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8月4日19時〜20時の様子
/ Live Fukushima Nuclear Plant Cam / ※1時間の映像を3分間に倍速再生しています
最近10シーベルトが検知されましたけど
10シーベルトは、人間の細胞が壊れて身体が変形して死んでいきます。
ネットにありますね、写真
日本の全勢力で封じ込めないと
日本人が絶滅します
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興味深いあのこと
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「台湾に義援金お礼広告出したい」
デザイナーの呼び掛けに賛同者多数
2011年04月13日19時10分
提供:J-CASTニュース 「台湾に義援金のお礼の広告を出したい」。あるデザイナーのインターネットでの呼び掛けが注目を集めている。政府は海外7紙に、支援に対する感謝広告を出したが、台湾の新聞には掲載されなかった。その代わりという意味も込められているらしい。
呼び掛けたのは、日本人デザイナーのMaiko Kissakaさん(@kissaka)。日本への義援金が100億円を突破した台湾に、「日本人有志一同でお礼の新聞広告を出したい」と、ツイッター上で訴えている。
ひろゆき「100万ぐらいだったら、足りなかった分出しますよー」 「台湾の新聞へのお礼広告計画(仮称)」は、Kissakaさんがツイッターで2011年4月11日、「台湾のメジャー紙に有志で意見広告(お礼広告)出せるのかぬ?」とつぶやいたことから始まった。
その後の発言によれば、Kissakaさんは帰国子女の友人を通じて、台湾の大手新聞社「聯合報」の担当者と連絡を取ることに成功した。
12日には、「1/2ページで100万のOKキターーーーーーー!!!!」「1000人なら1人1000円で済む。2000人なら500円で!」と同紙の広告枠が取れたことを報告している。
これに対し、元2ちゃんねる管理人の「ひろゆき」こと西村博之さんはツイッターで、「100万ぐらいだったら、有志で足りなかった分の広告費用出しますよー」と反応を見せ、計画への参加を表明している。
ほかのユーザーからも「なら私は10万出しますー」「ぜひ協力させてください」など賛同する声が多数集まった。インターネット上の掲示板では、「こういうのはいいな、頑張れ」「500円くらいなら出すぞ」「ひろゆき△」など賞賛の声が上がっている。
続々と集まる計画支援の声に対し、Kissakaさんは12日、「お金の流れの透明性を含めて、事務局立ち上げの準備に入ります」とし、100万円以上集まった場合には、日本赤十字社を通じて寄付するか、ほかの新聞社にも広告を出すかを検討するとの考えも示した。
14日にも有志の会計士とともに入金などの仕組みを整え、詳細が決まり次第知らせていくという。
「政治がどうあれ、きちんとお礼をする国であり続けたい」 東日本大震災から1か月たった4月11日、英国、米国、中国、韓国などの海外7紙に、菅直人首相の「絆に感謝します」というメッセージ広告が掲載された。
しかし、中国への政治的な配慮からか、台湾の新聞には掲載されなかった。台湾からの義援金は官民合わせて100億円以上。人口や経済力を加味すると、他国より格段に多く、日本国内では「なんで台湾の新聞には広告を出さないんだ」「台湾に感謝を伝えたい」との声が上がっていた。
Kissakaさんは「素直に台湾の人達にお礼は言うべきだと思うんだよね。国として難しいのもわからなくはないけど、政府でも、被災地の人でも、それ以外の地域でも、外からみたら『日本』なので」と、計画への思いを語る。
一方、「台湾からしたらそんな金あるなら東北に送れって感じだろうな」など、否定的な意見も一部で見られる。「台湾人は謝意をもらうため日本へ支援したじゃないと思う。中国の人は新聞の内容で中国と書いてないことに怒った。私たちは中国の人のような行動をとるべきじゃない。それより、日台関係、本当な絆の意味を考えてもらいたい」という台湾人の意見もあった。
このような意見に対し、Kissakaさんは、
「お礼は期待するものではないけど、しかし、決して怠ってはいけないと私はかんがえています。長い目でみて政治がどうあれ、きちんとお礼をする国であり続けることが、また海外の人達に喜んで来てもらえる大事な事だと思っています」 と説明している。 Maiko Kissakaきさかさんに感謝
