岐阜の沖縄三線「八重山うた大哲会 岐阜支部」

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エイサーと郡上踊り

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眠らない盆の夜に

〈寛永年間(1624〜44)に城主遠藤慶隆が、領民融和のために奨励したとも
宝暦一揆(1754年)後に入部した城主青山氏が、
領民の不満の解消策として奨励したのではないかともいわれるが定かではない。
おそらくは白山信仰に関連する山念仏や、歌念仏が念仏踊りに発展し、
さらにこれが盆踊りへと変化をとげたものと思われる。〉
(「岐阜県の歴史散歩」岐阜県高等学校教育研究会地歴・公民部会、地理部会編/山川出版〉より)

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郡上踊りの起源は諸説あるようですが、
郡上藩主が士農工商の融和を求めて始めたと言うのが理由らしいです。
それには、ここは昔から東西南北をつなぐ交通の要所であったので、
城下の民の不満を取り除き、日頃から結束を固めるという意味がありました。

1820年には触書「城番年中行事」で武士の参加を禁止する令のことが記録されていますが
その内容を現代風に言うと
「前から言っているけど、家臣とその家族は踊りにいっちゃダメですよ。
もう今後はいちいち言わないけど各自気をつけなさい」
というものらしいです。
裏を返せば、武士にもそれを守れない違反者が多く、こっそり参加していたということです。
そこには身分関係なく、人々が輪になって踊る姿がありました。

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「郡上は馬所 あの磨墨(するすみ)の名馬出したも気良(けら)の里」という
「春駒」の歌詞にあるように郡上は馬市が盛んで、
人の出入りが多く、旅芸人や他国者も頻繁に滞在しました。
彼らが持ち込んだ伊勢音頭や飛騨の臼ひき唄、各地のおどり唄、座敷唄が影響を与え、
今日のバラエティに富んだ演奏曲になりました。
さらに彼らとの交流から、男女の出会いや別れの歌詞が多く生まれました。

エイサーも郡上踊りも、元々は先祖供養の念仏歌が発祥でありながら
やがて男女の恋愛歌を取り入れていくようになるのは同じです。
また郡上踊りの場は、公認の男女の逢瀬の場でもありました。
沖縄のモーアシビ(毛遊び=夜の原っぱ〈モー〉の庶民の宴会、唄や踊りの座)とも共通しています。

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眠らない盆の夜に、祖霊たちも舞い遊びます。

郡上踊り

沖縄の盆の夜を賑わすのがエイサーであれば
岐阜には盆の夜を徹して賑わす有名な踊りがあります。
400年の伝統を持つ、日本三大民踊・三大盆踊りのひとつ「郡上踊り」です。

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郡上踊りの開催期間は長く、
今年はすでに7月11日のおどり発祥祭から始まっています。
9月5日の踊り納めまで続きます。
しかし、なんといっても見所は8月13日〜8月16日の盂蘭盆会(徹夜踊り)です。
午後8時ころから始まり、翌朝5時まで続きます。
県外からこのために訪れる愛好家や、外国人観光客も多く、
老若男女、人種民族を越え、すべての人が下駄を鳴らして踊り続けます。
これだけ多くの人が盆踊りを踊るのは壮観な眺めです。

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スローな曲からアップテンポな曲まで民謡の幅広さを楽しめ、
見るだけでなく、踊りの輪の中に入って楽しめるところに醍醐味があります。
踊り方が分からなくても、
周りにいる熟練者の振りを見よう見まねでそれなりに踊れます。
もっと上手くなると、踊りの「認定」もあるので
すべての免許皆伝を目指して毎年通う人もいます。
踊りの講習会や、郡上八幡博覧館などで踊りのレクチャーもしています。

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郡上踊りのよさは、ライブの一体感です。
これは郡上踊りの起源と歴史にも関係あります。

(続く)

エイサーの起源

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エイサーの始まりは1603年、浄土宗の袋中上人が沖縄に上陸したのがきっかけと言われています。
袋中上人は沖縄に浄土宗の念仏を広めるべく、
地域の言葉で分かりやすく琉歌で念仏を作って節歌にし、
時の琉球王、尚寧王や儀間真常(甘藷=サツマイモやサトウキビ精糖、木綿を広めた偉人)ら
といった信者の後ろ盾を得て浄土宗を広めました。
この歌ニンブチャーの系譜は前述のとおりです。
やがてその念仏歌を歌う専門の念仏者が登場し、
盆に念仏歌を歌って先祖精霊を供養するようになったのが
現在のエイサーの由来といわれます(ただし諸説あり)。

