目を覚まして日本人!

悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである。(麻生太郎)

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ガラッ = 扉]*´・ω・`)ノ コンチャ

 こんばんは!

 最近また神社記事を書いてなかったので、今日は東京の神社さんを取り上げます。

 神社や神道のことが、ある程度判って来ると、『八幡宮』と聞けば・・・

「ご祭神は、ホンダワケノミコトさまかなぁ?比売神さまと、神功皇后さまも一緒かなぁ?」 (´・ω・`)

 ・・・ぐらいの想像はつくようになります。

(*゚ー゚)(*。_。)(*゚ー゚)(*。_。)ウンウン



 でも・・・

 『八幡宮』と名前が付いてない、ただの『○○神社』だけでは、

 どんなご祭神なのかを想像するのは、かなり厳しいです。

 今日の神社さんは、実は八幡宮なんですけど、なぜかその『○○八幡宮』という、

 名前が付いていない、ちょっと不思議なお宮さんのご紹介です。

( ̄∀ ̄*)ウヒッ


イメージ 1
 電線が混み入っててあまり綺麗に写らない。



★ 八幡宮の名前が無いけど、八幡宮な 六郷神社 編

 ここの六郷神社さんのご由緒は・・・
 天喜五年(1057年)に源頼家、源義家がこの地で白旗を掲げて軍勢を募り、
 石清水八幡宮に武運長久を祈ったことを起源とする。
 なんだそうです。



イメージ 2
 あの有名な梶原景時が奉納した太鼓橋。でも窮屈そぉー。何とかならないの?


 ご由緒は、なんだかバリバリの源氏モード全開(笑)ですけど、ここでお祈りした先が、

 東京の大田区からは、かなり遠い京都の石清水八幡宮さん。

 つまり遥拝したってことなんでしょうね。

 そうすると、皆さん

「あれれっ?」 (´-ω-`;)ゞポリポリ

 って思いませんか?






イメージ 3
 社郷標は上の2つの四角はたぶん『郷』『社』の文字を削ったものかも(悲)


 そう。

「なんでもっと近いところの鎌倉の鶴岡八幡宮を遥拝しないの?」( ̄∇ ̄;)??

 ・・・って、普通は思うでしょ?関東の武家の守護神なんだし。

 でも、実はこの当時、まだ鶴岡八幡宮さんは、存在すらしていなかったんです。

 つまり六郷神社さんの方が、源氏が関東で造った八幡宮としては、

 鶴岡八幡宮さんよりも、もっと早かったってことなんです。

( ^∇^)ノ凸 へー へー へー



イメージ 4
 境内の内側から神門と手水舎をみたところ。


 実際に年号で見ると、鎌倉の鶴岡八幡宮さんのご由緒は、康平六年(1063年)

 六郷神社さんの方は天喜五年(1057年)で、6年も早いんです。

ヽ(=´▽`=)ノ



 それよりさらに後、源氏の棟梁になった源頼朝も奥州制定のおりには、

 先祖の例に倣って白旗を境内に立てて、戦勝を祈願していますし、

 梶原景時に社殿を造営させたり、橋を掛けたりもしています。(2枚目の写真参照)

(*゚ー゚)(*。_。)(*゚ー゚)(*。_。)ウンウン


イメージ 5
 拝殿の様子。もうかなり日が翳ってます。


 つまり、鎌倉の鶴岡八幡宮が出来るまでの間は、ここの六郷神社さんが、

 『源氏の守り神』関東武士の中心的な存在の神社さん。

 これって、なにげに凄いですよね♪

+。:.゚ヽ(*´∀`)ノ゚.:。+゚


イメージ 6
 拝殿の前の様子。

 えっ?凄さが判らない・・・ですって??

 そうですか、実は、他の地方と比べても『八幡宮』とか『八幡神社』などの、

 名前が付くお宮さんが、やたらと多いんです。

 23区内で、ちょっと有名どころをざっと取り上げても・・・

 代々木八幡宮、世田谷八幡宮、井草八幡宮、荻窪八幡宮、大宮八幡宮、富岡八幡宮、穴八幡宮、

 雪ヶ谷八幡宮、武蔵野八幡宮、筑土八幡神社、千束八幡神社、赤羽八幡神社、etc・・・

 ・・・って、感じでゴロゴロ出てきます。


イメージ 7
 典型的な権現造りです。


 でも、そんなに沢山ある八幡宮さんの中でも、沢山の『八幡宮』や『八幡神社』が

 他にもあったのに、ここの六郷神社さんは・・・

格別に多くのお武家さんから
崇敬されていたってことなんです!!

フムフム(*゚Д゚)φ))ナルホド!!


 
イメージ 8
 神楽殿もあります。でも神様から見えづらい?


 その証拠に、六郷神社さんは、時代が下った時も、徳川家康からも同じように

 篤く崇敬されていたことが記録されています。

 家康は、十八石の神領を寄進したり、多摩川に(東京から神奈川まで結構、幅がある河です)

 六郷大橋を掛ける時にも、竣功を祈って、直接願文を奉っていたりとか・・・。

 そして、なんと言っても・・・

神社の神紋に徳川の葵紋を許したり!!

( ; ̄O ̄) すっ・・・凄い!



イメージ 9
 大きな和風近代建築の社務所。こういう建物は好きです!


 そんな感じで、江戸時代までは、かなりの格別な六郷神社さんだったのですが・・・

 明治期には、なぜか郷社止まり。府社にもなっていません。そして今では

 すっかり、地元大田区の普通の鎮守さまの地位に納まってしまっています。

 歴史を紐解くと、逆に今はちょっと縮こまった感じです。



イメージ 10
 後ろのマンションは絵にならない。邪魔ですよねー。


 その理由をKEIちゃんなりに考えてみたのですけど・・・

 ご本殿の裏の鎮守の森が切り開かれてしまって、幼稚園に変わっていたり、

 拝殿の後ろには、ちょっと目立つマンションが建ってしまっていたり、

...○| ̄|_.. OTL.. orz.. 。...... コロコロ


 
イメージ 11
 直ぐ近くの六郷土手と多摩川。


 こういう風に鎮守の森が小さくさせられてしまったり、後背の景色が蔑ろにされてしまうと、

 なんか神様の効力も少し落ちちゃうような気がしてます。いくら東京の街中が狭くて

 土地が足りないからと言っても、神社の後ろに平気でマンションが建ったり、

 道路を造る時に、民家よりも先に鎮守の森を切り開いたりとか・・・

。。゚ヽ(゚`Д´゚)ノ゚。ウワァァァン!!



 そんな風に神様の周辺の環境を粗末にしてしまったのが、六郷神社さんの

 実力を小さくしてしまったんじゃないかなぁーって、

 KEIちゃんは考えてしまいました。



 KEIちゃんとしては、今からでもいいから神社の周りの土地を買収して、

鎮守の森をもっと大々的に増やし、
復活させて欲しいです。
+。:.゚ヽ(*´∀`)ノ゚.:。+゚

 景気回復にも一役買うかも知れないし・・・?






神社の場所は…↓

詳しい地図で見る






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