日々是好日日記

心にうつりゆくよしなしごとを<思う存分>書きつくればあやしうこそものぐるほしけれ・・・・、

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2015卒業式辞

今日、ここに後藤 斎山梨県知事をはじめと、山梨県内各界のご来賓のみなさまのご列席の下に、山梨県立大学国際政策学部97名、人間福祉学部94名、看護学部98名総計全卒業生289名、及び大学院看護学研究科修士課程修了生4名、以上総計293人の皆さんに、学位記を授与できたことを、私は心からうれしく思います。
みなさんを今日まで支援してこられたご家族の皆さん、また本学常勤・非常勤の教職員および特任教員、あるいは本学との協働事業にご支援くださった多くの関係者、加えて学外実習・インターンシップ・地域づくりなどの現場でご指導を賜った県民のみなさんに、心からお礼を申し上げたいと思います。
・・・・・・・
さて、みなさん、みなさんは20世紀初頭のドイツの詩人カール・ヘルマン・ブッセの「Über den Bergen山のあなた」という詩をご存じですか?。みなさんのお爺さん・おばあさんの時代からこの詩は上田敏の名訳て日本では非常に有名になりました。
 
 
「山のあなたの空遠く
( さいわい )住むと人のいふ。
( あゝ )、われひとと ( と )めゆきて、
涙さしぐみ、かへりきぬ。
山のあなたになほ遠く
<幸>住むと人のいふ。」
 
このカール・ブッセの詩を主題にして、大阪落語の名人・今は亡き桂枝雀が同名の落語「山のあなた」を創作しました。この作品は、彼が私たちに残してくれた心の形見・宝物だと、落語ファンの私は思っています。今日は皆さんのめでたいはなむけにこの作品をたどってお話ししたいと思います。
桂枝雀さんは神戸生まれの関西人。彼の高座は生粋の関西弁での語りですが、私には上方言葉は語れませんので標準的な日本語でお話し致します。
物語は、日常の仕事に疲れた中年のサラリーマンが、ふと乗った休日の電車で、都会から遠く離れた郊外の山裾の駅まで連れていかれるところから始まります。
電車を降りて足のおもむくままに山路を辿っていくと、いつしか峠にたどり着き、そこにみすぼらしい峠の茶屋があって、老婆が一人店番をしています。この場面、さすがに教養人の枝雀さんのこと、「分け入っても・分け入っても・青い山」と深山幽谷を山頭火の有名な俳句で表現しています。
男はおばあさんに声をかけます。
「おばあさん!、『山のあなたの空遠く 幸い住むと人の言う』なんていう詩があるけど、ここらには本当に幸い云うもんが棲んでいるんだろうねえ?」
するとおばあさんは平然として、

「はいはい、おります、おります。さいわいならここらに仰山おりますですよ。」
といとも簡単に答えます。冗談のつもりの男は驚いて、

「おります、おりますって、どこに幸いが居るっていうんです?」
と呆れたように聞き返します。

するとおばあさんは遠くを指さしながら、
「ほら、ほら、あのずぅっと向こうに山が見えるでしょう?そこの手前の山じゃなくてそのもう一つ向こうの、ほ〜ら!若草の生えたお山、あそこに行けば<さいわい>いうもんがいっぱい棲んでいますけんね。何なら貴方行ってみたら如何です?」
とますます乗ってきます。男は馬鹿馬鹿しくなってきました。
「あの二つ向こうの山に<さいわい>がいるって、どうしておばあさんには分かるんですか?」
と話をやめようとするのに対して、おばあさんはなお平然としてこんなことを言い出します。

