日々是好日日記

心にうつりゆくよしなしごとを<思う存分>書きつくればあやしうこそものぐるほしけれ・・・・、

玄洋庵文庫

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「忖度」―する人、しない人


2017年流行語大賞は間違いないと思われる用語「忖度」。日本中のいたるところで、いたる機会に「忖度」が幅を利かせているとばかり思っていたのだが、これを全くしない人が居たというある意味でこれは大発見である。その人とは、今を「時めく」今村雅弘復興大臣である。ただし、「忖度」は自分より権力の高い者へ向かうベクトルであって、その逆へは働かない原則から言えばこれは「忖度」などではなくて「軽侮」・「侮辱」・「侮蔑」なのかも知れないが・・・。
この人、先には東日本大震災と福島第一原子力発電所のメルトダウン事故によって居住地から「自主避難」している人々に対して住居費用などの支援打ち切りの政府の政策についての記者の質問に対して、「自己責任」と決めつけた上に質問した記者を罵倒して大いに不評を買った。これについて直後に謝罪に追い込まれるという「舌禍事件」を起こしたかと思えば、再び次の記者会見で同じ記者を相手にして罵詈雑言、大いに世人を憤慨させた御仁である。
そして、再々「(東日本大震災は)死者が1万5893、行方不明者2585、計1万8478人。この方が一瞬にして命を失ったわけで。社会資本の毀損(きそん)も、色んな勘定の仕方があるが、25兆円という数字もある。これはまだ東北で、あっちの方だったから良かった。これがもっと首都圏に近かったりすると、莫大(ばくだい)なですね、甚大な被害があったと思う」(2017/04/26 朝日新聞朝刊)とやらかしたという。言ってよいことと悪いことの区別が付かない人。点ける薬が無いというのはこういう御仁である。
人命は地球より重いという。「人命を失う災害は、人災であれ天災であれ、どこで起きても欲しくない」という話は、これで完結していて付け加える言葉は必要ないのである。あそこでは困るがここなら良いというように比較衡量して述べるべき事象ではないからである。そんな簡単ことがこの御仁には分からない。政治家である前に一個の人間としてすでに失格である。
歴史的に見れば東北地方は貧しかった。それこそその主因が地震と津波の襲来であった。近くを見ただけでも、寛政の、安政の、明治の、そして昭和のそれぞれ東北大地震津波、戦後に入ってもチリ地震津波、そして3.11と一定間隔で巨大天災の襲来を受けてきた。それらの災厄の度に復興を遂げたかと思う間もなく次の天災に見舞われる歴史であった。結果としての社会資本の低さがこの御仁の発言の根拠であったのであるが、そこに人々の苦しみと悲しみが凝縮してあったのである。そういう悲しみを想像するに必須の赤い血がこの男には流れていないらしい。
安倍首相が直後に謝罪会見をしたという。そして、当人は辞表を出したという。一身上の都合などという口上の辞任ではダメだ。立法府の総意としてこの男の議員辞職勧告決議を行うべきだ。それのみが「1万8478人」の死者・行方不明者への鎮魂につながるはずだからだ!。
 

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