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いつもお世話になってる親戚、その友達が街ごと津波に飲み込まれた「陸前高田」に暮らしてるということで、米と水を持って一緒に探しに行ってきました。
結果は残念なことになってました。
最初は家族で高台に非難したそうですが、「お金を取ってくる」と言って家に戻ったところ、そのまま家族の目の前で津波に呑み込まれたそうです。
息子さんは流される父親を助けに行こうとしたらしいですが、奥さんが必死にとめたそうです。
「ばか者!二人いなくなったら、おれはどうやって生きていくんだ!」と・・・
言葉を発することができませんでした。しゃべると涙が出そうで。。
残された家族は、さほど大きくも無い近所の家に数家族で避難生活してました。
公の非難場所ではないので救助物資は一切届いてないということで、「米が一番助かる(・・」涙ながらに言ってくれました。
田舎なので買い物に行くには数キロあり、行っても殆ど食品はありません。
車を使えばいつ手に入るかわからないガソリンが減るだけです。
宮城県気仙沼から唐桑を通って高田町に向かう途中、何本かのトンネルがあります。歩道もない真っ暗なトンネルの中を自転車や徒歩の人たちと何人もすれ違いました。何回かドキッとしました、ぶつかりそうになって。
携帯も完全に圏外です。 未だに電気も水道も復旧してません。
おまけに雪が降るくらいの寒さなのに、灯油がもったいないのでストーブも付けず、風呂にも入れず暮らしてるようです。
電信柱は倒れ、または途中で折れたりしてます。電気がくるのはいつのことかわかりません。
夜は毎日、マイナス気温なのです。
途中、他の方とも話をしましたが、まさか家が流されるとは思わなかったので、一円も持たずに逃げた人が殆どのようです。
それでも皆で支え合って賢明に生きる術を探してます。
辛いだろうに笑顔をつくりながら・・・・・・ ↑↑陸前高田市街
東京でも買いあさり、買占めが盛んと聞きます。
被災地以外の皆さんm(_ _)m お願いです!この人たちに廻ってくる分を残してくれませんか?
震災は過ぎ去ったことではないんです、今始まったところです。
下手な記事で恐縮なのですが、拡散していただければ幸いです!!
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2011年03月18日
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