいちゃんおばあちゃんと楽しい夏を過ごしてもらいたいですね。がんばれ〜〜〜!!でもねえ、親がまだ教育費を出してくれるうちにこうして言語の勉強が出来るって、本当に幸せなことよね・・・・しみじみ。
2012/7/23(月) 午前 4:24
sansさん
”親がまだ教育費を出してくれるうちにこうして言語の勉強が出来るって、本当に幸せなこと”イや〜、本当に。
この子の性格からすると、大きくなってアルバイトするようになったら、稼いだ金をつらい勉強にあてるとはおもえませんから。。。子供のうちに押し付けられるものは押し付けておこうと。。。がんばってもらいます。
2012/7/23(月) 午前 4:39 [ Keiko ]
祖父母さんのことばいいですね〜日本人の誇りだ!さすがkeikoさんの…と思いました。
自分の子供とかに何かを教えるのは難しいです!!!。
家で忍君と日本語で会話できたら一石二鳥ですね!
忍君は日本語力アップ!ママはホームシックが減る?!
2012/7/23(月) 午後 7:02 [ 森のぼんじん ]
森さん
いや〜、うちの両親、きびしいですからね〜。この年になってもまだ頭上がりませんもの。
旦那にも結局日本語教えられなかったし、家族に教えるっていうのは、難しいですね。
そう、ぺらぺらやってくれたら、ホームシック軽減するかもですね。
2012/7/24(火) 午前 0:30 [ Keiko ]
自分の子供に日本語を教えるのは難しいですよね。家での会話を日本語にすればいいんだけど、小さい頃は、英語と日本語をごっよまぜにしたりして。
うちも日本では、子供たち日本語で苦労しました。が、全く覚える気なし。大学で日本語を取るつもりらしいです。
(私が日本語でボヤいたり、怒ったりするので、ある程度はわかるようです)トホホですね。
忍君、がんばれー!めざせ!バイリンガル!
2012/7/24(火) 午前 1:54
ROMさん
そうなんですよ。私も気合があまりに早い時期に入れすぎて、すでに燃え尽きてまして。
で、時間ができた4年前は失業したところでお金もなくて。。。
人生思ったとおりにはいかないものです。
目指させます!
2012/7/24(火) 午前 4:44 [ Keiko ]