僕の部屋〜創価学会3世として生きる〜

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さて、これは日蓮大聖人が立宗宣言をされたことを祝す聖教新聞の一面だ。


日蓮は御年32歳の時、現在の千葉県清澄寺で太陽に向かって高らかに南無妙法蓮華経を唱えられた。


これをもって我々は日蓮大聖人の立宗宣言としている。これは日蓮系宗派どこも共通だ。


日蓮にとってこの立宗宣言によって題目を、竜ノ口法難によって本尊を、


そして熱原法難に感応して戒壇を、それぞれ建立したと見ることが出来よう。


元々南無妙法蓮華経という言葉自体は、平安時代より使われていた言葉だそうだ。


しかし、それをここまで教義的に意義付けたのは日蓮が最初となる。


天台宗では朝題目、夕念仏というように、あくまで数ある修行の一つでしかなかった。


そんな中で、日蓮は法華一乗を掲げて南無妙法蓮華経を全ての根本に据えたのである。


この雑行から専修へ…という流れは、鎌倉時代(所謂末法の始まり)に興隆した。


例えば法然はまさしく専修念仏を唱え、道元や栄西は禅をその中心とした訳である。


ただ日蓮にとっての専修は、彼ら以上に重要な意味を持ち、ベターではなくベストを求めたものだった。


日蓮幼少の疑問とはまさに、「なぜこんなにたくさんの宗教があり、それでも人々は苦しむのか?」


という極めて現代にも通じるものであった。「正しい」とは「一に止める」と書く。


あらゆる宗教が目指しているもの、また肉薄し、また接近しているところの真実とは何か。


日蓮にとっての南無妙法蓮華経は、数ある中の一つではなく、数あるものの共通項と考えるべきである。


だからこそ、日蓮の曼荼羅にはあらゆる神々と諸菩薩とが、経典と時代、国を超えて書かれているのだ。


さて、上記の紙面を見ていただきたい。トップ記事の他にも、「主な内容」にも注目願いたい。


そこには池田名誉会長の連載「御書と青年」、また座談会御書(座談会で勉強する日蓮の遺文)とある。


創価学会は池田教、選挙団体、カルト教団、etc…そんなことを昔よりよく言われてきたし、


今でもそう思っている方々も多いかもしれない。それはもちろん偏見による部分もあるが、


あまりにも会員一人一人が、そして創価学会総体が、自らのアイデンティティーがどこにあるのか?


それを広報しきれていないのではないかと思う。創価学会程、現代に生きる仏教はないのだから。


池田名誉会長も80を超える高齢だ。いつまでも頼っている訳にはいかない。


師弟とは「師さずくるところの妙法、弟子さずくるところの妙法」に他ならない。


私は両親も尊敬しているし、古今の宗教者や哲学者に敬愛する人物は多数存在している。


それでも三代会長を区別して「師弟」と表現するのは、そこに日蓮仏法が脈打っているからだ。


池田教と言われることを一番嘆いているのは、池田名誉会長自身に他ならないだろう。


師弟という時、弟子は師匠にすがったり、教えをこうたり、崇め奉るのではない。


人間的な親しみの中で、「師のように生きる」ということが師弟なのである。


日蓮のように生きて、その思想を、池田名誉会長が如くに世界に流布出来る一人一人になること。


そこを履き違えて、おべんちゃらを使っている人間がどれだけいるだろう。


本当の弟子は一切媚びないし、「法華をほむるをもって法華を殺す」という言葉を肝に命じるべきだ。


褒めているようで、正に褒め殺し。その行為が逆に「池田教」なるイメージをつけてはいないのかと。


それよりも、それぞれの人生を堂々と、尊敬されるような人物として振る舞い生きることだ。


その中で、一体あの人の魅力と生き様の根本には何があるのだろう?


そう思わせることが大切ではないか。あの人がやっているなら信じられると。


そこで最後に胸を張ってこう言えばいいのだ!


「私は仏教徒です。日蓮大聖人を師匠として、ただ三代会長の後を継いでいるだけです」


これこそ、最大の広宣流布ではあるまいか。これこそ地涌の菩薩ではあるまいか。


創価学会のアイデンティティーとは、学会員一人一人の、信仰者としてのアイデンティティーである。

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「地涌の菩薩の自覚」これが大事だと思いますね。
第2第3の池田氏を陸続と育て出現させてゆかねばならないと思っています。
今池田氏に頼りすぎているところがあるのは否めないところが有ると思います…
創価学会の正念場は池田氏亡き後であると思います。
そこで自身がどう立ち振る舞うことができるのかそれが真の信仰者としての姿ではないかと思いますね…(^^)
五老僧が大聖人亡き後迫害を恐れ「天台が弟子」などと言ったようにならないようにしなければなりません。
胸を張って「池田氏の弟子」「大聖人の弟子」であると宣揚しなくては!…行動しなくては!と思いますね…(^^)

2010/5/6(木) 午前 10:58 [ eijitypeR(^^♪ ] 返信する

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同感。【広布第二幕】のポイントですよね
「戸田の命より大切」と言われた組織は、本当に大切です
創価学会なくして広宣流布は進まなかったでしょう

でも、その組織が硬直化してきているような気がします
上から言われたことを、なんの疑問も持たずに下へ流す
命令は絶対で意見を述べると「信心がない」とレッテルをはる
水戸黄門の印籠のような「先生の思いは・・・」と型通りのセリフ
ときどき自分がおかしいのかと思ってきます

会合で見るときと、プライベートで見るときの顔が全く違う
壇上であんなに生き生きとしていたのに、学校の運動会で会ったら
友達もなく1人でポツンと淋しそうにしている幹部
可哀そうで声をかけましたが・・・ガッカリでした

それ以来【組織の長】は【信心の長】ではないと言い聞かせています

【第四代】は私たち一人一人だとの自覚で日々を過ごしたいものです
毎日毎日一瞬一瞬のなかにこそ、信心があり、先生がいる
誰がどうあろうとも、自分はブレずにいきたいと!
ともすると、組織の中に埋没してしまいそうな自分の信心を
見つめ直しながら進む日々です(*^^*)

2010/5/6(木) 午後 1:27 [ ] 返信する

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私たち一人一人が師匠を越えるような実力を持ち、師匠を宣揚してゆく、これが本当の師弟であり、師弟不二であると私は考えます。、

2010/5/6(木) 午後 3:57 [ おそいひと ] 返信する

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はじめまして。
「随方毘尼」を検索したら貴方のブログに出会いました。
45歳壮年部で最近芸術部に任命された
オッサンロッカーです(笑)
いや!貴方の日記に吸い込まれました。
まだ全部読んでませんが
なんか心強くなりましたよ!
ありがとう!

2010/5/8(土) 午前 0:44 [ shi*oa*ano ] 返信する

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eijiさん、言われる通り、池田名誉会長が無き創価学会という問題は、決して遠い将来のことではありません。そこで弟子一人一人の真価が問われますね。

2010/5/13(木) 午後 10:54 けんいち 返信する

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花さん、組織や幹部に完璧はありません。大切なことは、そんな己や体制に妥協しないということです。常に新たな活動を模索し、常に行学に励む幹部はが必要なのだと思います。

2010/5/13(木) 午後 10:56 けんいち 返信する

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スミダーさん、スミダーさんは十分に「師のように」生きておられると思います。

2010/5/13(木) 午後 10:56 けんいち 返信する

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shiさん、偶然の訪問ありがとうございます。人生もネットも一期一会です。こちらこそコメント感謝致します。

2010/5/13(木) 午後 10:57 けんいち 返信する

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