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最近、ブログでも随分とマトモな意見が出て来た事は嬉しい限りですね。
しかし、それでも・・・ 『過去、日本は朝鮮半島に酷い仕打ちをしたから・・・』 なんて・・・、反日サヨクに思い込まされて、後ろめたく思っている人がいるでしょ? その人達にも目を覚まして欲しいので、今後半島における隠された真実や誤解を取上げていきます。 今回取上げたいのは、戦前の軍人さん・・・ 彼は、正真正銘の戦前の・・・
この『中将』という地位は、軍人としては最高位の『元帥』、『大将』の直ぐ下の地位になります。 会社で言えば、だいたい副社長クラスかな。 最近上映されたばかりのクリントイーストウッド監督の2部作で有名な映画。 『硫黄島からの手紙』でも、出てくる硫黄島の最高司令官の・・・ 栗林忠道 中将と同じ地位です。 如何に高い地位を与えられていたかが判りますよね。 因みに中将という地位は、その下に6千人〜2万人規模の将兵を動員する、 師団長や軍司令官となる場合があります。 洪思翊さんは少将の時に、すでに歩兵第108旅団長となっていました。 つまり、これだけ多くの日本人の命をこの朝鮮人の方にお預けしていた訳です。
そもそも洪思翊さんは、どんな経歴の持ち主かと言いますと・・・ 戦前は大変難しく、入学がかなり困難だと言われていた陸軍士官学校の第26期生として卒業しています。 さらに1923年にはエリート中のエリートが行く、陸軍大学校も卒業しているんです。 しかも、彼は日本名を名乗らず、
サヨクの人は未だに、何の根拠もなく「日本は朝鮮人に創氏改名を強制した!」とか、 中には「創氏改名しない人を銃殺した!」なんて、実にバカバカしい捏造をしている人が いますけど、洪思翊さんは正真正銘、本名のまま陸軍中将まで登りつめた人なので、 当てはまりませんね。
さらに言えば、日本人部隊を率いて抜群の勲功を立てた陸軍大佐の金錫源さん。 当時の軍人として最高の名誉の金鵄勲章を授与されて、多くの朝鮮人男子の憧れだった人も・・・
金錫源さんも陸軍士官学校の第27期、歩兵科を卒業して大佐にまで昇進したエリートです。 因みに大佐とは、海軍だったら一つの軍艦の艦長さんになれるぐらいの地位で、 会社で言えば、だいたい本部長クラスぐらいですね。 ちょっと、脱線しましたけど・・・ 兎に角、
話を元に戻します。 洪思翊さん、 いくら日本が「朝鮮併合は平等を目指したモノ」と言っても、それは当然ながら偏見や差別はあったと思います。 でも、その逆境の中にあっても、日本人にその才能を認めさせるだけの高い能力と知識、行動力が あったことも事実です。 それもそのはず、洪思翊さんの知識はとても素晴らしく、一般の陸軍士官の教養だけでなく、 四書五経から英語にまで精通して、多くの歴史、特に戦史、戦術の専門家でもありました。 そんな彼の人物の輪郭を捉えるこんなエピソードもあります。 まだ洪思翊さんが下級将校の『大尉』であったころ、息子の洪国善が近所の子供から 「バーカ!チョーセン、チョーセン」とからかわれた時に、 彼は我が子に向かって・・・ 「どんな時でも必ず『私は朝鮮人の洪国善です』とハッキリ言いなさい。 決して『朝鮮人の』を略してはいけないんだよ!」 ・・・と、諭したといいます。 さらにこんな話もあります。 色々な任地で指揮官になると、必ず決まってこう訓示するそうです。 「自分は朝鮮人の洪思翊である。唯今より天皇陛下の御命令により、指揮をとる!」 「異義のある者は申し出よ!!」と、 これを多くの日本人将兵の前で、堂々と大音声でやるから、異議なんて出っこないですよね。(笑)
そんな彼にも終戦時には悲劇が襲いました。 洪思翊中将は、南方軍総司令部の兵站(へいたん)総監を勤めいた時に終戦となり、 戦後はありもしない嘘の捕虜虐待の罪に問われ、フィリピンのB・C級裁判で刑死しました。 B・C級裁判がいかにいい加減でただの復讐劇であったかは、ここでは語りませんけど・・・ 洪思翊中将は、そんな不公正でいい加減な裁判に一切文句を言わず、判決を淡々と受け入れたそうです。 周りの人には、軽口で「絞首合格だったよ」って語ったそうです。 これは、戦前の徴兵制度の「甲種合格」に引っ掛けた洒落なんですけど、例え軍人であるとはいえ、 死が確定した後に、平然とそうした洒落を言えるだけの大きな人物であった事が伺えますね。 