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人生の後半に差し掛かったってことでしょうか。
昨日、4ヶ月くらい痛い思いをしている二の腕、肩の調子を診てもらおうと、やっと病院へ行きました。(私の担当医、稼ぎが良いんでしょうか、しょっちゅうバケーションでいなくて、やっとつかまえられました) 受付で「住所変更ありませんか?昼間の電話番号は?」などなど事務的な質問をいくつか受けて、その最後に「なんちゃら、かんちゃらの書類、サインされましたか?」と質問されて、意味不明だったので、とりあえず、「メールで送ってください」とお願いしました。 診察は、いつも通り。挨拶もハローのみ。「ここに来るくらいだからお元気ですかの質問はいらない」と思ってるのかな。一見無愛想なんだけど。 私の担当の先生、とっても事務的な人で、余計なおしゃべりしないぶん、サッサと用事がすむのでいいのですが、専門用語が連射されるので、いつも帰宅してから、改めてメールを送り、今日の診察の診断をもう一度書いてください。とお願いするんです。 で、ゆっくり辞書で単語を調べて、内容を確認(一応、なんとなく診察中に理解してはいるんですけど)して、今回の場合は、リハビリに行かない代わりに自分でできる運動方法を改めて病院のサイトなり、巷のYOUTUBEなりで調べて、治していく方法を選びました。 先生の診断は、別に命に関わるような重篤なものではなく、腕の筋肉を酷使した結果、または、普段動かさない方向へ無理に動かしたために筋肉に疲労がたまった結果、とかいう感じの診断でした。 なのに、受付から送られてきたメールの添付書類は、 「カリフォルニア・アドバンスヘルスケア・ディレクティブ (加州延命措置等に関する事前指示書)」 とかいう、仰々しいものでした。 私もそういう歳になったってことですかね? でも調べてみると、最近になって、18歳以上の患者に、希望があるならということでこの手の書類を提出してもらっているそうです。 ちょっと安心しました。 何も知らないって、バカみたいに感情のローラーコースター、楽しめる?!んですよ。 『え??先生、私の腕はただの筋肉の疲労って言ってたのに、もしかして、私何か悪い病気にでもなってるんだろうか。そういえば、腕にしびれはありませんかとか、他にどんな症状がありますかとか、ききながら、首を傾げてたな〜』なんて、不安になってきて、昨夜はあまり良く眠れなかったり。 正直、まだこの年では「死」ということに向かい合うなんてドラマの中みたいで、とても普通に考えることはできません。 でも普通に生活していれば、どんな事故に遭遇するかなんて、予想もつかないし、朝元気で出かけても、今夜病院のベッドで意識不明の重体になっているかもしれない。 その時に、そばにいる医者が私の意志を確認できる手段をもっていれば、後の処置がスムーズに行われるんでしょう、おそらく。臓器の提供とか。 でも大きな決断が必要だと、改めて思いました. 今日は「意識がもう戻らない」となった時点で「それなら機械類を外して死にたい。ひとさまに下の世話などしてもらうくらいなら、生きていてもしょうがない」って言っていても、実際には、わずかな生き残れる確実があるのなら、そのわずかの中に意識快復も1%でもあるのなら、と思うと・・・。 家族とちゃんと話し合ってこの書類にサインしたいと思います。 忍にはあまり重たくないように説明しましたけど、既に涙ぐんでいます。 いつかは遭遇しなければならない【親の死】。私も人事ではないんですけどね。 この夏に実家に戻って、つくづくもうその日はそう遠くないと思うと、心準備は必要です。 |
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2013年10月04日
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