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寒くなると、ポトフが食べたくなる。日本人ならおでんだろという向きもあろうが、私の場合は決まっ
てポトフだ。以前、「おでんもポトフも変わらないようなもんだろう。」と暴言を吐いたやつがいたが、
おでんとポトフは全く異なる料理である(少なくとも、私にとっては。そして、やつとは喧嘩になりそう
になった。)。この一線だけは絶対に譲れない。なぜかと聞かれても答えようがない。とにかく、ポトフ
なのだ。
どんよりと曇ったその日の午後、木枯らしの中、私は一人坂道を登っていた。足元には枯葉がまとわり
付き、ときおり吹き付ける風がいっそう寂しさを助長させる。街はもうすっかりクリスマスの装いだ。な
のに私は一人である。一人であることは嫌いな方ではない。誰かに振り回されるくらいなら、一人の方が
よっぽど気楽だ。普段はそう思っていても、この時期だけは寂しさが纏わり付いてきて離れない。日本人
にとってのクリスマスなんて所詮、小売業や飲食業が売り上げ増を目論んでしかけたイベントに過ぎな
い。宗教的な意味合いは皆無なのだから。だから、こんなイベントは端っから無視しようとしているのだ
が、それでもヤツは暴力的なまでに侵食してくる。ミニスカのサンタが、「メリークリスマ〜ス。」とテ
ィッシュを差し出す。不意を突かれて顔を上げると、にっこりと微笑んだ愛らしいサンタクロースと目が
合う。すると、すぐに隣に立つ黒服が、「最初の1時間、1,980円です。いかがですかあ〜。」と引き取
る。冗談じゃない、足を速めてその場を立ち去る。こんな見え透いた誘惑に負けるほど私はマヌケではな
い。私にはやることがあるのだ。急いで家に戻り、大きな青いかごをかかえ部屋を出る。角の銭湯から
は、カップルが幸せそうに手をつないで出てくる。心の中でチッと舌打ちする。ふーん、今更銭湯に行く
なんて、風呂付の部屋に住めないほどの貧乏カップルに違いないと考えると、ちょっとだけ気が晴れた。
誰もいないコインランドリーは、切れかかった蛍光灯が点滅していた。洗濯機を回しながら、少年漫画を
読む。下町の交番の話は、いったい何年続いているのだろう。そんなたわいの無いことを考えているうち
に、乾燥機が止まった。かごをかかえ、コインランドリーを出ようとすると、毛糸で編んだ真っ白いブル
ゾンを着て、薄いピンク色のマフラーをぐるぐるに巻いた女の子とぶつかりそうになった。「あっ、すみ
ません。」と声をかけられたが、とっさに対応することが出来ずに、あいまいな笑顔をを返した。一瞬、
洗濯の時間を後一時間遅らせていたらと思ったが、どうにもなりはしない。現実から目をそらしてはいけ
ない。その現実は、この赤いカウンターにある。「牛丼並ときつねうどんのセットおまたせいたしました
ー。」。クリスマスであろうと、正月であろうと、現実は牛丼ときつねうどんの中にこそ存在するのだ。
すっかり満足して家路に着く。途中、明かりに引かれてついついビデオ屋に立ち寄る。店の奥に仕切られ
た一角には、今日も男共が真剣な眼差しで棚と向き合っている。私は一直線に一つの棚に向かう。「チ
ッ、また借りられてるのか。」。アニオタ系のアイドルがブレイクしたせいか、コスプレ物は今日も人気
だ。仕方なしに熟女系に変えるべく棚を移るも、これも惨敗。ついていない日は、とことんついていない
ものだ。長年の経験から言いうと、こんな日はあきらめるに限るのだ。妥協して適当なものを選んだとし
ても、大抵ははずれだ。うつろな目で店を出ると、いきなり木枯らしが吹き付けてくる。「うーさむ
っ!」、鼻水が垂れてくる。あわててポケットを探ると、ビニールのつるつるした感触がある。よかった
と思い、ティッシュを取り出す。ふと、なにげなくそれを眺めると、本日と明日に限り最初の1時間
1,980とある。「1,980円かー。」、鼻をかみながら、頭の中は 1,980円が回っていた。
「レナで〜す、よろしくお願いしま〜す。」。目の前にはミニスカサンタがいた。やがて、新しいミニ
スカサンタが来た。「メリークリスマ〜ス、かんぱ〜い。」。今日何度目の乾杯だろうか。「お客様、
1時間が過ぎますが、延長でよろしいでしょうか。」。ひざまづいた黒服が、うやうやしく訊いてくる。
「えっ、もおお しょうがないなあ、じゃあ・・・」と腰を浮かしかけたとたん、「えー、あや着たばっ
かだよ〜、もいっかいあやとカンパイしようよ〜。」と腕にすがりつかれた。「そりゃーそーだよねー、
当然、当然! えんちょーで!」とつい口が動く。「ねえ〜、あやお腹すいたー、フルーツたのんでもい
〜い〜。」、「いいとも〜」。もはや、ほとんど自分ではなくなっていた。「お客さんは何が食べた
い?」、「えー、お客さんじゃなくて、ユウトって呼んで。」、「ハイ、じゃあユウト君は何か食べたい
でちゅか〜?」、「うーんそーだなあ、ポトフ、ポトフがいい。」。「えー、ポトフ?」、あやはびっく
りしつつも、黒服に何か耳打ちした。程なくして、テーブルの上には、大根、卵、ちくわ、コンニャク等
が浮いた器が置かれた。「ごめんねー、ポトフは無いからおでんにしちゃった。でも、ポトフとおでんは
同じようなものよね。ハイ、アーンして。」。
アーンと口を開けながら、痺れた頭でかろうじて考えた。まあ、ポトフとかおでんとかは、とどのつま
りたいした問題ではないのだ。そうそう、似たようものだ。方や西洋で、方や東洋の違いだけで、どちら
の料理も野菜や肉のスープ煮なのだから。こうして、私のクリスマスは過ぎていった。
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