日本人はみんな台湾に感謝しています。
新聞に感謝の気持ちを載せられるようになってよかった
ちなみに「ひろゆき」さんというのは2チャンを作った方
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響き続けた半鐘 消防団、最後まで 11人死亡、不明−−大槌 /岩手 命をかけて町民を守ろうとした消防団員がいた。東日本大震災は、被災した各地に無数の悲劇をもたらした。【鈴木一生、山本将克】
東日本大震災で1000人を超える死者・行方不明者を出した大槌町で、大槌町消防団第2分団(越田弘分団長、28人)の団員たちは、防潮堤の門扉を閉じ、住民を避難させようと最後まで海辺にとどまった。任務を果たした結果、4人が死亡し、7人が行方不明。その中の一人、越田冨士夫さん(57)は団の象徴である「半鐘」を鳴らし続け、津波にのみ込まれた。
海岸に近い大槌町の安渡・赤浜地区。第2分団は地震が起きると真っ先に門扉を閉じる決まりになっていた。11日も団員たちは一斉に防潮堤へ向かった。
「おみゃーは屯所でサイレン鳴らせ」。14カ所ある門扉の1カ所を閉め終わったところで、団員の飛内邦男さん(55)は越田さんからそう指示された。
津波が迫っていた。飛内さんはサイレンを鳴らすため近くの分団屯所へ車で向かった。スイッチは1階。ボタンを押した。鳴らない。地震で町全域が停電し装置が作動しなかった。
間もなくして越田さんが屯所にやってきた。状況を報告すると越田さんは「よし」と一声。屯所の屋上に上がり叫んだ。「早ぐ行げ。みんなを避難させろ」。その時、飛内さんは、越田さんが普段は火の見やぐらから外してある半鐘を手にしているのを見た。これが最後の姿だった。
「カン、カン、カン」。大災害時にだけ使用が許可されている特別な鐘。その乾いた音は遠くまで響いた。当時、数百メートル離れた高台に避難していた元分団長、東梅武保さん(72)は「海の様子が見えていたんではないか。何とも寂しい音だった。今も耳から離れね」。
第1波が到達したのは午後3時20分ごろ。高さ約5メートルの堤防を軽々と乗り越えた黒い波は、渦をまきながら集落をのみ込んだ。同じころ、屯所の近くでは団員10人前後が高齢者の避難を手伝っていた。住民や団員に警報を出し続けた半鐘の音は、津波が屯所に達するまで鳴っていた。
津波が引くと、屯所は建物の基礎部分だけを残し消えていた。変形した屯所のやぐらが、がれきの中から見つかったのは10日後のことだ。越田さんと半鐘の行方は、今も分かっていない。 毎日新聞 2011年3月24日 地方版
こんにちは。
この記事は上記の通り、3月24日のものですが、今朝、出勤前に某番組を見ていてしりました。
おかげで、朝からメガネをくもらせてしまいました。
この越田さんが半鐘を鳴らしているところを高台から見ていた方ば番組にでていたのですが、なんと津波にのまれる直前まで半鐘を鳴らし続けていたそうです。
また、他の消防団員の方は高台に消火用のホースをまきつけて、それを使って、住民を救助していたところを津波に連れていかれてしまい、ご両親が毎日、探されているそうです。この投稿を書いているだけでも今朝の番組を思い出してしまい、熱いものがこみ上げてきます。
今回の津波で大槌町の安渡・赤浜地区を守る第2分団の生存者は4名。しかも彼らが着ていた服は大槌町のものでなく、花巻市の消防団員のもので、ご家族をなくされている方もいらっしゃいました。
南三陸町で津波が押し寄せる瞬間まで防災マイクで町民に避難を呼びかけていた女性職員、地震後、海岸地帯にいる住民を避難させる為に出動し、津波にのまれた宮城や警察官の方々。
自分の命を顧みず、最後まで己の職務を全うし、1人でも多くの人々を助けようとした、ごく普通の市民。
そして、今、大槌町には自衛隊も到着し、被災者支援活動をしてくださっているそうです。また、医師もはるばる沖縄から到着したそうです。
ただ、上下水道は完全にやられてしまい、感染症がはやっているという報道は、大槌町だけでなく、各地で広がっているということを皆さんご存知だと思います。
それは住民だけではないようで、知り合いの医療関係者によると、瓦礫除去作業で怪我をした自衛隊員の中で破傷風にかかっている方も多いそうです。
自己犠牲をいとわず、人のために努力をされている全ての方々に敬意を表します。
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こんばんは。
