日々是好日日記

心にうつりゆくよしなしごとを<思う存分>書きつくればあやしうこそものぐるほしけれ・・・・、

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2009年度入学式訓辞

2009年度入学生を迎えるにあたって

今日、ここに横内正明山梨県知事・森屋宏山梨県議会議長はじめ山梨県内各界のご来賓のみなさまにご列席を賜り、3学部291人、大学院11人の新入学生を迎えて入学式が盛大に挙行できますことを心からうれしく思います。また、入学生のみなさんを今日まで見守ってこられたご家族・ご親族の皆さん、教育関係者、その他関係するすべての人々に、併せて心からお喜び申し上げたいと存じます。
本学・山梨県立大学は、長い前史はあるものの現在の3学部・1研究科をもつ総合大学としての成立は実に新しく満4年前のこと、去る3月24日、第一回生を世に送り出したばかりの日本一若い大学です。それゆえに本学は、「未完の学園」です。しかし、これを別の見方でもってすれば、新しい意味や概念を新たに付与できる、新しい時代に適合できるであろう豊かな「可能性」を有している大学であるという言い方もできます。
勿論、赫々たる伝統が有るということは大学にとって大切な事ですが、そこに安住するのではなくて日々新たに伝統を創造していくということも同様に実に大切なことです。私たちは、新しい伝統を創造する仲間として皆さんを今日ここにお迎えしました。これからの在学期間、新しい山梨県立大学という知的空間の創造に積極的に参加して下さるようにお願いして、歓迎のスピーチを始めたいと思います。

