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こんばんは。
もう、この感想を書いても・・・とも思いますが、自分自身の書庫のためにも、書いておきたいと思います。
私メ・・・最初のあたりを見ながら、どこか「四月の雪」に似ているな? と、感じていたのですが、
とはいうもののまるっきり内容が違うのですが、淡々としたタッチのせいかもしれません。
いえ、そうではなく・・・もっと魂に通じるようなことでしょうか。
映像が進むに従い、
この映画は「四月の雪」が描けなかった部分に踏み込んだ作品ではなかったか? とふと、そんなことが過りました。
人間が極限の精神状態になったとき、人はどのようになるのか?どのようなものを選択するのか?
本来は、この「シークレット・サンシャイン」のような過程をたどるのではないか? と。
そもそも私メが映画を見るときの(独断と偏見ですが)基準が、【ひとりでも共感できる登場人物がいるか?】
ということなのです。
【四月の雪】は素敵な作品ではありましたが、実は、残念ながらひとりも共感できる人がいなかった・・・というのも事実なのです(TT)。
そんな感覚はおいておきまして^^;
「シークレット・サンシャイン」です。
この作品、真っ向から【宗教】【神】に挑んでます。
こういった作品はありそうでいて、かなり少ないのではないかと。
韓国ではキリスト教徒が大多数と聞きますが、多くの韓国の方々は、この作品が上映されて、いったいどんな反応を示したのでしょうか?
■ストーリー■
シネ(チョン・ドヨン)は事故で亡くなった夫の故郷で再出発するため、息子(ソン・ジョンヨプ)とソウルからミリャンに引っ越して来る。車が途中で故障しレッカー車を呼ぶと、自動車修理工場を営むジョンチャン(ソン・ガンホ)が現れる。 彼の好意でシネは無事にピアノ教室も開き、順調に新生活を送っていたが、ある日息子が誘拐され……。 宗教に救われた加害者と宗教にも見放された? 被害者・・・
この映画のテーマは、人は絶望の淵で、救われるものなのか? 宗教とは何なのか? というものだと思うのですが、シネの悲劇に継ぐ、悲劇は宗教も役立つことはできませんでした。
(絶望から希望へ、そして再び絶望、狂気、それから・・・・という感情の経路をたどります)
彼女の魂は救済されるのか?
これほど大きな悲劇を2時間で語るのは無理なのかもしれませんが、イ・チャンドン監督はそれに挑戦しています。
この映画がそれを語れたか? というと難しい部分ではありますが・・・・
救われないシネの魂にも、多くの人々と同じように太陽は密やかにやわらかな陽射しが射す。
そして、そこに佇むジョンチャンの姿・・・
陽射しは永遠に変わることなく、大地に、そしてこの人やあの人の庭にも射し込んでいる・・・
シネの庭にも・・・
※ミリャンは密陽です。秘密の陽射し。冒頭から、この内容が出てきます^^
大きな意味を持った言葉ですね。なので、日本の表題も韓国と同じく密陽(ミリャン)にしたほうがよかったのではないかと思うのですが・・・。四月の雪のときにも思いました。韓国のタイトル外出のままのほうがよかったと。
昔、日本の映画関係者はタイトル付けがすこぶるうまかったと思うのですが、最近は・・・・う〜ん><
イ・チャンドン監督は最後のここで何を描きたかったのでしょうか?
精神のバランスを崩してしまったシネに、最後までジョンチャンは、寄り添います。
宗教が果たせない魂も、人によって救済される(かもしれない?)ということなのか・・・
それとも。。。そのままでいい。生きていることこそ、人には陽が密やかに柔らかに射しているのだ・・・ということなのでしょうか?
とにかく、二人の演技が秀逸です。
ドヨンさんの役は、ふり幅の大きい感情を必要とするものですが、自然で誇張がありません。息を殺して、観客は見守る感覚に陥ります。
一方、ガンホさんは、今回、かなり抑えた演技で、彼女をひたすら見守る役。考えようによっては、ストーカー的(笑)でもあるのですが、そう見せないところもお見事^^ 存在感が圧倒的です。
今回の監督の作品もジョンチャンの存在無しには、成立しないシネの演技といえるのではないでしょうか?
「オアシス」でもそうであったように。
実際に、こういうことが起こったとき、都合よくジョンチャンのような存在がいるかどうか?
そのあたりは、ご都合主義・・・といってしまえばそれまでなのですが、
人は人によって救われることもある・・・・どんな人にも陽射しは射す・・・そう、私メも思いたいです。
先日、GYAOで「親切なクムジャさん」を見ましたが、復讐、魂の救済・・・・などという面で対極を示すようでいて、
もしかするとこの2作品の求めるところは同じなのかもしれない・・・と感じたりしています。
今のところ。そういえば、クムジャも母親でした・・・
シークレット・サンシャインはとにかく重く深い内容です。
今はこの感想ですが、もう少し経つと違ってくるかもしれません。
****************
【追記】 イ・チャンドン監督インタビュー
その他の話
- 今回、俳優さんたちに演技をしないように要求したそうですね?
チョン・ドヨンは頭で考えて演技をする女優です。
それで、彼女に頭で考えないで、心で感じて欲しいと言う要求をしました。
特にこの映画は、生きる事は何か、生きるとは何かを、
問いかける意味もある映画です。
人生にテキストが無いように、感情にもテキストが無いので、
心のおもむくままに役を生きて欲しいと願いました。
- 教会の描き方について違和感を感じました。
宗教についてどう思われますか?(韓国女性からの質問)
私は、宗教や神についての是非を問う映画を撮った訳ではありません。
人生についての意味や、希望、救いを考えてみたかった。
個人的には宗教を信じていないし、教会に行った事はありません。
宗教の信者が多いアメリカでは、世論調査としてダイレクトに聞かず、
「あなたは、自分が辛い時誰かにすがろうと思いますか?」と問います。
「はい」と答えれば、100%宗教を持っている人だと言う事になります。
人はそれほどまで、救いを神に頼っているのです。
しかし、信仰と狂気は表裏一体です。
救いを求めたものに対して、信頼性を失った時、
果たして人間はどのように思い、行動するのか。
その点を描いてみたかったのです。
ドヨンさんのカンヌ受賞を受けて、飛躍的に動員数が増えたようです。
【全国153万8420人の観客動員数を記録し、損益分岐点を越えた。】あたりまで、確認。 |

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