それにしても、洪思翊さんのように優秀な人を失った事は、日本にとっても、その後の朝鮮にとっても、 本当に勿体無いことだと思いました。 さて、今回ここで私が言いたかったことですけれども・・・ それは・・・ 日韓併合を殊更、酷い「植民地」扱いする事は、正しくない事です。 そもそも、欧米列強の施した過酷な植民地政策と、同列に扱うのには、無理があります。 戦前の日本にも、確かに彼ら朝鮮人に対して差別や偏見はありました。 しかし、それはアジア・アフリカ諸国で300年以上行われていたような、現地人を奴隷として 市場で売買したり、戦後も欧米諸国、特にアメリカ南部や南アフリカで暫く続いていたような、 人種による合法的な『人種分離政策』が進められた事は1度としてありません。 基本的に同じ日本人として受け入れようとしていましたし、現に洪思翊中将や金錫源大佐、 その他、多くの朝鮮人として堂々と日本の社会に溶け込んで活躍していた人は大勢います。 中には朝鮮人の国会議員さえも居ました。 朴 春琴(パク チュングム)さんは衆議院議員を2期務めています。 ★因みにアメリカで公民権運動が盛んになって、黒人に対する『人種隔離法』を違法と定めた のは、戦後の1964年7月2日に公民権法(Civil Rights Act)によってです。 今まで、ご覧頂いたように・・・ 日本においては欧米列強諸国と異なり、洪思翊中将のようにごく普通の朝鮮人でありながらも、 才能さえあれば出世街道が用意されていた現実を知って欲しかったのです。 そこには当時の欧米列強から見れば、かなり常識外れの、それでいてかなり先進的な日本の行政の 姿勢があったことが窺い知れると思います。 私は、朝鮮での日本の政策は、誇る事はあっても、恥じる事は何も無いと、考えています。 もちろん彼も靖国神社の英霊の一人です。 それにしても、 戦前の日本には、洪思翊中将のような、立派な朝鮮人が居た事も忘れないで欲しいですね。 私は彼を日本の歴史教科書に載せても良いと思っています。
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特亜問題(半島編)
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miracleさん。イラッシャイマセ〜( *^∇^)_旦~~はじめまして!私も正統な評価がされていた証拠だと思います。しかも彼一人ではなく、他にも高級将校は居たのですから・・・ところで、奥保鞏さん・立見尚文さんは共に日露戦争の時にご活躍されていますよね。特に立見さんは山県有朋が戊辰戦争の時に痛い目にあって、逆に気に入ったから引き抜いたって聞いてます。そこらへんは柔軟でしたよね。
2006/12/13(水) 午前 0:20
ともひろさん。そうですね。帝国主義全盛の当時としては、日本の差別は在ってもほとんど微々たる物ばかりだったと思います。当時はまだ人種差別が公然と行われていて、下層民=有色人種が世界の当たり前でしたからね。
2006/12/13(水) 午前 0:23
事実を事実として認められないからね・・・ 森本とかを在日として誇ってた人はその方じゃなくてfwapyとか言う人で、在日特権はありません。とか議論しましょうとか言ってきた人でした。在日を慰める文章とかを結構記事にしてる在日さんでした。当時の朝鮮人は日本に併合されて文化も学問も経済も地位も向上しましたね。悪いことあったのかな・・・
2006/12/13(水) 午前 6:13 [ レフティ ]
http://nandakorea.sakura.ne.jp/media/sinjituwadokoni.swf 初めてこのブログを知り、感動しています。ありがとうございます。 私はまだブログの作り方がよくわからないので、是非上の動画もアップしてくださいませ。
2006/12/13(水) 午前 10:59 [ 2児の母 ]
また一つ知ることが出来ました。ありがとうございます。どの国にもすばらしい人がいると感じます。日本の懐の深さ、そして自国に誇りを持っていたこの方も大人物ですね。
2006/12/13(水) 午後 11:56
lefty0210さん。さっきその方のブログ見て来ました。なんかちょっと偏っているみたいですね。日本国内で彼らだけに通用する反日教育を実施しているからこういう在日の人がいるんでしょうね。それを許している日本も日本だけど・・・
2006/12/14(木) 午前 0:29
