過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

日本の博覧会や大型イベントでは、かなりの範囲、かなりの想定に対して非常に分厚い運営マニュアルが完成する。
私たちが若いころから、全国で博覧会ブームが起き、その後も何度か国際博覧会が開催され、そのつど各分野の専門家達が、自分たちの専門分野ごとに知恵を絞り、様々な試行錯誤をしながら、創り上げてきたものが、現在のイベント運営マニュアルのモデルになってきている。
非常に効率よく、必要な事項が広範囲に網羅され、論理的にまとめられるものである。
しかし、これにも問題がある。
イベントは、毎回オーダーメイドなのである。似ていても、すべて違うのである。
ところが、モデルになるマニュアルを元に、あまり問題意識もなく、検証することも十分にせず、名前を変えたり、言い回しを変えるだけで出来上がっていると思うプロが増えたことである。
これは、プロとして最低の仕事である。
項目や章建ては似ていても、毎回、与えられる内容、環境、目標、対象によって、検証のし方や、想定の仕方が変わってくる。
こんなことを出来ない人は、プロとして失格であるのと、プライドを疑う。
何故か?
現場で起こる、様々な現象は、運営マニュアルの想定を超えるものがほとんどだからだ。
真剣に検証していれば、運営の基本的な考え方や、対応の仕方の指針がはっきりして、現場で想定外の現象が起こったとしても、基本的なスタンスが変わらなければ゛、責任者として的確な判断が出来るはずである。
ディズニーには、本国でも日本でも私たちが博覧会等で使っているような運営マニュアルは存在しない。
ディズニーユニバーシティなどで研修を受けるのは、サービスに関する基本的な考え方や、ゲストとキャストとの関係、ウォルトディズニーの哲学等を徹底的に学ぶ。
そうすることで、逆に園内で個人個人がどう動くか、色々な場面でどう対応するのか、ディズニーのキャストはどうあるべきかが、個人の意識として高まり、高いサービスを提供しているのである。

イベントは特定の期間だけで終わってしまうため、スタッフも常時雇いの人達ではない。
だからこそ、現場で゜指揮する側の人間は、真剣に運営マニュアルを作成し、検証、把握することで、いざというときの現場対応力を向上させなければ、安全と快適を請け負う事は出来ない。

お客様に出せる企画

今は亡きわが師、沖始氏が生前私に言った言葉が心に残っている。
一つは、良いデザインというのは、使う側の使い勝手が良くなくては良いデザインと言えない。

いくら見た目が面白くても、奇抜であっても、使う目的の機能性に劣るものは良いデザインではない。使う目的に対して最大限の機能を持ったうえで意匠やデテール、フォルムに最適なものを創造する。

二つ目は、お客様に提案する企画は、原則的に実施出来る裏付けを持たなければならない。
当然その中には実施可能な予算も含まれる。
企画会議や、フリーディスカッションでよく出てくる楽しいフラッシュアイデア。それは、実施出来る裏付けをとり、クライアントの目的に沿うように料理し、提案所に書かれて初めて企画になる。

私たちは、クライアントから予算を頂いて、物を創りだす仕事だ。
芸術家ではない。芸術家は、パトロンから資金援助を受け、自分の世界だけで物を創作する。
しかし、私たちは似て非なるものである。
物を創りだす作業は似ているが、自分勝手な想像の中で、自分勝手にクライアントの予算を自由に使っていいといわれている訳ではない。

芸術家でない私たちは、決して自分勝手に、自由気ままに物を想像してはいけない。
プロとしてのクライアントへの責任、創りだしたものへの責任。重い責任を持って、他人から見れば、遊んでいるように見えるかもしれない事を生業としているのだ。
上海万博の準備中、会議の場の主役はパソコンとプロジェクター、レーザーポインターを使うのが中国での会議の標準だった。参加者のほぼ全員がパソコンをノート替りに持ち込み、ペーパーレスは当たり前。情報はデータの共有だった。
企画書を配布しないわけではなく、必要な物は配布されるが、発言者は壁に大写しされた資料をレーザーポインターやパソコンのカーソルの矢印で指し示しながら、強調したいポイントを中心に話を進めて行きます。
この進め方の利点は、会議参加者が全員資料を見ながら俯いて会議をするより、一つの大画面を全員が見つめながら発言者の指し示す要点を見て、共通の事柄に集中しやすい事にあります。
中国では会議に参加して、何も発言し無いのは、能力が無いというのと等しい意味を持つ為、何かしら発言をします。時には無理して発言しようとして頓珍漢な事を言う人もいますが、日本でも、参加者が一言の発言もなく会議を終わるのはやめたいものです。
書類だけに頼る会議やプレゼンテーションは、発言者は書類を説明する事に集中しすぎ、提案のメリハリがなくなり、伝えたい内容が曖昧になったり、受け側、参加者は、配布された書類を提案者の生のプレゼンテーションがあるにも関わらず、黙読に入り、意外に提案者の話を流し聞きしている場合もあります。
書類だけに頼るので無く、提案者も受け側もより確信について理解し合い、議論できる環境や方法を取り入れ、実りある議論にしたいものです。ペーパーレスもより推進しながら。
プロデューサーはディレクターを経験して偉くなったらプロデューサーだとか、プロデューサーは一番偉いとか、よく聞く。
私は基本的に偉いとか偉くないとか、ディレクターをやったら次はプロデューサーとは思っていない。
イベントプロデューサーに最も求められるのは、専門的な知識、経験をもとに、創作に対する理想と制作に対する現実のバランスを取りながら、プロジェクトの進行を総合的に管理する能力、すなわちプロジェクトマネージメント能力だと思っている。
イベントディレクターに求められるものは、制作に対する妥協なき創造力によるイベント創りの能力だと思う。
其れ故、プロデューサーとディレクターは制作途中では、内部で激しい議論があって当然である。ただ、議論の結果が出れば、その方針に従って最善を尽くすのもまた当然である。
ただ、現実には制作に関する議論が少なく、プロデューサーの意思にディレクターが素直に従ったり、プロデューサーが創作にあまり関わらず、ディレクター任せになる事も多い。
この様に、プロデューサーとディレクターの仕事には、権限の違い以外に、はっきりと仕事の内容に違いがある。
という事は、自ずとその職に対する向き不向きがある。
調整力や柔軟性を求められるプロデューサー、創作に対する専門的なこだわりを求められるディレクター。
自分がどちらの能力が優れているか、どちらの道に行きたいか、よく考えて選択したいものだ。
それと、プロデューサーに付け加える能力というか、役割の大切なものに忘れてはなら無いものがある。
ディレクター以下、全てのスタッフを外部からの圧力や問題から、防波堤となって守る責任と胆力である。
スタッフからの信頼を受けられるプロデューサーのもとに集うスタッフでなければ、いい仕事の結果は生まれないと思う。

全1ページ

[1]


.
Prof.Murakami
Prof.Murakami
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

最新の画像つき記事一覧

1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

標準グループ

登録されていません

Yahoo!からのお知らせ

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事