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さいたま赤十字病院

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さいたま新都心第8−1A街区への赤十字病院および小児医療センターの移転計画についてこれまで2月および6月16日の2回に亘って地元住民に対して説明会が実施されている。
対象はさいたま市大宮区・中央区・浦和区の3区の住民のみ。開催通知方法は地元自治会の回覧板だという。
埼玉県のホームページでも公開しているようだ。
日頃より病院や地元の動向などに関心を持っている人しか分からない仕組みになっている。
説明会の主催者は埼玉県であるようだ。実際に展開しているのは『埼玉新都心医療拠点企画室』とのこと。
ホームページに入っていくと過去の説明会の資料や議事録が公開されている。
 
次回の説明会も予定しているようだが小児医療センターとの調整及び計画案が明確になっていないため日時は現段階では決まっていないとのこと。
 
(担当窓口)
埼玉新都心医療拠点企画室 企画・調整担当
TEL048−830−2407
さいたま赤十字病院は現在地より数キロ浦和寄りの『さいたま新都心』に移転することになっている。
日本赤十字社は概要を発表している。2015年の竣工を目指している。
 
移転や建て替えについては以前から二転三転していた。現在の病院敷地内での建替えの計画があったが、病院を運営しながらの建替えは長期間の工期とコストが必要となり、県の新都心への土地提供の打診などもあり決定したようだ。
現在の病院を外から眺めても分かるように耐震強度や美観の面からみても建物としても限界だろう。
しかし中に入ってみるとたとえば手術室やMRIなどかなり綺麗な内装になっている。張りぼてでも何とか維持管理されている苦労がにじみ出ている病院でもある。
但し入院病棟はさすがに古さは否定できない状況だ。
特にひどいのは外来のトイレ。ウォシュレットなど後付したのだろうが、トイレのスペースが自体が狭く床面や内装も改装していないためひどく汚れている。更には小便臭までする始末だ。これは全く評価できない。
多くの病院に通院しているがここのトイレのレベルは最低だろう。
 
地元の病院で日頃より大変お世話になっているため、何とかきれいになってほしいとの願いでこうした苦言も書いている。
 
移転後の病院には『緩和ケア病棟』は設置しないという。急性期病院、母子周産期病院をめざすようであるが、
埼玉県は今後、高齢化が全国一のスピードで進んでいく地域である。
さいたま赤十字病院は埼玉県の中央医療圏の『地域がん診療連携拠点病院』に指定されており、さいたま市のがん医療の中核となる病院でもある。
今年度より厚生労働省は『がん対策推進基本計画』でも緩和ケア・緩和医療は重点目標の一つとなった。
緩和ケア病棟・ホスピス病棟の必要性については医療関係者の間でも論議が盛んであるといわれるが、まずは緩和ケア病棟・ホスピス病棟を数は少なくてもまず設置して、患者が選択できる余地を残しておくことが必要だと思う。その後に緩和ケア病棟・ホスピス病棟の必要性の有無について論議することが大切だと考える。
何もなければ良いのか悪いのか考えることすら出来ない。
 
更にさいたま赤十字病院は小児科医師が全員退職というように重大な問題を抱えている。昨年に埼玉県の周産期医療センターに指定され病床数は少ないながらもNICUもあり、ハイリスク妊産婦医療および小児医療に対して力を入れていただけに残念である。安藤副病院長が社外広報誌『かがやき』で新センターの抱負を熱く語られていたはずだったがどうしたのだろうか。
 
