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キリスト教のズルさを論じると長くなるので、別の機会に譲って… 再度、繰り返しますけど、私は『神仏分離』は、ある程度は良くても、『廃物希釈』は 絶対に良くなかったと考えています。 そもそも、神道と仏教の全てをクッキリと分けてしまうと、その中間に居た曖昧な宗教は、 神社か、お寺かのどっちかに、無理矢理、押し込められることになってしまうからです。
私としては… 最初から神道のものは、神社で… 仏教だけなら、お寺で… でも… その中間にあった宗教を…
特に分ける必要なんてないと思わせるのが『日光東照宮』です。 ここは、神社であって、お寺でもある。両方の性格がとても強いのです。 同じ境内に神社の建物と、お寺の建物が融合してて、全然違和感がありません。 それなのに、今は管理が別々になっていて、神社とお寺それぞれの入口が とても不自然に配置されています。 修験道にしてもそうです。神道と仏教の中間的な存在だったので、 どっちつかずで、明治以降、随分と衰退してしまいました。
元々、神道と仏教はお互いに強く影響しあって成長してきました。 例えば、もし神道に仏教の影響が全くなかったとしたら、 そもそも神社は、拝殿や本殿のような建物を建てなかったかもしれません。 灯篭も無かったかもしれません。 奈良県の大神神社さんの末社、『桧原神社』さんのように、 ただ祈る場所として、周りを囲っただけのチョット寂しい神社になっていた可能性が高いでしょう。 また、全国のお稲荷さんの総本山で有名な、伏見稲荷神社にしても、 京都の東寺と取引が成立して、東寺の守り神の地位に付いていなければ、 あれだけ大きなお社群と、強い組織を持った神社には絶対になれませんでした。 それどころか… お伊勢さんに至っては、尼僧に大いに助けられた歴史もあるのですよ!
戦国時代の一時期、寛正3年の遷宮を最後に、内宮は123年、外宮は129年の長きに渡って 式年遷宮の儀式ができない異常事態が起こりました。 当時、伊勢神宮は独自の対明貿易に失敗して、資金がなく、又、代わりに用立てしてくれる筈だった 室町幕府は、財政がガタガタで資金を出せず、さらには応仁の乱などの戦争が頻発していたので、 でも、その長い中断に終止符を打ったのが、臨済宗のお寺、慶光院の尼さんだったのです。 彼女は積極的に諸国を歩き回って、遷宮費用を集めました。その話は徐々に知れるようになり、 後の権力者の織田信長や徳川家康からも資金を得られるようになったのです。 その甲斐あって、式年遷宮はなんとか復活することが出来ました。 もし、この尼さんが居なければ、伊勢神宮は普通の神社と同じような建物に変化して、 式年遷宮の伝統は、そこで途切れていた可能性もあります。
さて… 影響はなにも神道の側だけではありません。仏教側にも勿論あります。 一般的な仏教建築で、神社の影響は、手水舎を置くようになったり、注連縄柱に似た門柱を 立てるようになったのだそうです。 具体的な神社とお寺の関係では… 東大寺の大仏さんの建立に、伊勢神宮が協力していた話があります。ご存知でしょうか? 実は伊勢神宮は当時貴重な水銀を産出する領地を持っていたのです。 神領にあった豊富な水銀を東大寺に提供して、当時の精錬方法(水銀アマルガム法)で、 大仏さんを金メッキにする手助けをしたのです!! これで仏教関係者は、お伊勢さんに足を向けて寝られなくなりました〜♪
仏教側への影響は他にも色々あります。 飛鳥時代に日本に入ってきた仏教は、当時はまだまだ権力者のお遊びのような部分がありました。 それを民衆に普及させたのは、新しい密教(天台宗と真言宗)でした。彼らは本地垂迹説を唱え、 仏教の中に、神道的な要素を沢山取り込んで来ました。 つまり仏教は対立するのではなく、神道の方に近寄ってきたのです。
