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2015年06月

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お客様に出せる企画

今は亡きわが師、沖始氏が生前私に言った言葉が心に残っている。
一つは、良いデザインというのは、使う側の使い勝手が良くなくては良いデザインと言えない。

いくら見た目が面白くても、奇抜であっても、使う目的の機能性に劣るものは良いデザインではない。使う目的に対して最大限の機能を持ったうえで意匠やデテール、フォルムに最適なものを創造する。

二つ目は、お客様に提案する企画は、原則的に実施出来る裏付けを持たなければならない。
当然その中には実施可能な予算も含まれる。
企画会議や、フリーディスカッションでよく出てくる楽しいフラッシュアイデア。それは、実施出来る裏付けをとり、クライアントの目的に沿うように料理し、提案所に書かれて初めて企画になる。

私たちは、クライアントから予算を頂いて、物を創りだす仕事だ。
芸術家ではない。芸術家は、パトロンから資金援助を受け、自分の世界だけで物を創作する。
しかし、私たちは似て非なるものである。
物を創りだす作業は似ているが、自分勝手な想像の中で、自分勝手にクライアントの予算を自由に使っていいといわれている訳ではない。

芸術家でない私たちは、決して自分勝手に、自由気ままに物を想像してはいけない。
プロとしてのクライアントへの責任、創りだしたものへの責任。重い責任を持って、他人から見れば、遊んでいるように見えるかもしれない事を生業としているのだ。
上海万博の準備中、会議の場の主役はパソコンとプロジェクター、レーザーポインターを使うのが中国での会議の標準だった。参加者のほぼ全員がパソコンをノート替りに持ち込み、ペーパーレスは当たり前。情報はデータの共有だった。
企画書を配布しないわけではなく、必要な物は配布されるが、発言者は壁に大写しされた資料をレーザーポインターやパソコンのカーソルの矢印で指し示しながら、強調したいポイントを中心に話を進めて行きます。
この進め方の利点は、会議参加者が全員資料を見ながら俯いて会議をするより、一つの大画面を全員が見つめながら発言者の指し示す要点を見て、共通の事柄に集中しやすい事にあります。
中国では会議に参加して、何も発言し無いのは、能力が無いというのと等しい意味を持つ為、何かしら発言をします。時には無理して発言しようとして頓珍漢な事を言う人もいますが、日本でも、参加者が一言の発言もなく会議を終わるのはやめたいものです。
書類だけに頼る会議やプレゼンテーションは、発言者は書類を説明する事に集中しすぎ、提案のメリハリがなくなり、伝えたい内容が曖昧になったり、受け側、参加者は、配布された書類を提案者の生のプレゼンテーションがあるにも関わらず、黙読に入り、意外に提案者の話を流し聞きしている場合もあります。
書類だけに頼るので無く、提案者も受け側もより確信について理解し合い、議論できる環境や方法を取り入れ、実りある議論にしたいものです。ペーパーレスもより推進しながら。
プロデューサーはディレクターを経験して偉くなったらプロデューサーだとか、プロデューサーは一番偉いとか、よく聞く。
私は基本的に偉いとか偉くないとか、ディレクターをやったら次はプロデューサーとは思っていない。
イベントプロデューサーに最も求められるのは、専門的な知識、経験をもとに、創作に対する理想と制作に対する現実のバランスを取りながら、プロジェクトの進行を総合的に管理する能力、すなわちプロジェクトマネージメント能力だと思っている。
イベントディレクターに求められるものは、制作に対する妥協なき創造力によるイベント創りの能力だと思う。
其れ故、プロデューサーとディレクターは制作途中では、内部で激しい議論があって当然である。ただ、議論の結果が出れば、その方針に従って最善を尽くすのもまた当然である。
ただ、現実には制作に関する議論が少なく、プロデューサーの意思にディレクターが素直に従ったり、プロデューサーが創作にあまり関わらず、ディレクター任せになる事も多い。
この様に、プロデューサーとディレクターの仕事には、権限の違い以外に、はっきりと仕事の内容に違いがある。
という事は、自ずとその職に対する向き不向きがある。
調整力や柔軟性を求められるプロデューサー、創作に対する専門的なこだわりを求められるディレクター。
自分がどちらの能力が優れているか、どちらの道に行きたいか、よく考えて選択したいものだ。
それと、プロデューサーに付け加える能力というか、役割の大切なものに忘れてはなら無いものがある。
ディレクター以下、全てのスタッフを外部からの圧力や問題から、防波堤となって守る責任と胆力である。
スタッフからの信頼を受けられるプロデューサーのもとに集うスタッフでなければ、いい仕事の結果は生まれないと思う。
私が2008年に初めて中国に来た頃、中国人のガイドさんや友人と街を歩いていると、驚くほど感覚の違いがあることに気づかされた。
それは、彼らが言う『すぐそこだから歩きましょう』という言葉だ。

日本人にとって、すぐそこというのは五分から十分程度歩く距離である。距離にすると、800m前後というところ。

ところが真に受けてついていくと、その倍程度は少なくてもある距離の場合が多い。
日本人だとワンメーターでまタクシーに乗りたいところである。それも海外とくればなおさらである。

しかし、中国人にとってのすぐそこの感覚は、やはり日本人の二倍程度あるのが普通である。

ところ変われば・・・というが、健脚自慢の方以外は、中国では気をつけなければならない言葉の一つです。

ホテルで足に湿布するようなことにならないよう、ご用心、ご用心。
イベントを計画、実施する場合に最近特に重要視される事の一つは〈安全〉である。
安全と言っても多岐のジャンルに渡り、たった二文字の漢字の簡単さに比べると範囲が広い上に、対策に限りが無く、考えれば考える程やる事が増える上に、コストが創造以上に掛かるものである。
施設、展示、運営等様々な分野毎に安全に対する潜在リスクを想定し、対応策を検討、検証し計画実施しなくてはなら無い。云うは易し、行うは難しである。
主催者として、安全に対する具体的指針が明確に制作側に計画段階から示されるのは稀なケースである。
当然施設や食品を扱う出店には、消防法や食品衛生法に、明確な基準があり遵守しなければならない。
しかし、法規制が無いけれど観客の安全を考慮すれば必要だと思われるものも沢山存在する。当然、運営には具体的な法規制が無くても、安全対策を講じる事が全てと言っても過言では無い。安全対策イコール、サービスと言っても良い程だ。
ここがプロの腕の見せ所!
予算を考えながら、必要最低限の方法をクライアントに提示し、100点でなくとも、合格点の落とし所を見つけ、警察指導も受け、着地点を見つけ、実行しなければなら無い。
ダメなのはコストを優先し過ぎて安全を軽視する事。
反対に安全に対する過剰な対策でイベント本体の予算が大幅に削られ、開催趣旨が本末転倒に陥った場合である。
難しいのは、そのバランスの取り方である。
また、難しいからこそ、ブロとしての仕事の醍醐味でもある。

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Prof.Murakami
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