「じゃ、話して聞かせましょうかね。実はね、私、今じゃあ齢を取って少しは見られるような顔にはなったんですがねぇ、私の若い頃ってのはとってもみっともない顔をしていましてねぇ。自分ながら鏡を見るとプーっと吹き出したくなるような、それはそれはおかしな顔をしていましたですよ。私が生まれるとすぐに二親は死んでしまいましてね。だっから私は親の顔を知りません。親類の家に預けられたんですが、年端もいかない子供の頃から炊事・洗濯・水汲み・子守り・掃除に・畑仕事・・・。ろくろく食事も与えられないままに働きづめに働らかされてねぇ。何のためにこの世に生まれてきたのかと何度思ったかしれませんでしたよ。やがて、年ごろになると町の工場に働きに出されました。しかしそこでも、友達は一人もできませんでした。私の顔って、おかしいだけじゃなくって、泣き出したくなるような寂しい顔でしたからねぇ。年頃の女の子だっていうのに、男の人の誰一人として私に声をかけてくれる人っていませんでしたよ。実に、寂しい青春を送っておりましたでねぇ。そのうちに重い病気にかかりましてね、お医者さんに診てもらいましたら『もうとても助からん、間もなく死んでしまうじゃろう』って。私、考えましたです。なんでこんな不幸に生れついたのかって。こうなったら、あの世に行って、死んだお父さんとお母さんに思いっきり悪口を言ってやりたい。どうしてこんなに不幸に生んでくれたのかってね。そうしてから二人にきつう抱きしめてもらおうと思いましてねぇ。<ミドロが淵>という湖のほとりに行って、土手の上から真っ逆さまに飛び込もうとしていると、後ろから大きな声がしました。『死んじゃあいかん!』 振りむいてみると長が〜い白い髭を伸ばして杖をついたお爺さんが一人立っておりました。『おい、おまえに<しあわせ>ちゅうもんを見せてやるから俺についてこい!』とおじいさんは言いましてね、有無を言わせずに連れていかれましたですよ。その場所が、ほら見えますか? あそこ、その手前の山じゃなくてもう一つ向こうの山。緑の若草の生えているお山。・・・・・そこへ行ってみますとね、白い綿菓子のような、ゴム風船のようなものがふわーりふわーりといっぱい飛んでいるんです。どこが頭だか尻尾だか分からないような白くてふわふわした柔らかいものが。おじいさんの言うには『これが<しあわせ>ちゅうもんだ。とらまえてみろ!』って。『お前のその胸に抱けるようになったらお前も幸せになれるじゃろう』ってね。」
「そこで私は一心不乱にその白い風船のような綿菓子のようなものを追いかけましたですよ。ところがこれがどっこい難しい。ぐっと抱こうとするとふわっと上の方に、またあわててわしづかみにしようとすると今度は下へするっと、どうしてもつかまえられない。・・・するとおじいさんが『明日から毎日ここに来て練習しろ!。二、三年も練習すればとらまえられるようになるじゃろう』って、おじいさんはそう言ってここにこの茶店を作ってくれたんです。それからというもの茶店にお客の無いときは、見えますか?、あの二つ向こうのお山?。あのお山に毎日のように行きましてねぇ、私は<さいわい>を捕まえる練習に励みました。しかしどうしても捕まえられない。・・・・『もういいわ、どうせ私には幸福なんて縁がないんだ』って、そう思った瞬間に小さな<さいわい>がむこうから私の胸に抱きついてきたんです。あの山に初めて来たあの日から数えてちょうど三年の月日が流れとりました。」
「こうしてとうとう私は<さいわい>を捕まえることに成功しました。おかしなもので、捕まえようと一生懸命に追いまわしていた時には捕まえられなかったのに、捕まえようと思わなくなった途端に向こうから胸の中に入ってきたんです。・・・<しあわせ>って、力いっぱいつかまえるのではなくて、抱くような抱かないようなそんな気持ちで抱いてやる。分かりますか? 私の言うことが、分かりますか?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
男は、いつの間にかおばあさんの話を信じてもよいような気持になってきました。するとおばあさんは、

「あなたもあのおじいさんのところへ行って修業したらどうです?」
と言います。男はそれには答えずに、
「そうですか?、やっぱりカール・ブッセの『山のあなたの空遠く 幸い住むと人の言う』ってのは本当だったんですねぇ。<山のあなた>というのだからやっぱり、私が棲んでいるごみごみした都会なんかじゃなくって、あの二つ向こうの山のように<山のあなたのなお遠く>でないと<さいわい>は棲んでいないんですね?」と言いました。

それを聞いたおばあさん、
「いえ、いえ、それは違いますですよ。あなたの住んでいる都会から見れば、あの二つ向こうのお山は、<山のあなたのなお遠く>ですが、逆にあのお山から見たらあなたの住んでいる都会もまた<山のあなたのなお遠く>なんですよ。都会と言えどもそこもまた「幸い住むと人の言う」そういう世界なんですよ。」

・・・・・・・・・・・・・・
これが、名人桂枝雀の落語のオチでした。幸福の青い鳥が思いがけず窓辺の鳥かごの中にいたように、幸せの黄色いハンカチが貧しい炭鉱住宅の物干し竿にへんぽんと翻っていたように、<さいわい>はすべての人々のそれこそすぐ傍らにいること。幸福は焦って捕まえようとしても捕まえられないが、ごく平凡な日常生活の中にこそあるのだと枝雀さんは主張したかったようです。
みなさんは、今日を限りに山梨県立大学を巣立ちます。そして、明日からそれぞれに独りぼっちで山のあなたに向かうことになります。あの枝雀さんのおばあさんが教えてくれた流儀に倣って<抱くような抱かないようなそんな気持ち>で<さいわい>を捕まえましょう。私と山梨県立大学の教職員全員、皆さんの「しあわせ」を心から祈っています。
・・・・・・・
さて、これで私の「贈る言葉」はおしまいです。6年間語り続けてきた卒業生へ贈る私の言葉も今回が最後になりました。皆さんの母校<山梨県立大学>はこの春からまた新しい理事長兼学長を招いて再出発します。新しい山梨県立大学にみなさんの声援をお願い致します。
最後にみなさんと、皆さんのご家族と、本学教職員、本学をご支援いただいた横内正明・後藤斎二人の山梨県知事、山梨県議会、山梨県庁、そして多くの県民のみなさんに、心からお礼申し上げ、私の最後の「贈る言葉」と致します。
みなさん、ご清聴ありがとうございました。

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