※本地垂迹説 = 仏が仮の姿になって日本の神々として現れた、とする密教が編み出した説。 ※反本地垂迹説 = 神が主で仏が従、神様が海外では仏の姿で現れたとする神道側からの説。 だからこそ、新しい密教スタイルの仏教が民衆に支持され、宗教として成長できたのです。 その後の時代でも、鎌倉仏教なども、神道の影響を受けているんだそうです。 中には、愛知の豊川稲荷さんのように、限りなく神道に近い仏教を生み出した例もあります! 逆に考えれば、日本人には神道の心が染み付いているから、その影響は当たり前なのかもね(笑) つまり… お互いに付かず離れず、距離を置くところは、距離を置いて… くっつくところは、習合して… 時代と共に、お互いが上になったり、下になったり、色々とあったけど、 糾える縄のごとく、神道も日本仏教も影響しあって進化してきたのです。 何も悪くないと思います。
実は今、仏教界の某宗派では、戦後の赤色革命勢力に本山を乗っ取られてしまったところがあります。 (この件はいずれ記事にします。) その宗派は神道を嫌い、神棚がある門徒には、それを捨てるように勧めている始末です。
残念ですが、神道会はそんな連中とも対峙しないといけないのです。 でも幸いにも、仏教界の一部(特に密教系)では、また新たに神道との融和を築こうとしています。 西洋文明に毒される前の良き時代、その中から良いシステムを参考にしてバージョンアップする。 これからの新しい活路を見出そうとする動きは、私にはとても良いことだと思えます。 もちろん昔のように、どちらが本地垂迹で、どちらが反本地垂迹だなんて、 くだらないことは言わないで欲しいですけど。(笑) 同じ日本の宗教です。ともに助け合って行って欲しいと思っています。 だって、神道には、無宗教の革命勢力、カルト宗教、…そしてキリスト教。 敵が大勢いるのですから。
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日本の伝統が危ない
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すみません。抜けているところは「久遠の存在としての仏」ですね。
仏教を全否定する気はありませんが神仏仲良くというのと「神仏習合」は違うという事だけ強調したいのです。江戸時代の神社は社僧が支配する限りなく寺に近い存在でした。少なくとも其れがいいと思う神道者は居ないはずなのです。最近の神仏習合がよかったというような論を葦津珍彦先生が生きておられたならどうお考えになるられるかと思います。因みに仏教は本来「無神論」「無霊魂論」て先祖祭祀とは一切無関係だと思います。
2009/1/7(水) 午後 3:24 [ kob**o3 ]
葦津氏は「レーニンかバクーニンかを決めるのは考えいきめるものだが神道か仏教かはそうではない。其れが信仰というものだ」と仰っていました。私自身は家が寺とは一切無縁の為、観光以外では寺に行った事もありませんがそれでも日吉大社の例祭に天台座主が奉幣される式次第は参列していていいものだと思いました。
2009/1/7(水) 午後 3:34 [ kob**o3 ]
kob**o3さん。
【江戸時代の神社は社僧が支配する限りなく寺に近い存在でした。少なくとも其れがいいと思う神道者は居ないはずなのです。】
その通りですね。私のスタンスはあくまでも神と仏では、神が上です。理想は神社神道が国教。仏教と教派神道が準国教ぐらいのスタンスです。だから江戸時代に回帰するつもりは全然ありませんし、する必要も感じません。ただし、江戸時代に失った色々の物を惜しいという気持ちはあります。廃仏毀釈の運動は、神道側の思惑ではなく、私は仏教側の奢りからくる自業自得だと思っていますけどね。
2009/1/8(木) 午後 11:24
kob**o3さん。
私が特に惜しいなぁーって思うのは、神道と仏教の間に生まれた新しい宗教を潰してしまったこと。そもそも仏教といっても純粋な仏教とは思えません。日本独自の仏教ですから。それと神道の間にできた修験道などは、日本生まれの独特の宗教。本当に勿体無いですよぉ。
2009/1/8(木) 午後 11:28
確かに修験道などは独自の発展を遂げたのでしょうが、そんな簡単に潰れてしまうものなのでしょうか。又、口の悪い友人に言わせると現今の仏教は袈裟を着た神道だ(先祖祭祀が主ですものね)などなど。ただ神仏仲良くというか神社界と仏教界の交流などは私も大いに賛成ですが神仏習合だけは賛成できません。神前での般若心経などは悪い例の一つです。お経は寺ですればよいと思います。
2009/1/9(金) 午後 11:27 [ kobuyo3 ]
こんにちは。トラックバックありがとうございます。
