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読書〜知識欲

私は高校生の頃までは、あまり読書をしなかった。
大学に入り、20人余りが住む小さな学生寮に入って、先輩達が廊下で夜な夜な議論している話が全く理解出来ず、政治や思想、心理学など、それまでまったく縁のなかった世界が急に広がり、むさぼるように様々な本を読んだ。
社会人になり、たまたまビルのゴミ箱の上に遺棄されていた司馬遼太郎の竜馬が行くの文庫本を拾ったた途端に司馬ワールドに入り込み、次から次に長編を読み漁った。
そして、社会人になって、悩みも仕事の悩みも増えると自己啓発本やビジネス書を立て続けに読みふけった。
そして現在、プロデューサーの仕事をしていると、社会風俗やプロジェクトに関係する書籍を都度読み漁る。
体験は非常に大切なことだ。百聞は一見にしかずというが、事前に吸収する知識も非常に大切だ。
どんな仕事でも、クライアントよりも最低半歩は新しい情報を知識として持ち、打ち合わせで会話できるように準備ができていないと、物を創っていく際にプロとしてクライアントが納得してもらえるようなものを考えづらい。
知識は多くて困ることはない。現役である限り、知識欲と柔軟な思考を維持したい。

映画とTVドラマ

今から40年程前に大学で映画とTVドラマの違いについてのレポート提出の課題にあった。
映画は有料、TVは無料。映画は自発的な意思で劇場へ足を運ぶがTVは自宅でくつろぎながら鑑賞する。映画の画面は巨大だが、TVは室内サイズ。映画は真っ暗な環境で見るが、TVは日常の中でみる、等々違いを列挙しながら両者の違いと、得意、不得意を検証していったのを覚えている。

最近、映画の鑑賞人口も劇場の数も、以前のどん底の状態から、かなり改善されていることをニュースで知る。
一方、飛ぶ鳥落とす勢いだったTVに視聴率等の低迷のニュースやTVドラマや番組が面白くないといった意見もよく聞くようになった。

TVが映画に代わって、娯楽の王者となっていった時代には、TVに対抗できる映像メディアは映画くらいしかなかったが、現在はPCやインターネット、技術の発達に伴って、視聴者の選択肢も録画視聴も含めて多岐にわたっている。

中でもTVドラマをみてみると、人気者の俳優陣やタレント、漫画や原作本がベストセラーになったもの等、テレビマンがオリジナルで創作したものが激減しているように思える。

映画は、お金を払ってみたい作品を観たい人が観る。映画は興業として投資した製作費を自ら稼ぎ出さないといけない。製作に関しては自己責任で観客に媚びることなく、監督の創作意図で観客と勝負する。

しかし、TVは無料で自宅で好きなように観る。TVは興業として製作費を稼ぎ出すのでなく、番組スポンサーからの広告費で製作費を賄う。製作に関しては、視聴率が取れなければスポンサーが悪くすると降りるため、合格点が取れることが必須の条件だ。

現在のTVドラマが、漫画や小説の原作ありき、そして売れっ子タレントや人気俳優陣の出演に偏り始めているのはそんな理由もあるように思う。
TVドラマ化した場合、ベストセラーの漫画や小説には、すでに相当数の固定ファンの数が読めるうえ、人気タレントや俳優陣を起用すれば、これまた固定ファンの数が読める。
かくして、大当たりするか否かは別にしても、合格点は取れそうな作品が出来上がる。

しかし、もっと重要なのは、会社の方針として、作品の内容や品質の前に、予算ありきで管理される考え方が横行し始めているのではないだろうか。
作品の制作にあたって、予算と製作費のバランスをとることは必要なことであるが、度を越したコスト管理は、品質と内容の劣化につながると思う。結果、視聴者離れが起こるのではないだろうか。

不況下の現在の日本では、あらゆる分野でこの創作に関する劣化が起こっているのではないだろうか。

イベントの業界でも、他人ごとではない。まさに、様々な現場でこのことが起こっている。

イベントに関わる皆が、この風潮に流されることなく、また、予算がないからという開き直りを持たず、凛としてプライドを持って仕事をしていきたいと思っている。

朝陽の県と夕陽の県

日本の神話には海彦と山彦の話がある。
狭い島国である日本だが、人が生活を営む平地は、国土の中でも海に面した僅かな土地に圧倒的に人々が集中している。
海彦は魚の漁と農業を中心とした定住型の生活を、山彦は山に住む獣の漁と木の実や果実を採取する移動型の生活スタイルを基本としている。
現在でも、海に癒されるタイプの人と、山や緑に囲まれた環境に癒されるタイプの人が意外にはっきりと分かれるのは、神話の時代からの流れかもしれない。

私の故郷は瀬戸内の愛媛だ。
海に面した愛媛は、当然海彦系だと思う。
しかし、海彦と山彦以外にも違いがある。
それは、朝陽が水平線から昇る風景か、夕陽が水平線に沈む風景かである。