さて、みなさんは「パラダイム(paradigm)」という言葉をご存知ですか?「パラダイム」を英和辞典で引いてみますと、「[1]典型, 範例. a paradigm of classic Greek tragedy 古典ギリシア悲劇の代表作.[2]文法用語で語形変化表」(三省堂『新グローバル英和辞典』)などとあります。しかし、通常、新聞などに書かれている意味はこれとは違います。
「パラダイム」という用語が人口に膾炙したのは、アメリカ・プリンストン大学教授で科学史家のトーマス・クーンが1962年に発表した『科学革命の構造』という書物の中で述べられた「学術」用語です。この書物は、出版されるやいなや世界中の科学者の間で一世を風靡した書物です。みすず書房という出版社から邦訳も出ていますので、みなさんにもぜひ一読をお勧めいたします。
著者トーマス・クーンによれば「パラダイム」の意味はこうです。たとえば「天動説」という学説を例にして見てみましょう。これは地球を中心にして宇宙の星達が回っているとする学説ですね。別名「プトレマイオス天文学」などと呼んだりします。紀元2世紀頃の科学者プトレマイオスが、地球を中心とする円軌道の上に大小さまざまな周天円を何重にも重ねて、様々な星辰の運動を幾何学的に記述できるとした天文学です。
みなさんは、「天動説」などというものは、無知が支配した時代の取るに足らない「妄説」だと教わったかもしれませんが、決してそんなことはありません。事実、プトレマイオスの天文学を駆使することで何年後の日食や月食も予測でき、当時の時計の精度では十分に満足できる成果を挙げていたのです。だから、天動説は、1507年、コペルニクスが唱える「地動説」によってこれが破綻するまでの実に1300年間の長きにわたって人々を魅了しつづけてきました。T・クーンはこれをその時代の「通常科学(Normal Science)と定義します。
しかし、天動説が人々に信じられていたのは、その学説の精度が高かったからだけではなくて、地球が宇宙の中心にあるという前提があったからだとクーンは考えます。地球ではかつて神の子イエス・キリストが生まれ、この星の上で神の言葉を述べ、磔刑によって死にはしたものの、再び三日後に復活しました。だから地球という星は、ありとある星々の中でも特別なものでなくてはなりません。それゆえに宇宙の全ての星辰は地球を取り囲んで、これを賛仰するような位置関係にいなければならないというわけです。T・クーンは、天動説を支えるこういう時代思想のことを「パラダイム」と名づけました。
しかし、ルターやカルヴァンによる激しい宗教改革や、大航海による人間活動の拡大、ルネッサンスによる人間復興思想を介して中世から近代へと歴史が展開していくにしたがって神の存在は後衛に退いていきました。加えて、天動説では説明できない小さいが根本的な問題点、たとえば木星があるとき周転円で予想される方角とは反対方向に回転することなどが観測されると、天動説に深刻な異説が現れます。科学者は周章狼狽、全くの自信喪失状態に陥ります。これをT・クーンは「科学革命」といいます。
コペルニクスが『天球の回転について』を出版し、科学革命に点火したのが死の年1543年です。このときすでに、中世を支配したローマンカソリックの政教一致による支配体制は内側からも外側からも崩壊し始めていました。この時点でコペルニクスやガリレオ・ガリレイの地動説がすんなり受け入れられたわけではありませんが、しかし、プトレマイオスの天動説を支えるキリスト教的世界観は普遍性を失って後衛に退いていきました。そのことによってそれこそ自然に地動説が受け入れられていったのです。そして、この時代を境にして地動説が新たな「パラダイム」の位置を獲得しました。すなわち、神に代わって「人間復興」がパラダイムの座を占めたのでした。
以上の例で分かるように「パラダイム」とは「科学研究を一定期間導く、規範となる文化的背景のこと」と定義できます。さらに一般化されて、「ある一時代の人々のものの見方・考え方を根本的に規定している概念的枠組み」(三省堂『大辞林』)です。つまり、「パラダイム」とは、その時代の人々が知らず知らずに囲い込まれている思考の枠組みのことです。皆さんは自分の考えは自分に帰属していて、自分の考え方は独創的・個性的だなどと思っているかも知れませんが、実は時代の空気のような「パラダイム」という「雰囲気」の中にがんじがらめに縛られているといっても過言ではないのです。
その典型的な例をお話しましょう。かの、20世紀最高の天才物理学者・アルバート・アインシュタインといえば「特殊相対性理論」によって時間と空間の一体性を発見し、「一般相対性理論」によって重力場の根源を四次元空間の幾何学として記述し、また比熱の研究から波としてしか理解されていなかった光の「量子」性を発見した20世紀最高の超人です。そのアインシュタインにして、量子力学の基本原理ハイゼンベルクの「不確定性原理」に対して「神はサイコロを振らない」と言って抵抗し続け、生涯これを認めませんでした。
「不確定性原理」とは、極微の粒子の運動量とその位置、その持っているエネルギーと時間の組み合わせなどにおいて、その両者を正確に計測することは原理的に不可能であるという原理です。極微の世界では、対象に何らかの変化を与えること無しに対象を計測できないという当たり前のことを言っているのです。古典的には、1ヘルツの周波数を計るのに最低0.5秒の時間が必要であり、1波長の波を計るには2分の1波長の空間が絶対に必要ということと等価です。
こう説明してもらえば誰でもわかることです。事実、現代の大学生に「不確定性原理」について教えてみると、誰も不思議に思わずにいとも自然にこれを受け入れてくれます。それなのに歴史上の最高の知性アルバート・アインシュタインに、そんな簡単なことが理解できませんでした。これは大天才アインシュタインといえども、彼の持っている連続媒体の古典物理学的「パラダイム」が理解を阻害するためなのです。