「神仏習合」を語る際に重要なのは、(すでにコメントのなかで指摘されていますが)やはり「久遠の存在としての仏」に該当するような概念が日本固有の信仰にはなかったことだと思います。“ちがい”があったからこそ、神道・仏教が互いを“他山の石”としながら、相互に思想体系を進化=深化させていったんでしょうね。「神仏仲良く」の根柢には、たぶん熾烈なライバル意識が伏在していたんだと思います(笑)。
あっ、キリスト教のことあんまりわるく言わないでください。いわゆる「不敬事件」で知られる内村鑑三先生なんかは、じつは“真正の愛国者”です。いつか記事に書いてみますね。
2009/1/17(土) 午後 5:32 [ kamuya ]
内村鑑三氏は教育勅語について陛下は此れを実行せよと仰せになったのであって此れに敬礼せよと仰せになったのではないと行っています。勅語の道徳には敬意を表したが敬礼という作法を拒否したに過ぎなかったんですね。現在のわが国のキリスト者はこういう事実も捻じ曲げて教育勅語の道徳を否定する事に躍起となっていますね。
2009/1/18(日) 午前 11:11 [ kob**o3 ]
血に汚れた宗教で無いのは 日本の神道だけと言われています こんな良い宗教を保ちながら 何故他の宗教に行きたがるのでしょう 日本人のお人好しにあるのか 他の文明を受け入れるためなのか 日本人の不可思議なてんですね
2009/1/18(日) 午前 11:54 [ テラノ助 ]
kobuyo3さん。
【確かに修験道などは独自の発展を遂げたのでしょうが、そんな簡単に潰れてしまうものなのでしょうか。】
はい。潰れては居ませんけど、明治時代以降、随分と廃れてしまったのは事実だと思います。やっぱり法制度とかも関係あるでしょうから。
【ただ神仏仲良くというか神社界と仏教界の交流などは私も大いに賛成ですが神仏習合だけは賛成できません。神前での般若心経などは悪い例の一つです。】
そうですね。(*゚ー゚)(*。_。)(*゚ー゚)(*。_。)ウンウン納得です。伏見稲荷大社では般若心経を唱える人、いまだに居ますよね。それは辞めて欲しいです。私がここで主張しているのは、前の方のコメントでもあるとおり、神仏習合の歴史を大切にして欲しいって考えです。別けてしまった現在は、それはそれで仕方ないし、別けることには反対ではありません。それよりも神仏の間で喧嘩になるような態度を取られるのは、とっても嫌なんです。それだけです。日本仏教は、本来の仏教というよりも日本独特の仏教なので、いまさら変に捻じ曲げて本来の仏教への回帰なんていらないと思うし。袈裟を着た神道で十分OKです(笑)
2009/1/19(月) 午後 9:31
kamuya_1999さん。
【概念が日本固有の信仰にはなかったことだと思います。“ちがい”があったからこそ、神道・仏教が互いを“他山の石”としながら、相互に思想体系を進化=深化させていったんでしょうね。「神仏仲良く」の根柢には、たぶん熾烈なライバル意識が伏在していたんだと思います(笑)。】
あっ。そうそう。私もそれが言いたいんです。お互いに付かず離れずで、ライバル関係であったことが、お互いを高めたのだと思っています。もし、神道だけであれば、あそこまで神道が社殿を構え、色々な神社の種類を作ったりして進歩できたかどうか、ちょっと疑問ですから。だから、その1000年以上の神仏習合の歴史を大切にして欲しいってことなんです。
キリスト教については、悪く書く予定です(笑)( ̄∀ ̄*)ウヒッ といっても、戦国時代のイエズス会についてですけどね。
2009/1/19(月) 午後 9:37
kob**o3さん。
私が思うに、戦後の日本のキリスト教徒は本来のキリスト教徒とは違うような気がします。あえて言えば、平和憲法教に毒されている連中ばっかり。実は中共のスパイがサヨク活動をする時の隠れ蓑にキリスト教の教会を使うっていう話もありますからね。
2009/1/19(月) 午後 9:44
テラノ助さん。
まぁ、そうですね。正しいと思います。うん。だけど、今の神社神道は仏教なくして進歩は無かったと思うから、過去の神仏習合を全て否定することもないでしょう。私は当然ながら日本を『神の国』と思っているので、第一番目に神社神道が日本の宗教として保護すべき存在と思っています。でも同時に、第二番目に歴史がある仏教と教派神道を保護すべきと思っています。というか、それをちゃんと学校で教えるべきと思っています。宗教教育は、カルトに引っかからない為にも必要ですから。