私の故郷、愛媛のイメージは、波の穏やかな瀬戸内の海が、金色に輝きながら夕陽が沈む風景である。
同じ海に面した県でも、東に海が開けた所は、暗闇から朝陽が昇る風景をイメージし、海が西に開けた所は夕陽が海に沈む風景をイメージする。
伊勢神宮が京の都から近く、東側に海が開かれている三重県にあるのも、太陽(朝陽)信仰の理由もあるのかもしれない。

以前、TVで司馬遼太郎さんだったろうか語っていた事が思い出される。
日本には朝陽の県と夕陽の県がある。朝陽の県の県民性は、力強く、明るく昇る太陽を見ながら、志しを持ち、物事を切り開いて行く力強さを持つ。
夕陽の県の県民性は、沈む夕日を眺めながら、今日一日を振り返り、熟慮し明日の行動に役立てる、と。
坂本龍馬は、まさに朝陽の国、土佐の出身。幕末の暗闇の中、新しい日本の夜明けを信じ、能動的に幕末期を駆け抜けた。

日本全国、各県にはそれぞれの県民性がある。
イベントを開催する場所の県民性を考慮する事も、イベントを成功させるための大切な要素である。

運営ボランティア考

最近大型イベントやスポーツイベントでの主催者による運営の不手際や、ホスピタリティの低下が目に付く。

昨今のオリンピックなどでは、開催費用の圧縮のため、大量のボランティアを募り、これを配してかなりの人件費の圧縮を図っている。
結果、開会式のセレモニーで選手団が、ボランティアの誘導ミスから入場行進の途中からスタジアム外に誘導され、結局開会セレモニーを観戦できなかったり、マラソンなどでもゴールする疲労困憊の選手を横目で見るだけで、タオルや水を即座にケアーするスタッフがいなかったりと、主役であるはずの選手へのケアー、心遣いにかなり悪影響が出ていた。

運営は、建築や施設と違い、一見すると人の数が足りていれば何とかなると思われがちだ。
ボランティアは声高に市民参加の象徴のようにいわれることが多いが、主催者の本音は経費の圧縮といった場合が多々あるのも事実である。
また、アメリカのローズボールやローズパレードの様に恒例化され、ボランティアのスキルが高い場合を除いて、ボランティア参加者の専門的スキルも低く、参加動機に、イベント観戦が容易であるという理由が多い事も事実である。

経費圧縮をボランティア参加者によって補完すること事体は決して悪いことではない。

悪いのは、計画者が運営を誰のためにするのか、どこまで想定して現場を運営するのかという現実性をしっかり持たないまま、人数合わせで現場を乗り切ろうとすることだ。

ボランティアという素人の協力者をいかにして現場の運営に機能させるか。
主催者は運営計画の作成、事前研修の充実、モチベーション維持、そして専門職である指揮官の配置には、それ相応の予算を割り振り、本当に機能する組織を持たなければ、運営の失敗、悪くすれば事故に繋がる大変な問題である。
物と違い、数量化したり、評価することが難しい運営の世界を想像力を持って理解する主催者が増えてくれることを望みたい。

イベントの中止

開催準備に全力で取り組み、直前になってイベントが中止されることがある。
中止を余儀なくされる理由には様々なことがある。
主催者自身の準備不足から、開催を中止する場合、イベントの開催前後の気象条件など天候、天災等の理由からの中止、社会情勢からの中止、等々である。

幸いにも、私が開催直前にイベントを中止しなければならなくなったのは、一度だけである。
昭和天皇が崩御された折、日本全国はイベントなどの華やかな行事が次々と中止され、そのあおりで、大手家電メーカーの世界規模の社内スポーツ祭典が中止となった。ただ、このイベントは時期を変更して後に開催された。

先般中国での反日暴動の結果、またしてもイベントにまで影響が出た。
経済的圧力はもとより、音楽や映画祭、展示会までもが中止をよぎなくされた状況下、私の友人で、上海を拠点にイベントを手掛けている中国人女性は、半年以上かけて企画、調整、準備していた日本の大手家電メーカーの現地イベントが先週中止、日本に留学し日本の大手メーカーに勤務する上海出身の女性は、上海で開催される予定の日中共同開催イベントの出展に合わせて準備し、上海へ出張していたが、突然中止が決定。上海市当局から、当該時期の開催は安全が確保できないという理由だったらしい。

自分自身の原因でないところで開催が中止に追い込まれるのは、本当につらい。
開催に向けて、誰しも一生懸命に準備し、問題をクリアーしてきただろうことを考えると、本当に切なくなる。

イベントを創る側にとっては、来場者の笑顔や驚き、感動が一番の喜び。
開催直前に、中止はあまりにも辛い。こんなことは二度と起きてほしくない。

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