長々とひとつの単語「パラダイム」についてお話してきたのは言うまでもありません。実は、今この瞬間にも私たちは大きな「パラダイム」の転換に遭遇しているに違いないと思われるからです。
昨年2008年9月15日、ニューヨークのウォール街を襲った経済恐慌は、瞬く間に「世界同時不況」となって世界を震撼させました。いわゆるサブプライムローンという金融商品の欠陥が表面化したことによる信用収縮が原因であるということを皆さんも知っていますね。つまり、どこの銀行がどのくらいこの不良な金融商品を持っているかが分からない。だから、そういう金融機関に金を融通したりされたりするとどういう損失を蒙るか分からないと世界中の金融機関が疑心暗鬼になりました。個人資金も同様です。まさに究極の疑心暗鬼です。その結果急激にお金が動かなくなってしまいました。銀行からの融資を当てにして事業を行っていた自動車会社、特にビッグスリーといわれたアメリカの巨大自動車会社などは、あまつさえ経営状態が悪化していたところへ運転資金が獲得できなくなってしまいましたから、事業の継続すらままならなくなってしまいました。こうして急激に世界経済は収縮し、一気に不況に突入してしまいました。
通例、不況は製品在庫が過剰になって生産を調整しなくてはならなくなることによって生じます。したがって、過剰在庫が解消されれば景気は戻ってきます。これを景気循環と呼んでいます。現在生じている不況は信用収縮を原因とする不況であり、モラルハザードを原因とする不況でもあるのであって、過去無数にあった「循環型」不況とは決定的に異なります。こういう不況が回復するときには、社会が不況の始まった地点の時代気分に戻ることはありません。ここに「パラダイム」の考え方が出てきます。つまり、不況に突入する以前の社会を支配していたパラダイムに代って、次の時代を支配する全く新しいパラダイム、まさに天動説から地動説に変わるような、過去とは全く異なる様相を呈した新パラダイムが出現してくるものです。その新しい「パラダイム」が何になるのかを今の時点で予言することは神ならぬ身の不可能です。ただ、変わるということだけが容易に想像できるということです。
しかも、現代の危機は経済だけではありません。地球環境の悪化は極限的な状態に達しています。一方で石油はあと半世紀ともちません。世界人口は爆発的に増え、世界中に貧困が蔓延しています。世界各地で争いが勃発し、そのいくつかは戦争となって殺戮が行われています。国内政治や国家行政に目を転じてみればもはや機能不全は極まっています。作家の逸見庸はこの事態を「パンデミック」と言いました。パンデミックとはかつてのペストやコレラ、近くはAIDSなどのような世界大の爆発的感染症のことであり、今世界中で恐れられている鳥インフルエンザなどがそれです。まさに現代という時代は「パンデミック」状態といってもあながち言い過ぎではないのです。
皆さんがこれから本学で学ぶのは、新しいパラダイムを創造するための知的パワーを獲得するために他なりません。1945年の敗戦以降、今ほど新パラダイムの必要な時代は無いでしょう。教室で先生方から、キャンパスで友人から、地域社会で先人から学び、その中から千変万化して止まない次の時代の「パラダイム」を確実に発見すること、それがこれからの学園生活なのだということを確認しましょう。その結果、皆さんの若い力によってパンデミックに侵されたこの病める社会を変えることができるはずです。そう「Yes,You Can!」です。いや、アインシュタインの例をもってすれば、旧いパラダイムに自縄自縛されていない若い力によってしかパラダイムは変えられないのです。

私は、できるだけ早い時期に「学長オフィスアワー」を定めて発表したいと考えています。皆さんがやりたいことを見つけたのでそれを実現するにはどうすればよいかとか、失恋して絶望の真っ只中に落ち込んだときとか、大学に不満が嵩じて悔しくてしょうがなくなったときなどには、学長オフィスアワーに学長室へやってきてください。学長室は飯田と池田の両キャンパスにあります。

ともあれ、皆さんの学園生活が充実した、実り豊かなものとなることを期待して歓迎の言葉と致します。ご清聴ありがとうございました。

2009年4月6日 山梨県立大学長 伊藤 洋

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伊藤先生
改めまして学長ご就任おめでとうございます。
学長オフィスアワーも期待しています。ますますお忙しくいなられますが、お体に気をつけて新しいパラダイムに皆をお導きください。(^^;
新年度を向かえ、私の頭も新しいパラダイムに変えていきたいと思っています。学長オフィスアワーが発表されたら、真っ先にご相談に伺わせてください。 削除

2009/4/6(月) 午前 11:20 [ 宇佐美 ] 返信する

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