2009/1/19(月) 午後 9:49
私も大方賛成です。神仏関係については今週の神社新報に伊勢における神仏関係の歴史が乗っていました。江戸時代には「隔離」による神仏共存があったということが興味深かったですね。まあ「神社」と一口に言っても色々有って談山神社なんかは元は寺でしたが今特に仏教職を感じることもありませんが、那智大社なんかは例祭に言っても参列者に僧侶が多く又違った感じを受けましたよ。それにしても千年以上続いた神仏習合が一瞬にして終った事の破壊力といいますかそのパワーは単にお上の政策などという考えでは説明は出来ませんね。
2009/1/21(水) 午前 10:29 [ kob**o3 ]
kob**o3さん。
そうですね。私はまだの熊野那智大社には参拝していませんけど、そういうことがあってもおかしくないと私も思います。やっぱり日本は神道と仏教がお互いを牽制しながら、進化してきたおかげでしょうね。
2009/1/22(木) 午前 0:44
keiさん、こんにちは!急行アルプスです。
神道と仏教の共存は、私も賛成ですね、私の家族は父方・母方をも宗教「私は詳しく知りませんが、仏教と観音様だそうです(汗!)」そこら辺の若者みたく、keiさんに叱られるかも?
でも、異教が混在し平和的なのは、いいことです。
私の一家が、実に平和的(またの名をのうてんき)なのは、このおかげと思います。
事実50ccバイクに子供みたいに、うつつをぬかしある意味バカでよかってって、思います。
なにせ一応エンジニアですからん!
で、私の血液型判ります?多分女の勘でも解読不能な、急行アルプスです。
当然、傑作です!
2009/5/5(火) 午後 2:35 [ - ]
急行アルプスさん。こんばんは!!
私は仏教についてはあまりよく判らないんです。だから仏様と観音様の違いと言われても、wikipediaからデータを拾ってくる程度で、はっきりとは…あはは。ごめんなさい。異教の混在というよりも、日本の場合は神道と仏教ですね。私はキリスト教は少し排除しても良いと思っています。べつに平等に扱う必要はぜんぜん感じないんですよぉ。
血液型ですか?AB型ですか?
2009/5/5(火) 午後 11:05
keiさん、急行アルプスです、こんにちは!
残念ですが違いました、実はO型なんですけど、ある意味正解です。
私をO型とは、友人も誰も当てられず、親からもO型じゃないねという始末。
実際私の血液型をAB型という方が殆どで、血液型診断でも90%程度で、AB型ときますし親友もAB型です!
O型と言っても、入院先の医者すら信じてくれませんでした。
keiさんの、勘の鋭さには脱帽です、ベストアンサーです!
2009/5/6(水) 午後 3:04 [ - ]
keiさんcle*r9*rxとは、本当のアドレスに近い、何故急行アルプスとは?
それは、皆様に悪影響を与えたくない為の、考えです。
出来れば、本当のメアドで意見交際したいですが、この情報化社会ですから不可能です。
是非この、不肖急行アルプスとお付き合い下さい。
2009/5/7(木) 午前 0:05 [ - ]
急行アルプスさん。
あはは、そうなんだ。O型なんですね。意外と似ているのかも?AB型と。
【是非この、不肖急行アルプスとお付き合い下さい。】
はい。ブログ上ですけど、これからもぜひぜひ宜しくお願い致します。
(*- -)(*_ _)ペコ
2009/5/7(木) 午後 11:45
はじめまして!神社仏閣の意匠に興味を持つkishyと申します。
大変興味深く読ませていただきました。
宗教的見地よりも、純粋に建物や石仏などの魅力にハマっているので、知識は全くないのですが。
先日、鹿児島に行った時にボランティアガイドの方にお聞きしたのですが、鹿児島は廃仏毀釈が特に激しかった所で、明治以前に建立されたお寺が非常に少なくなっているという事を聞きました。
非常に残念なことですね。
私、実家はキリスト教なのですが、一神教は考え方が硬い(融通が利かない)と思っており、神道や仏教の多神教の懐の深さを指示している今日この頃です。
2009/8/16(日) 午前 1:52 [ kishy ]