【さいたま赤十字病院ホームページより引用】
HOME >さいたま赤十字病院の新病院建設について

新病院のご案内

○病院移転計画について

当院は昭和9年7月に日本赤十字社埼玉支部療院として開院し、昭和18年1月に与野赤十字病院、昭和22年3月に大宮赤十字病院に改称し、内科、外科皮膚泌尿器科、産婦人科、小児科、耳鼻咽喉科を標榜する106床の病院となりました。
以来、昭和43年に第2病棟、昭和50年に第1病棟、昭和55年には本館及び埼玉県救命救急センターが設置され、平成15年4月にさいたま市の政令指定都市への移行を契機に大宮赤十字病院からさいたま赤十字病院に名称変更し、605床の病院として現在に至っております。地域住民の皆様のニーズに応え、地域医療・救急医療に貢献し、埼玉県内の基幹病院並びに救命救急センターとしての役割や災害時における医療救護・医療援助・保健指導等に尽力しております。
しかしながら、当院は建物の老朽化と狭隘化が進み耐震性の問題からも、建替えの必要性に迫られてきました。どのような病院に建替えるか建築時期や建築場所も含めて検討してきました。現在病院の建っている敷地もなかなかの好立地であり、現地での建替えも考えられますが、一方で移転を考えた場合、建設中に診療の制限をしないで済むことや患者さんのために出来るだけ交通の便が良く、これまでの診療圏に大幅な変更がないような適切な用地があれば移転による建て替えが望ましいと考え、移転先を模索しておりました。

○総合周産期母子医療センター機能など高度医療の充実

そのようなところ、埼玉県から県立小児医療センターとの併設という条件で、さいたま新都心西口付近への移転の提案がありました。当該地(第8−1A街区)はさいたま新都心駅から至近で交通至便な立地であり、現在の当院からも約1㎞と近く建替え用地としての条件に一致したものであったため、当院としては県の提案に同意いたしました。移転計画について、県との実務的な話し合いを進め、基本的な合意を得ることができ、平成23年6月の埼玉県知事、さいたま市長の共同記者会見で計画が発表されました。
この計画では、第三次救急やがん診療など総合的な医療機関である当院と小児に専門的な高度医療を行う小児医療センターとを併設することにより、総合周産期母子医療センター機能など高度医療の充実が図られます。また、災害時には防災基地機能を持つ、さいたまスーパーアリーナが近接していることにより、防災拠点として迅速な救命救急活動が行われることが期待できます。

○患者さんにも地域の医療機関にも親しまれる病院に

新病院では新しいだけでなく、患者さんの動線に配慮した設計を心掛け、患者さんからみて安心で便利な病院を建設します。また、小児医療センターは勿論のこと他の地域医療機関との連携も強化し、患者さんを紹介しやすく親しまれる病院にしていきますので、ご理解・ご協力をお願いいたします。

新病院の基本方針

○新病院のコンセプト

・ 質の高い医療の提供
・ 患者さんにとって便利で心地よい診療・療養環境
・ 地域の医療・福祉機関との連携強化
・ 災害に強い病院
・ 研修体制の充実
・ 柔軟性・拡張性のある設備計画 など

○新病院が果たす役割

・ 地域完結型医療の実現に向けて中核病院としての機能を整備
・ 地域がん診療連携拠点病院として主要がんに対する急性期治療を強化し、集学的治療を実施
・ 超急性期病院として救急医療・急性期医療に重きを置き、さいたま市を中心とした地域住民の安心、安全、健康な生活維持に貢献
・ 埼玉県の災害拠点病院として災害に強い病院を整備するとともに、DMAT・赤十字救護班などとの 連携を積極的に推進
・ 教育・研修体制の充実により、医療人の育成・確保に努め、チーム医療が実践できる組織体制を構築 など

新病院の建設概要

規模・構造病床数診療科スケジュール
地下1階、地上14階程度
延床面積:57,000㎡程度
屋上ヘリポート、免震構造
632床(現状605床、増床分27床は県と協議中)
23科
(内科、心療科、神経内科、呼吸器科、消化器科、循環器科、
小児科、外科、乳腺外科、整形外科、脳神経外科、呼吸器
外科、心臓血管外科、皮膚科、形成外科、泌尿器科、産婦
人科、眼科、耳鼻咽喉科、リハビリテーション科、放射線
科、麻酔科、緩和ケア診療科)
設   計:平成24年度〜25年度
建設工事:平成25年度〜27年度
竣   工:平成27年度

県立小児医療センターとの連携

○周産期医療

【さいたま赤十字病院】
  ・ハイリスク妊産婦受入れのためのMFICUの新設
  ・救命救急センターと連携し母体救命機能を整備
【小児医療センター】
  ・ハイリスク新生児受入れのためのNICU、GCUの大幅増床

