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「文鳥様と私」8巻、当blogでは今頃の登場。 もちろん、ほぼ発売と同時に買ったんだけどね、なかなか記事に出来ず。 というのも、今回描かれていることについて今日という日が来ないと、なかなか思いをうまく表せない様な気がしていたから。(そんな大層な記事をいつも書いている訳ではないんだけど。。。ね) この8巻では、おそらく読者も含めて誰もがいつかこの時が来るのだろうなって、ある意味覚悟していたことが起こったわけで、それは、 「ナイゾウの死」 そんな悲しくて、おそらくは胸が張り裂けそうな出来事をも、作者 今市子は軽妙に静かに描いている。 卵の人口孵化から始まり、母鳥ハナから子育てを放棄されたところを試行錯誤しながら人工飼育をし、この時の給餌方法の失敗(?)による栄養不足から脚弱に育ってしまった責任を感じつつ、その為か生涯独身のままだったナイゾウとの8年間。 マンガからは決して読みとれない(おそらくは娯楽作品として決して描かれることの無い現実部分とか)、様々な思いがあったと思うよ。 そして、今家のナイゾウくんとほぼ同じ時期に生まれ、同じ時期に亡くなったのが我が家の「ぴぃ」。 僕が出会ったのは、つまぞおと出会って1ヶ月後くらいの、1999年の4月のこと。 まだ3歳の若々しい雌の白文鳥だった。 そしてつまぞおと結婚してからの5年間、彼女も間違いなく僕等の家族だった。 ぴぃは、つまぞおが最初に働いていた会社を退職してすぐに雛の状態で買われた。 その店に最後に残っていた雛だった。 その時、どうしても文鳥を飼いたいと思っていたつまぞおは、他に選択肢がない中、少し糞で汚れた彼女を買うしかなかった。 文鳥は、雛とはいえきれい好き、糞で汚れているということは、必ずどこか病気にかかっている証拠なのだそうだ。 ご多分に漏れず、病院に連れて行ったところお腹の中は菌でいっぱい、即入院に。 ちっちゃな文鳥とは言え入院費は馬鹿にならず、つまぞおの退職金のほとんどが費やされたという。 おそらく、このときにつまぞおと出会ってなかったら、ぴぃは体を菌に蝕まれたままその短い生涯を終えていたに違いない。 生まれて最初の危機を脱したものの、どうも菌とは縁を切ることができず、それ以来ほとんどの期間、ぴぃの水飲み用の器の中身がただの水だけで済むことは無く、何かしらの薬が混ぜられることとなった。(不思議と薬無しとわかるとすかさずその器で水浴びを始めたのには、鳥とて侮れないなと思わされたもの) そんな生まれたときから病気にさいなまれていたぴぃだけど、つまぞおというおそらくは世界で一番大事にしてくれるパートナーと出会えて、他に負けない元気な文鳥として育っていった。 5歳くらいの頃、卵詰まりから卵管脱を起こし緊急手術。 五分五分の生死の状態から回復したのは、多摩バードクリニックの永井先生ほかスタッフの方々のご尽力と、彼女自身のその旺盛な食欲によるものだったと思う。 それ以来何回か入院したりもしたけれど、それ以外は元気にたくましく大好物の青菜・にんじん・カボチャを完食しながら、日々暮らしていた。 けれど、一般に文鳥の寿命と言われる8歳を過ぎた2月の半ば、お腹に黒いできものがあるのが見つかる。 それまでも、ほぼ2週に1回は高速で2つ先にあるクリニックに必ず健診に通っていたにも関わらずそれは突如として出現した。 それまで、何度と無く彼女のピンチを救ってくれていた永井先生も、この時ばかりは手の施し様が無かったみたいだった。 ぴぃはどんどん動けなくなり、止まり木にいるときも壁際に体を預けて立っているのがやっとの状態になってしまった。 2年前の3月5日の夜、僕が会社から帰ると、つまぞおは泣きはらした目をして、無言でぴぃの家を指差す。 既に夜遅く就寝時間になっていたので黒幕で覆われていた彼女の家の中を覗く。 