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イベントの波及効果

博覧会や大型のイベントを開催する場合、ほとんどの場合自治体が開催主体に入っている。という事は、開催経費の中に税金が一部投入されるという事である。
そのため、開催した結果が議会やマスコミの重要な成否基準の判断として注目される。
昨今の判断指数は、目標集客数を達成したか、シンクタンクや研究所が計算した経済波及効果はいくらか、通年観光客数が開催中にどの位増加したかという様な経済的効果を指針とする。
当然、税金という公金が一部投入されるのだから、経済数値に注目が当たるのは当然である。
赤字を出したり、目標入場者数に達しないという結果が出れば、そのイベントが事故なく終了しても失敗である。
ただ、私達制作する側は、その経済波及指数だけに一喜一憂してはならないと思う。
どれだけのお客さんが、笑顔でイベントを見終わってもらえたのか、いつもなら競演する機会もない伝統芸能が競演するような特別な機会を持てたか、市民が日頃の成果を発表する場が設けられたか、イベント終了後も継続する様な活動のきっかけになったか等々、経済効果以外でも、イベントを開催した効果を考えながら計画、実施したいものだ。当然、事故ゼロで!

俯瞰でものを見る眼

イベントを創り上げていく中で重要な事の一つに、俯瞰で途中経過を眺め、客観的に判断するという事がある。
作業を進めていけばいくほど、思いも強くなり、クライアントの間で妥協しながら進行しているものもある。
しかし、そのまま実行に移すには危険も伴う。
予算に限りがあるため妥協することは、ままあることである。
が、こと観客やスタッフの安全性に関わることに関しては、妥協してはならない水準も存在する。
これに気づくには、制作者がたびたび立ち止りながら、客観的に安全を想定しなければならない。
人件費、誘導看板、運用、告知広報等、あらゆる可能性と関連性を想定し、多大な追加予算をかけなくても出来る、安全の方策を探し出さなければならない。
主催者が指示した結果だから、私には関係ないでは済まされない。
プロとして、ベストが望めなくてもベターな方法を考え出し、クライアントを説得することも大切な仕事である。
その時に相手を説得できるのは、その時の状況を俯瞰で捉え、客観的で現実的な提案をすることである。
やもすると、流されがちな計画作業も、一歩引いて客観的に見れば、危険はあちこちに存在するものだ。
日本の博覧会や大型イベントでは、かなりの範囲、かなりの想定に対して非常に分厚い運営マニュアルが完成する。
私たちが若いころから、全国で博覧会ブームが起き、その後も何度か国際博覧会が開催され、そのつど各分野の専門家達が、自分たちの専門分野ごとに知恵を絞り、様々な試行錯誤をしながら、創り上げてきたものが、現在のイベント運営マニュアルのモデルになってきている。
非常に効率よく、必要な事項が広範囲に網羅され、論理的にまとめられるものである。
しかし、これにも問題がある。
イベントは、毎回オーダーメイドなのである。似ていても、すべて違うのである。
ところが、モデルになるマニュアルを元に、あまり問題意識もなく、検証することも十分にせず、名前を変えたり、言い回しを変えるだけで出来上がっていると思うプロが増えたことである。
これは、プロとして最低の仕事である。
項目や章建ては似ていても、毎回、与えられる内容、環境、目標、対象によって、検証のし方や、想定の仕方が変わってくる。
こんなことを出来ない人は、プロとして失格であるのと、プライドを疑う。
何故か?
現場で起こる、様々な現象は、運営マニュアルの想定を超えるものがほとんどだからだ。
真剣に検証していれば、運営の基本的な考え方や、対応の仕方の指針がはっきりして、現場で想定外の現象が起こったとしても、基本的なスタンスが変わらなければ゛、責任者として的確な判断が出来るはずである。
ディズニーには、本国でも日本でも私たちが博覧会等で使っているような運営マニュアルは存在しない。
ディズニーユニバーシティなどで研修を受けるのは、サービスに関する基本的な考え方や、ゲストとキャストとの関係、ウォルトディズニーの哲学等を徹底的に学ぶ。
そうすることで、逆に園内で個人個人がどう動くか、色々な場面でどう対応するのか、ディズニーのキャストはどうあるべきかが、個人の意識として高まり、高いサービスを提供しているのである。

イベントは特定の期間だけで終わってしまうため、スタッフも常時雇いの人達ではない。
だからこそ、現場で゜指揮する側の人間は、真剣に運営マニュアルを作成し、検証、把握することで、いざというときの現場対応力を向上させなければ、安全と快適を請け負う事は出来ない。

お客様に出せる企画

今は亡きわが師、沖始氏が生前私に言った言葉が心に残っている。
一つは、良いデザインというのは、使う側の使い勝手が良くなくては良いデザインと言えない。

いくら見た目が面白くても、奇抜であっても、使う目的の機能性に劣るものは良いデザインではない。使う目的に対して最大限の機能を持ったうえで意匠やデテール、フォルムに最適なものを創造する。

二つ目は、お客様に提案する企画は、原則的に実施出来る裏付けを持たなければならない。
当然その中には実施可能な予算も含まれる。
企画会議や、フリーディスカッションでよく出てくる楽しいフラッシュアイデア。それは、実施出来る裏付けをとり、クライアントの目的に沿うように料理し、提案所に書かれて初めて企画になる。

私たちは、クライアントから予算を頂いて、物を創りだす仕事だ。
芸術家ではない。芸術家は、パトロンから資金援助を受け、自分の世界だけで物を創作する。
しかし、私たちは似て非なるものである。
物を創りだす作業は似ているが、自分勝手な想像の中で、自分勝手にクライアントの予算を自由に使っていいといわれている訳ではない。

芸術家でない私たちは、決して自分勝手に、自由気ままに物を想像してはいけない。
プロとしてのクライアントへの責任、創りだしたものへの責任。重い責任を持って、他人から見れば、遊んでいるように見えるかもしれない事を生業としているのだ。
上海万博の準備中、会議の場の主役はパソコンとプロジェクター、レーザーポインターを使うのが中国での会議の標準だった。参加者のほぼ全員がパソコンをノート替りに持ち込み、ペーパーレスは当たり前。情報はデータの共有だった。
企画書を配布しないわけではなく、必要な物は配布されるが、発言者は壁に大写しされた資料をレーザーポインターやパソコンのカーソルの矢印で指し示しながら、強調したいポイントを中心に話を進めて行きます。
この進め方の利点は、会議参加者が全員資料を見ながら俯いて会議をするより、一つの大画面を全員が見つめながら発言者の指し示す要点を見て、共通の事柄に集中しやすい事にあります。
中国では会議に参加して、何も発言し無いのは、能力が無いというのと等しい意味を持つ為、何かしら発言をします。時には無理して発言しようとして頓珍漢な事を言う人もいますが、日本でも、参加者が一言の発言もなく会議を終わるのはやめたいものです。
書類だけに頼る会議やプレゼンテーションは、発言者は書類を説明する事に集中しすぎ、提案のメリハリがなくなり、伝えたい内容が曖昧になったり、受け側、参加者は、配布された書類を提案者の生のプレゼンテーションがあるにも関わらず、黙読に入り、意外に提案者の話を流し聞きしている場合もあります。
書類だけに頼るので無く、提案者も受け側もより確信について理解し合い、議論できる環境や方法を取り入れ、実りある議論にしたいものです。ペーパーレスもより推進しながら。

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