2児の母さん。こんばんは!えっと、お褒め頂きましてありがとう御座います!(*- -)(*_ _)ペコそのフラッシュは知っていました。頃合を見てUPしようと思っていたのですけど、すでにブログ仲間が上げているので、いつか転載する予定です。
2006/12/14(木) 午前 0:36
ゆずぽんさん。そうですね。今の半島の方々でも素晴らしい人が居るのは判ってますけど、国家の体制が狂っていると、どうしても変な人も増えるのかも知れません。ただこの洪思翊さんは本当に朝鮮の鏡のような人だと言えると思います。
2006/12/14(木) 午前 0:39
この方は初めて知りました。立派な方ですね。現在も在日という出自でも、卑屈にならず様々な分野で活躍している人がいます。その一方で被害者意識丸出しで甘えたことを言う一部の在日が(しかも声が大きい!)、イメージダウンに貢献しているのは残念でならないですね。彼らが批判されているのはその出自が故では無いことに気付いてもらいたいです。
2006/12/14(木) 午後 8:33 [ nao*uv ]
naojuvさん。やった!+。:.゚ヽ(*´∀`)ノ゚.:。+゚新しく知って下さる方が居て嬉しいです!日本は全然卑屈になる必要が無いって事ですから。在日についても仰るとおりです!黙々と良い仕事をしている人の足を引っ張っている在日が全体のイメージをどれだけ落としている事か。ですね!
2006/12/14(木) 午後 10:39
このような方もいらっしゃったのですね♪都合が悪いから韓国では封印されているとは・・洪思翊中将殿のご子孫達が、韓国政府によって財産没収の憂き目に遭われない事を切にお祈り致しております(T_T)こうもり
2006/12/15(金) 午前 2:03
この人のことは知りませんでした。この本読んでみようかな。日本人の自虐史観は、どーにかならんもんですかね?実際にパラオに行った時、現地の人と話しましたけど、日本の統治はすごく良かったよと言ってくれました。日本人は日本人として、もっといろんな角度から歴史を勉強し直さなきゃですよね。
2006/12/15(金) 午前 8:48
優秀な人材は出身は問われません。まさにその例だと思います。
2006/12/16(土) 午前 0:33
こうもりさん。まだまだ韓国では封印されている事実って沢山ありますよ!日韓基本条約の内容が公開されていなかったり、日本の総督府が実施したハングル文字を近代化させて普及させる為の努力とか・・・まだまだ彼らには真実が隠されていますから・・・
2006/12/16(土) 午前 9:25
むー君さん。そうです、こういう情報はとても貴重なんです。自虐史観を解く為にも・・・皆さんが一人一人がこう情報を持っていると、嘘や捏造した情報をばら撒いているサヨクに、真実を突きつけて反論する事ができるんです。結果的にそれが日本の正常化に繋がると私は考えているんです。
2006/12/16(土) 午前 9:30
SATORUさん。そうですね。優秀な人材の出身は問わない。でも実は朝鮮人の彼もエリートコースを歩んできたから出世できたんです。幾ら戦争のやり方が上手い日本人がいても、エリートコースでないと出世は出来なかったのが昔の日本の欠陥です。今も国家公務員にはこの病気があると思うけど・・・
2006/12/16(土) 午前 9:34
戦後しばらくは韓国軍の幕僚クラスの多くが日本の陸軍士官学校 出身者でした。軍人だけでなく、朝鮮総督府を含め官僚や役人にも朝鮮人名の人が多く採用されています。ちなみに、師団長にしろ軍司令官にしろ、天皇陛下から職を賜る「親補職」です。閣下と呼ばれる人ですね。 現代の韓国でも、真面目に歴史学や考古学に取り組んでいる韓国の学者は結構いて、そういう方は本当に尊敬できる方ですよ。
2006/12/17(日) 午前 9:22 [ べーさん ]
besankyotoさん。そうですね!(*゚ー゚)(*。_。)(*゚ー゚)(*。_。)ウンウン朴大統領も満州軍の将校さんだったけど、日本の陸軍士官学校を出た方ですよね。それでけ、総督府の中央官庁で多くの朝鮮人の方々が働いていた証拠でもありますよね。
2006/12/17(日) 午後 10:23
私も若い頃は、「侵略」だと思っていました。それは、違いますね★傑作ぽち!
2007/6/16(土) 午前 8:32
ナオミさん。そうなんですよ。そのまま自動的に普通の学校を卒業すると侵略って教わってしまうのが怖いですよね。
2007/6/17(日) 午前 10:45