ちなみにこの念仏者は、萬歳踊りをする京太郎とよばれ、
流れの人形回し=傀儡師といわれています。
京太郎とは?傀儡師とは何者か?に関しては諸説あるので割愛しますが、
現代においてもエイサー隊で滑稽な動きとメイクで、
道化役をしているのが京太郎=チョンダラーです。
酔っぱらったふりをして隊列を整えたり、
盛り上げつつ陰で全体の合図を送ったりする、彼らこそ真の実力者といわれます。

浄土宗のいわゆる念仏踊りがエイサーになりましたが、
踊り手が鉦を鳴らし歌を歌う「念仏踊り」と踊り手と歌い手が分かれた「踊り念仏」は
学術的に別の言葉らしいです。
現代のエイサーははたしてどちらなのか・・・?

小禄には袋中上人顕彰のため建立された袋中寺があります。

(続く)

エイサー

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沖縄本島でお盆といえば有名なのはエイサーです。
いまでは年中を通して演舞され、結婚式や各種イベントに出突っ張りですが
元々は先祖供養のためのお盆限定の行事でした。
近年、沖縄伝統文化の代表として、島のどこでもやっていますが、
やはり本島中部以北に特化しています。
(南部はチナヒチ(綱引き)と旗頭(はたがしら)と思っています。)

POPな今風の音楽に合わせた創作エイサーも盛んに取り入れられていますが
お盆の時期に地域を巡る伝統的なエイサーは、格別です。
わざわざお目当ての団体を見るために内地からくる、おっかけもいます。
どこもだいたいお盆の3日間でやりますが、そうでない場合もあります。

やっぱり自分の部落のイジグヮー(意地)を背負っての演舞は
鳥肌が立つほど感動します。
ただでさえ蒸し暑い真夏の夜に、
大太鼓や締太鼓を持って何時間も、跳びはね、打ち続けます。
地謡は負けじと声を張り上げ、汗だくで唄い続けます。
すごい体力です。
平敷屋のパーランクー(手のひら大の太鼓)のエイサーのように
完璧に統率された動きも、指先にまで緊張感があり
内に力を秘めた静かな強さで、観客を魅了します。

隣接する地域同士が道ジュネー(町内を回ること)で出会うと
エイサーオーラセーが始まります(エイサーガーエーともいうようです)。
オーラセーとは喧嘩の事ですが、殴り合いの縄張り争いではなく
同時に演舞し、どちらが相手の曲につられずに踊れるかを競い合います。
一層激しく舞いながら、正確に踊り続ける芸と芸の戦いです。
この辺が沖縄らしいところです。

(続く)

アンガマ

今年の旧盆は新暦の9月の1〜3日らしいです。
沖縄の行事は旧暦で行われます。
お盆は祖霊を迎える初日がウンケー、
2日目がナカヌヒー(中の日)、
祖霊がグソー(あの世)に戻る日をウークイといいます。

八重山ではお盆はソーロンといい、アンガマという独特な行事をします。
お盆の夜、あの世から来たウシュマイ(翁)とンミー(媼嫗)の
アンガマの面をつけた2人が、クバ笠に覆面をした楽団一行を引き連れ
家々の座敷を回ります。
その場で、今あの世の様子はどうか、などの質問がされ、
彼らは即興でユーモラスな返答をします。
(むちゃぶりトークに対する芸人根性!)
歌、踊りありの賑やかな光景です。

お盆といえば、家人がお寺さんの説教を聞いたりするのですが、
そこはやはり歌で供養する文化らしいです。

〈「無蔵念仏節」「無蔵念仏口説」はともに、
旧暦七月の旧盆アンガマ踊りの座開きでうたわれるもの。
登野城の役人宮良善勝が、
首里へ出仕した際(1800年)に首里郊外でうたわれていた念仏歌を学んで
八重山に持ち帰り、改作して伝えたとされている。
(中略)
『小浜島民謡集』によれば五十八節あり、
人々に親孝行のあり方を長々とうたって聞かせた。
旧暦七月に限って、うたってもよいとされている。〉
(CD「伝(いやり)〜風便り 唄便り〜」大工哲弘/ディスク・アカバナー ライナーノーツより)

つまり練習するのも1ヶ月。
期間限定の曲です。

(続く)

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