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大道芸観覧レポート モノクロ・フィルムでつづる kemukemu
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明治の風景


<上の絵>
当時の東京の最大貧民窟の一つであった四谷鮫ケ橋付近の明治36年10月夕方の風景(「風俗画報」277号)

ここに住んでいた人は、車夫(人力車をひく人)、土方などの日雇い、三味線ひき(鳥追)、いろいろな行商人、軽業などの大道芸人、縁日の商人などさまざまな職業についていたという。
現在の新宿区若葉二、三丁目、南元町一帯。


<下の絵>
東京・三味線堀の明治41年4月の風景(「風俗画報」)

その後、堀は埋立られた。現在の台東区元浅草一丁目、小島二丁目。




拡大して、絵のはじからはじまで、ゆっくり、
当時の人たちの表情と動きや町の風景などを読み取ってほしい。
特に、子どもたちの・・・・・
いまのように車もほとんど通らない路地や道は、
自然と、子どもの自由な遊び場であり、また大人たちの交流の広場になった。

いまは失われた風景。。。



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