○救急医療

【さいたま赤十字病院】
  ・高度救命救急センターとして救命救急医療機能を強化
  ・病院前救護体制の強化・充実を図るための救急ワークステーションの整備
【小児医療センター】
  ・小児重症患者の受入れを行うPICUを整備

○施設の共同利用

 ・2つの病院が隣接立地するメリットを生かし、病院の附帯施設の共同利用を検討
 

小児科新規患者を制限/さいたま赤十字病院

2012年06月06日
http://mytown.asahi.com/saitama/k_img_render.php?k_id=11000001206060006&o_id=11865&type=kiji
◇常勤医が退職へ
 さいたま赤十字病院(さいたま市中央区)で、小児科の新規患者受け入れを一時中止したり、産科が大幅な分娩(ぶんべん)制限をしたりする事態になっている。常勤医の退職が見込まれるための措置だが、地域の医療拠点の診療縮小だけに、利用者への影響は大きそうだ。
◇産科診療にも影響
 病院によると、小児科の常勤医は4人。退職する医師の人数や時期は「調整中」だが、全員が退職する可能性もあるという。
 このため、診療体制の見直しは「最悪の事態」を想定。小児科専門外来への新規紹介患者の受け入れを一時中止するほか、ハイリスク妊産婦の受け入れは困難だと伝え、大幅な分娩(ぶんべん)制限も設けた。特に産科は、小児科医が不在になると未熟児の入院管理などができないことを想定し、安全を優先させたという。5月下旬に公表し、病院のHPなどでも患者らに知らせている。
 内田紹夫・病院総務課長は「できる限り受け入れていくが、時間や状況が許す方は別の病院を探していただいた方がいいとお知らせしている」と説明する。
 さいたま赤十字病院は2015年度中にさいたま新都心(同区)に移転し、県立小児医療センター(同市岩槻区)と一体整備される計画が進んでいる。内田課長は「医師の退職は(計画とは)関係がないと思う。新病院での医療分担など話し合いはしていない。移転まで小児科の常勤医が不在という状況はありえない」と話している。
◇「医師の振り向け すぐには難しい」/県医療整備課
 県医療整備課によると、さいたま赤十字病院は昨年度、高度な医療が必要な妊婦や新生児を受け入れる「周産期母子医療センター」(県内10カ所)に指定されたばかりだった。
 しかし、病院側は今春、「現状では新しい小児科医を確保できていない」として、診療縮小の方針を伝えてきたという。
 センターに指定されると、診療報酬の増額や運営費への補助が認められるが、同課は「想定する高度医療ができなくなった場合は診療費は発生せず、補助もしないので、経済的な実害はない」と説明する。
 今回の背景には、深刻な小児科や産科の医師不足がある。常勤医が辞めた場合、新たな人材確保は大きな悩みだ。「公立病院の小児科医をすぐに振り向けるのは難しい」という。
 一方、2病院を移転後、周産期医療の機能を向上させ、現在は埼玉医科大学総合医療センター(川越市)にしかない「総合周産期母子医療センター」に指定する計画もある。
 移転計画を担当する県病院局経営管理課は「さいたま赤十字病院は『早期に小児科医を確保する』としている。移転への直接の影響はないと考えている」と話す。
(引用:2012年6月13日 朝日新聞朝刊 埼玉版)
さいたま赤十字病院は病院のすぐ隣りに看護専門学校を併設している。
正面玄関を入ってすぐのホールにはナイチンゲール、アンリデュナンなどとともにエディス・キャベルの写真が額に入れられ飾ってあった。Edith Cavellという名前は初めて知った。
 
有名な人物なのにインターネットで調べても日本語での解説はほとんどなかった。
カナダのロッキー山脈にある3000m級の山にMt.Edith Cavellと名前がついているという。
Edith Cavelについての解説文を読むとl看護学校にふさわしい人物であることが分かった。
エディス・キャベルについて、さいたま赤十字看護専門学校の解説文は下記のように書かれている。
学校の職員の方々に聞いても写真と解説文は何を参考にされたのかは不明とのことだった。
看護専門学校の生徒たちはEdith Cavellについて関心を持っているのだろうか。
 
