日々是好日日記

心にうつりゆくよしなしごとを<思う存分>書きつくればあやしうこそものぐるほしけれ・・・・、

玄洋庵文庫

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遵法精神の全く無い「善人」政治家片山さつき大臣


「遵法精神」を辞書でひいてみると「法の指示するところを尊重し、きまりを守って行動すること」とある。遵法精神の無い人というのは筆者の周りには皆無だ。みなさん、実に良く法の精神を尊重し、これに準拠して生活している。これを「普通人」という。
しかし、世間には遵法精神を持ち併せていないほんの少数の人々がいる。その証拠に、マスコミの登場人物は脱法の話題ばかりである。犬が人を噛んでもニュースにはならないが、人がイヌを咬めば特ダネになるのが道理であるように、非合法な行為をする不心得者が少しだけ居て、人のしない不公正なことをするから新聞記事にもなるのである。
筆者の見るところ遵法精神の持ち合わせの無い人には2種類あって、一つは「悪人」、もう一つは「偉人」。第一の「悪人」は、遵法精神では生きていけない人。多くの犯罪人はこれに属す。そして、これらの人々はあの親鸞聖人によれば阿弥陀如来が「摂取不捨」に言う最も往生の結縁の濃い人々で、彼らのことは「歎異抄」に譲ってここでは話題にしない。
もう一つの遵法精神の無い「善人」とは、人もうらやむ権勢の人。頭が良くて、法を創る立場に居て、かつその法の弱点を知り抜いている偉い人がこれにあたる。そういう典型的な人として、とっさには思いつかないので申し訳ないが、典型例として日産自動車会長のカルロス・ゴーン氏や参議院議員、国務大臣=地方創成・規制改革・男女共生参画担当片山さつき氏を上げさせて頂こう。ただし、ゴーン氏についてはまだ事態が判然としないので、片山氏を「善人」のモデルに選ぶこととしよう。
「片山さつき地方創生相の書籍を宣伝するためとして、さいたま市内に設置されていた看板が、同市の許可を受けていなかったことがわかった。朝日新聞の問い合わせを受けた市が設置者に連絡したところ、看板の広告を取りやめる意向を示したという。18日時点で、看板は真っ白になっていた」(2018/11/18 朝日新聞)。
この看板は2016年というから、氏が自ら参議院議員選挙に全国区候補としてノミネートされたまさにその期間中に平然として掲げ、かつこれを隠ぺいのために著書の出版社がするPRとうそぶいている。票が集まりやすい出身地の故郷埼玉と、過去に政治地盤とした静岡・愛知の3か所がコストパフォーマンスが良いと判断して設置した。「悪人」には書けない「著書」をものする才能が有るというまさに「善人」の仕業にちがいない。
氏の「善人」ぶりは、次の記事からもうかがえる。
「片山さつき地方創生相は2日の衆院予算委員会で、週刊文春国税庁への<口利き疑惑>に関して片山氏本人のものとして公表した音声データについて『昨日、近い関係者と聞いたが、自分の声かどうか、あれでは判断がとてもできない』と述べた。片山氏は一方で『非常に聞きづらいので判別できないと申し上げているので、絶対に違うのかどうかも分からない』とも語った」2018/11/03 朝日新聞)
人は、自分の声は外耳からだけでなく内耳からも聴くので自らの声は他者が聴くのとは違って聞こえている。氏はこれを根拠に否定するのだが、それは合理的だ。しかし、自分が語った発話は実はサウンド・スペクトルではなく大脳で理解できるので、雑音だらけの中でも選択して聴き取れる。それは、騒音の通勤電車の中で知人と会話が弾むことで日常的に了解している。片山氏は、おそらく文春が発表した録音の話者が誰であるかを正確に認識しているはずである。しかし「ウソ」を言う。これが多くの「善人」に共通の反応である。
つまりここからも片山さつき大臣は著しく「遵法精神」の欠如した人柄であることが分かる。人の上に立つ政治家として不適格者であり、阿弥陀如来の前では最下級の人である。

 

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