ニュースに水島ヒロ君のことが載っていましたが、
まぁ、背後でいろいろあったんだろうな〜と感じています。
水島君のことは、あまりよく知りませんが、
人気絶頂のころに(強行突破で??)結婚。事務所との確執もあったのでしょうね。
ご本人は、高学歴でサッカーにも特筆すべき才能を持ち、さらにバイリンガル。そしてスタイル抜群のイケメン。
これだけ揃っていれば、俳優という仕事よりも、ほかに魅力を感じ始めていたのかもしれませんね・・・・
小説を書くというのが表向きのようですが、今後どのようにされるかわかりませんが、それもまた、ひとつの生き方。
これからも今まで以上に輝くことを願っています^^
とはいえ、ファンの皆様は、ちょっと寂しい思いも抱え込んでいらっしゃるかもしれません・・・
それはともかく・・・
先日、ある方から聞いたお話を。これは、水島君とは関係なく、一般的なことです。
雑談の中でうかがった内容。ちょっとタイムリーかな? と思うので、ここに記してみようかな・・と。
「どんなに売れっ子でブームを作った人であったとしても、長い芸能の歴史の中では一瞬のこと。それをどう持続させるかは、本人次第」
「実力と人格、運、タイミング・・・・芸能界とは、売れることも勿論難しいですが、長い間売れ続けることはもっと難しい。これを同時に兼ね備えた方がスターと呼ばれ、売れ続ける」
「極度の緊張とプレッシャーに日々堪え抜き、毎日努力をし続け、弱音を吐かない。俳優は、『努力を楽しむ力』を持たなければならない」
「若いうちは、怒っていただける=正解を教えていただける、あるいはよりよい方法を示唆していただける=学ぶ機会が多くなる=成長する 研鑽があってこそ、やっと土俵に乗れることになる」
まぁ、芸能関連の社会は、すごく大変な場所であることは事実でありますが・・・
(四六時中、誰かに見られているって、またあることないことを言われるというのは、心身ともに疲労が重なることは事実ですね^^;)
ただ・・・・
事務所が絶対とはいいませんが、日本の場合、
何か俳優やタレントたちがミスしたり失敗したりトラブルが起こった場合、多くのスタッフたちが背後で多方面にお詫びをし、フォローをしていることを忘れてはならないといいます。
つまり、あっちやこっちや、いっぱい謝りに行っているんですよね〜〜〜^^;
(逆にしっかり仕事を果たした場合も、きちんとスタッフはふかぁく感謝してお礼に行きます。つまり、ひとりの俳優の影で、幾多の人々の頭が下げられている訳です^^ まぁ、あたりまえのことですけれども・・・)
もちろん、へんてこな絶対君主のような事務所もあるのは紛れもない事実ですけれども、
(昔の事務所はともかく)現在の心ある事務所は、俳優やタレントに多くの思い入れを抱き、彼らがいい状態で成長できるようにバックアップしてくれている。そのことに気づいた人は、ステップアップできるのかもしれません。
さらに、下克上のような世界ですから、耐えることも必要。理不尽なことも少なくないでしょう。けれど、だからこそ、人の痛みや気持ちもわからないといけない。。。厳しいところでありますね。 芸能について書いていますけれども、
私たちも(私メは特に^^;)、多くの人たちに支えられているのだということを、改めて肝に銘じなくてはならないと思っています^^;
何を書きたいのかわからなくなってきましたが・・・・^^;
私メ、仕事では(いえ、生活はもっとですが 笑)、ミスだらけなので、いつも情けなく自己嫌悪に陥るわけですが、
やはり、ミスしたあと、どういう行動を取るか? がもっとも大事だと感じます。 その対応、いまだに悩むことが多いですが、そういうときこそ人間性を問われるような気がしています。 まだまだだなぁ。いったいいつになったら大人に?なれるんでしょう・・・・>< ★そうそう、韓国のテレビ局を描いた「オンエアー」で、女優のマネージャーだった人がこんなことをいいます。
「ファンに愛される女優になるな。憧れられる女優になれ」
キム・ハヌルちゃん演じる女優の芸能事務所の社長(4人が主演でそのうちの一人)の言葉なんですけど、
これ、どういう意味なんでしょう?
※この言葉は、前途有望な新人女優への投げかけの言葉です。すでにスターとなっていたハヌルちゃんへの言葉ではありませんでした。
私メ、何度も考えたのですが・・・・よく理解できなかったんですよねぇ。
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