【Edith Cavell】
1872年イギリス・ノーフォク州スウォーズトンに生まれる。
Edith Cavellはロンドンで看護師となり1906年34才の時ベルギーのブリュッセルに渡り看護学校の設立に参加し監督に就任したが、間もなく第一次世界大戦が起こり、この学校は傷病兵を収容することになった。
ドイツ軍はベルギーに侵入して来るようになり兵士はもちろん医師も看護師も重症患者を残したまま撤退を余儀なくされるようになった。しかし「この人たちを置いていくことは出来ない」と言って、一人Edith Cavellだけ居残り、敵味方の区別なく救護活動を続けていた。
そうしているうちに一度はパリ郊外まで殺到したドイツ軍も連合軍の反撃にあい旗色が振るわず、戦線は膠着状態が相当長く続くこととなった。
このような状態となると両軍とも後方錯乱が起こり、神経戦に頭を悩まされるようになり、加えてスパイ活動が盛んになった。ドイツ軍にとってはイギリス軍が退却後も占領地の奥深く、しかも長い期間とどまっている者については、たとえ看護師といえども一応疑うことは止むをを得ないこととなり、スパイ嫌疑で逮捕されることになり、簡単な取り調べの後、本人はスパイなどとんでもないこととして否定したにもかかわらず、そのままブリュッセルに護送されることになった。
やがて形式的な裁判の末、スパイと断定、銃殺の判決を受けて刑場に引き出されることになった。
近づいたドイツ兵が目隠しをしようとすると、それを断って自分を狙っている銃口をじっと見つめ、「スパイなどと」はじめはつぶやくように、そして言葉を改めて「愛国心だけでは足りないのです。たとえ一人でもこの地上に苦しむ人のある限り私には見捨てることは出来ないのです。」と強く、しかも落ち着いた声で言って、従容として死についた。
Edith Cavell銃殺の報は直ちにヨーロッパ中に広まり、人々はこぞって憤激した。ドイツ人でさえ後悔の念に駆られたと言われている。やがてアメリカ合衆国が参戦し、1918年11月ドイツの降伏によってこの戦争も終わりを告げた。Edith Cavellの遺骸は海を渡って英国に帰り盛大な葬儀の後、故郷ノーリッジに手厚く葬られた。
ロンドンのトラファルガースクエアーにある英雄ネルソンの銅像に近く小高い台地に白く清楚な婦人像が頑丈な台石の上に立っている。台石の四面には
Humanity  人道・博愛
Divotion  敬虔
Sacrifice  献身
Fortitude  堅忍
の4語が刻まれ正面の人道の字の下に1915年10月12日ブリュッセルに於いてと最後の日と所に前記終焉の
言葉が刻まれている。
"Patriotism is not enough,I must have no hatred bitterness for anyone.,,
またカナダのロッキー山脈に彼女の死を記念して名付けられた、エディス・キャベル山の美しい山の麓に石碑が建てられている。
 
イメージ 1
(Trafalgar Square) 
 
 
 
 
 
 
 
 

かなり先の計画だが少しずつ進んでいくのかも知れない。
『新都心医療拠点企画室』のTEL048−830−2407


(2011年6月14日付日本経済新聞埼玉・首都圏経済版記載の記事)

専門部署設置を発表
■埼玉県 13日、さいたま新都心駅前の遊休地「第8−1A街区」の整備に向け、企画・調整を担う新部署を15日付で発足すると発表した。各部局から計7人を専従の担当として配置。
同街区に土地を持つさいたま市や都市再生機構、移転予定のさいたま赤十字病院(さいたま市)と県立小児医療センター(同)の間を調整し、一体整備につなげる。
企画財務部内に「新都心医療拠点企画室」を設ける。同部から2人、都市整備部から2人、総務部、産業労働部、病院局から各1人を配置。同街区の整備に向けた暫定組織として、約2年ぶりに「室」を復活させた。

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