真っ暗な中、彼女は家の床に横たわりながら呼吸をしている。 眠るときでさえ止まり木に立ったままの鳥が横たわる意味を僕も理解した。 「きっとこの子、あんたの誕生日に死んじゃうんだ」 振り絞るような声でつまぞおがつぶやく。 時間にして夜の11時過ぎ、おそらくは日付が変わるまではもってくれそうな感じだったけど、それから1日以上を越えてのことはとても自信が持てない状態だった。 ほどなく、黒幕の中でガサガサともがくような音が聞こえる。 たまらず僕等は手を暖めてから、彼女をその手で包むようにしながら家から出す。 少しでも元気が出る様にと、病院からもらった流動食をお湯で溶き、指先に垂らして彼女のくちばしの前に持っていく。 食いしん坊だった彼女らしく最後の最後まで食べることはやめなかった。 そして日が変わり、僕の41歳の誕生日の午前2時、つまぞおの手の中で彼女は天に昇っていった。 雛の頃からこの時まで、それこそ溺愛と言っていい程彼女のことを愛し続けたつまぞおは涙を流しながらも、以外と落ち着いてぴぃの死を受け容れていた。 明けた3月6日は土曜日だったけど、つまぞおは休日出勤の予定が入っていたため会社へと出掛けていった。 どんな気持ちで仕事をしていたかは、僕にはとても想像が出来ない。 その間僕は家に残り、紙箱を利用して作った棺に入ったぴぃの姿をずっと眺めていた。 次の日、ぴぃの亡骸はつまぞおの吉祥寺の実家の庭に埋められた。 文鳥であるぴぃが喜ぶかどうかは判らなかったけど精一杯の沢山の花と、そして忘れちゃいけない、食いしん坊だった彼女のために沢山のミックスシードを一緒にして。 家に帰ってすぐにつまぞおは、ぴぃのために使っていたものを僕に片づけて欲しいと頼んだ。 思い出して悲しくなるからだと言う。 僕は一瞬、そんな想い出のある物を僕が片づけてしまっていいのだろうかとも思った。 しかし、彼女の家(プラスチック製の水槽のような入れ物)を浴室で洗っているときに、これは僕がやらなければならないことがよく判った。 本当はぴぃとの想い出を少しでも大事に残しておきたいはずの僕等なのに、こうして片づけをしてまるで何も無かったかの様にしようとしている自分の背反する行動が、体中を違和感として駆けめぐった。 僕は入れ物を洗うシャワーの勢いを最大にしてわざと轟音をたてた。 そして、何十年ぶりかで声を上げて泣いた。 それから2ヶ月後、つまぞおのお腹に新しい命が宿る。 僕等が3年以上待ち望んでいた子供。 周りの人は、ぴぃの生まれ変わりだなんて言ってくれたけど僕は違うと思う。 ぴぃはぴぃ、ぽんはぽんさ。 食いしん坊なところは似てるけどね。 敢えて関連性をつけるなら、きっとぴぃがちょっと手助けしてくれたのかも。 だから、いつかぽんにも話してあげるのさ。 君にはちっちゃなおねえさんがいたんだよって。 ペットと伴に暮らすこと。 それは、ある意味このちっちゃな家族の命の終わりを看取るという覚悟をすることと実は同じなんだと思う。 幸か不幸か、ほとんどのこのちっちゃな命は、僕等の残りの命よりも短く終わる。 大切な家族の一員なら、その最後まで伴に暮らすこと、そして精一杯このか弱く儚い命を守り続けることが僕等の責任なんだと思う。 この「文鳥様と私」、1〜8巻のナイゾウの一生を僕等も見届けて改めてそう思った。 だから、ぽんがそのことを理解できるようになるまで、僕等の家に新しい文鳥様が現れることはない。 それが、伴に暮らす家族としての責任。 そして、我が子への教育としての責任。 けど、きっといつかまたぴぃと暮らす日は来る。 その日を心待ちに僕等はしている。
