愉しい寄り道

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 1991年の紅白歌合戦に登場したことで、知っている人もいるグループです。
 平均年齢が14歳(13〜15歳)の4人組で、1992年の東京音楽祭でグランプリを獲得して、時々日本のテレビ番組にも登場してました。もともとは、フィリピンの有名なスラム、スモーキーマウンテン出身の子供たちで結成されたグループです。

 このアルバムは、当時僕が憧れていた人から教えてもらった思い出のアルバムです。
 北九州出身のその方は、いまは文字どおりパライソ(天国)にいますが、僕のフィリピンの原点ともいえる曲ですので、ぜひ一度聴いてみてください。


Paraiso Smokey Mountain


■パライソ(天国) 作詞・作曲 Ryan Cayabyab 訳詞 円山京子さん

 あのパライソに帰ろう 河は枯れ果て 上空を横切る鳥もなく
 彼らの住処はどこにも残されていない 空気は煙で覆われ 緑の大地は遥かなる幻

 たった一羽の鳥の姿が 心を喜びで満たしてくれる
 私は言葉を選び曲を書こうとした 世界中の人に届くように

 故郷のパライソ 私の家は段ボールの床と壁で出来ている
 そこで私は学んだ 生きるために主張する自由を

 ぼろ切れで出来た服 寒さを凌ぐビニール袋
 たとえ持ち物は空っぽの空き缶だけだとしても 私はそれでも幸せだ

 他人の小銭を盗み 脅えて人生を暮したくない

 パライソ どうか力を貸して
 パライソ 私を導いて
 パライソ 世界に訴えよう

 たった一羽の鳥の姿が 心を喜びで満たしてくれる
 疲れ切って飢えた大地 ほんの少しの真実と希望と敬意を 世界は向けてほしい

 たとえ持ち物は空っぽの空き缶だけだとしても 私はそれでも幸せだ

 他人の小銭を盗み 脅えて人生を暮したくない

 パライソ どうか力を貸して
 パライソ 私を導いて
 パライソ 世界に訴えよう

 たった一羽の鳥の姿が 心を喜びで満たしてくれる
 疲れ切って飢えた大地 ほんの少しの真実と希望と敬意を 世界は向けてほしい


 Paraiso

 Return to a land called Paraiso,
 a place where a dying river ends.
 No birds there fly over Paraiso,
 no space allows them to endure.
 The smoke that screens the air,
 the grass that's never there.

 And if I could see a single bird, what a joy.
 I try to write some words and create
 a simple song to be heard
 by the rest of the world.

 I live in this land called Paraiso,
 in a house made of cardboard floors and walls.
 I learned to be free in Paraiso,
 free to claim anything I see.
 Matching rags for my clothes,
 plastic bags for the cold.

 And if empty cans were all I have, what a joy.
 I never fight to take someone
 else's coins and live with fear
 like the rest of the boys.

 Paraiso, help me make a stand.
 Paraiso, take me by the hand
 Paraiso, make the world understand

 that if I could see a single bird, what a joy.
 This tired and hungry land could expect
 some truth and hope and respect
 from the rest of the world.

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日本語の歌詞について、円山さんは「たった一羽の鳥の姿が 心を喜びで満たしてくれる、疲れ切って飢えた大地 ほんの少しの真実と希望と敬意を 世界は向けてほしい」と訳していますが、英語を直訳すると違うように感じます。

前の「Make the world understand」から続いていて、「(過酷な大地で)たった一羽の鳥を見ることに喜びを感じるのと同じで、疲れて飢えている僕たちに対して、誰かがほんの少しの真実と希望と尊敬を向けてくれることで、僕たちは幸せを感じることができる」という訳になるように思います。

言い換えれば、ほんの少しの優しさ、期待、敬意を向けるだけで、人はがんばることができる、ということを歌おうとしていたのではないか、と思います。

2012/3/12(月) 午前 8:00 ( ^^)Y☆Y(^^ ) 返信する

何年も経ってからのレスをすみません
私は1982年に縁あってマニラに移り住みました 当時16歳という若さだったと思います。日本には家族もなくマニラに少し知った友達がいるというだけで彼達を追いかけて行きなんとも7年に渡り住み着きました。私も家族とは希薄の関係で逃げてマニラへ行ったようなものでしたが彼達はそんな私を受け止めて大切にささてくれました。当時が懐かしくてなりません。マニラに会いたいです。

2018/7/16(月) 午前 2:08 [ naomi ] 返信する

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数年越しのコメントをありがとうございます。マニラに16歳で移り住んで7年間というのはいい経験ですね。

HotdogsというグループがManilaという曲をつくっていますが、まさに「マニラに会いたい、マニラに連れ戻してほしい」という心情を歌い上げています。リンクを貼ってますので、ご覧ください。

https://www.youtube.com/watch?v=FCe6Nw3KoXA

2018/7/18(水) 午前 8:19 ( ^^)Y☆Y(^^ ) 返信する

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