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2羽の文鳥にまとわりつかれながら読んでました。思わず涙が出ました。今は2羽が若くて元気だから、喧嘩ばかりしているから少し鬱陶しい時もあるけど、いつかはこの子らとの別れが来るんだなと思うと悲しいですね。子供がいない私ら夫婦の子供のようです。この子らのおかげで夫婦は楽しく暮らしているともいえるし。近所でシナモン文鳥が篭脱けして行方不明になっているのを知って、気になってます。ちゃんとおうちに帰れればいいですが。。。うちも最後まで幸せでいられるようにしてあげたいです。
2007/3/5(月) 午後 8:30
シアンちゃん、ぴぃは本当に僕等の子供の様な存在でした。このときの生活があったからこそ、今ぽんを大切な思いで育てようとする気持ちが僕等の中にあるんだなと思います。blog上でも数多くの文鳥の親御さんがいらっしゃいますが、皆さんと文鳥さん達の「最後まで」の幸せを自然と祈ってしまいます。ウチのぴぃは、最後苦しませてしまったけど、天寿を全うできたんじゃないかなと思います。そして、そこまでぴぃのことを守り続けた、つまぞおのこと本当に誇りに思ってます。
2007/3/5(月) 午後 8:56
あふれる愛情で見守ってもらったぴぃちゃんは幸せですね。うちのコたちを見ながら、けんぞおさんのように大事にしてあげてるかなぁ…と振り返ってます。
2007/3/6(火) 午前 8:44
メリーさん、きっと大丈夫ですよ(^-^)確かに、ウチのぴぃは「世界で一番幸せな文鳥」の中の1羽だったと勝手に思ってます。そして、そんな鳥たちが1羽でも多くなって欲しいなって思います。
2007/3/6(火) 午後 1:19
思わず涙で読みました。寿命が短いので、悲しいけど出会った時から別れのカウントダウンが始まっているんですよね。テレビで海獣医師の先生が「動物はいつか必ず死にます。そのことを忘れずに精一杯やるだけです。」と言われていました。見取ると言う覚悟を頭の隅に置いて、共に生活していこうと思います。ぴぃちゃんは幸せな一生を過ごしたのではと思います。
2007/3/6(火) 午後 4:32
ペットって、確実に自分より早く死ぬもんね(つд⊂)エーン。覚悟して暮らさなきゃだよね(つд⊂)エーン。なんにも言わない動物だけに、その死もよけい悲しいよね(つд⊂)エーン
2007/3/6(火) 午後 6:03
ぴぃくんは、つまぞおさんに出会い、そしてけんぞお一家の一員で幸せ一杯だったと思います。私も、実家の愛犬を泣くし、その最後の日にいきなり元気になってお庭を走った写真を眺め ちょこっと泣いた今朝でした。
2007/3/6(火) 午後 6:35 [ - ]
こういう話、ダメです・・・。実家で飼ってた、ネコを思い出してしまいました(涙)
2007/3/7(水) 午前 1:06 [ caipirinha_laksa ]
まぁもさん、相手の一生が短いものであればなおのこと、今伴に暮らしているこの幸せな時間を大事にしたいものですよね。
2007/3/8(木) 午後 9:04
yukiちさん、ホントだね。その通りだよね。それでも、なんか通じ合うものがあるから不思議なんだよね。
2007/3/8(木) 午後 9:06
MIMIさん、ぴぃはもちろん言葉なんか喋れなかったので、本当はどうだったのか確かめるべくもないけど、少なくともつまぞおのところは大好きだったってのはその行動からよく判ります。鳥の飼い主さんがよく口にする、「自分の手の中で逝ってくれたのでよかった。」って本当にそう思います。不思議と文鳥も人前では頑張ってみせる習性があるみたいで、そんなところは本当に今でも泣けてきます。
2007/3/8(木) 午後 9:14
caiさん、すまんね。あんまりいい話じゃなくて・・・。生き物の種類は関係なく、こういう思いってきっと共通なんだろうなぁって思います。
2007/3/8(木) 午後 9:15
((T_T))(;o;)堪らない暖まれない。泣けて読むの辛い
2016/11/8(火) 午前 10:11 [ ピイョ ]