僕の部屋〜創価学会3世として生きる〜

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我等衆生死する時塔婆を立て開眼供養するは死の成仏にして草木成仏なり
 
 
今回は「塔婆供養」について仏法の本義と道理に照らしてざっと批判を加えたいと思う。
 
まず、上記の金言は日蓮大聖人が草木成仏口決に於いて述べられているものだ。
 
伝統宗派である日蓮正宗や日蓮宗などでは、この御文をして高額な塔婆供養を正当化している。
 
更には、塔婆供養をしないと成仏出来ない!などと脅しめいたカルト的教条主義を振りかざす者もいる。
 
そこまでして宗派仏教の殻に閉じこもり権威者を擁護するとは、憐れという他ない。
 
しかして、一見すると塔婆供養がそのまま草木成仏であると早合点してしまう者もいるだろう。
 
そこで大前提として、仏教学の基本の「き」をここで確認しておこう。
 
まず塔婆とは何か_?ということだ。この部分が意外と盲点となっているように感じる。
 
塔婆とは元来、卒塔婆という言葉の略式である。卒塔婆とはストゥーパの音訳であり、意訳すれば仏塔となる。
 
つまり、塔婆とは仏塔(ストゥーパ)のことを指す。これが仏教学の基本の「き」である。
 
釈尊死後、その遺骨は八つに分骨されてそれぞれに象徴としての仏塔が供えられた。
 
この仏塔が果たす役目とは単純である。それは法華経を紐解くことで明白となる。
 
衆見我滅度 広供養舎利 咸皆懐恋慕 而生渇仰心
 
つまり、滅ぶことのない仏があえて死を現ずることによって人々に愛しむ心を呼び起こすというものだ。
 
これは方便現涅槃とも表現される法華経の核となる思想である。
 
ここで言う舎利(遺骨)の象徴となるのが仏舎利塔、つまり仏塔(ストゥーパ)だ。
 
この仏塔は自然発生的に起こったと言えよう。釈尊の教えを忘れず毎時作是念するために。
 
本来、釈尊の教えは遺骨に魂が宿るなどという発想とは真逆の思想である。
 
それでも、仏法が舎利と仏塔を丁重に守り伝えて来たのは上記の理由に依るのだ。
 
つまり、塔婆とは仏塔(ストゥーパ)のことであり死の成仏とは方便現涅槃の姿を指す。
 
ここで一番上の写真を見ていただきたい。これは鎌倉時代を代表する源頼朝の墓である。
 
真ん中にそびえているのが仏塔(ストゥーパ)、煎ずるところ塔婆だ。
 
この塔婆は五輪塔婆とも称され、五重塔を簡略化したものであると理解してもらえればいい。
 
五重塔はそれぞれがインド、中国などの各地域を表しているともされ、仏法の広がりを象徴している。
 
これこそが大聖人在世に於ける塔婆の姿であり、大聖人の墓も五輪塔婆の形容を示しているのだ。
 
さて、ここまでの論で皆さんには粗方私の主張するところが理解していただけたことと思う。
 
皆さんが塔婆と言われて想像したであろう、墓石の周りを埋め尽くす経文の書かれた木の板。
 
あれは室町時代以降に本格的に普及していく所謂「板塔婆」と言われるものだ。
 
その最初期のものは平安時代末期から鎌倉時代初期にも出土しているそうだが、
 
それはまだまだ一般化していない特異な出土品の域を出ない。
 
そして板塔婆は職業化した伝統宗派の要請に応える形で普及し、法事の度に供養する風習となった。
 
「塔婆を立て開眼供養する」とは如何なることか_?
 
それは決して、お寺で職業的に印字された板塔婆を高額の費用で法事の度に供養することではない。
 
墓石の周りを異様にも埋め尽くした塔婆群を前に、僧侶が仰々しく読経することが開眼供養ではない。
 
塔婆を立てるとは仏舎利塔としての塔婆、今で言えば墓石そのものを指すことは明白だろう。
 
そして開眼供養とはその塔婆を通して仏心を起こし、心から故人への祈りを捧げることである。
 
では墓石を立てなければ成仏出来ないのか…と言えばそういうことでもない。
 
仏教はそんな迷信めいた宗教ではない。塔婆(ここで言う墓石)はあくまで象徴に過ぎない。
 
その塔婆はある人にとっては忘れ形見かもしれないし、宝塔は万人の胸中に燦然と輝いている。
 
そのことを思えば、菩提心を如何に持続していくのかが重要なのであり、形式に拘る必要はないのだ。
 
況や、今や専用の機械もあると言う高額な板塔婆の有無や僧侶の読経など成仏に何の関係もない。
 
板塔婆の供養を寺院への財政支援、また伝統と割り切ればそこに価値はあろう。
 
創価学会と言えど、塔婆供養をし続けて来たのはこういった理由からである。
 
しかし、その中で仏法の本質が忘れ去られてしまうのであれば逆に破仏法となってしまう。
 
私達は常にこのことを心肝に染め、仏法の原点に立ち返る創価ルネサンス運動を展開していきたい。

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また私は法要すべてを否定しているのではありません。また塔婆自体を否定しているのではありません。妙法の印字された五輪塔婆を建立することが大聖人の言う「塔婆を立てて開眼供養」の義になっていると申し上げたいのです。そこから更に板塔婆を何本も何本も群立させることは、信心として行ってもいいでしょう。しかし、それを「成仏の絶対条件」とするのは間違いだと指摘しています。それに対して「否」と言われるのであれば、立証責任が発生いたします。

2011/11/24(木) 午前 9:32 けんいち 返信する

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お忙しいと思ったら暇そうですね。お宅様と違ってこちらは全く熱が入りません。ヨーロッパ危機で株価は暴落、為替はクロス円高、会社は対策で大忙しです。これは理由にはなりませんが(爆笑)
>「塔婆を立てない墓もある」を削除
以下転載
塔婆の本数に関する発言について述べておく。塔婆供養が、大聖人の仏法の全てということではないから、確かに塔婆の本数にこだわる必要はない。しかし、塔婆の建立が信心の翼われという観点からすれば、塔婆建立の本数の多い人は、やはり信心が厚いといえる。大聖人は、『出家功徳御書』において、「出家功徳経に云く『高さ三十三天に百千の塔婆を立つるよりも、一日出家の功徳は勝れたり』と」(全集1251)と、『出家功徳経』を引用されている。この経の意は、もともと出家の功徳の甚大なることを証するところにある。しかし、ここでいいたいのは、この出家の功徳の比較対象として、「百千の塔婆」を挙げていることである。 削除

2011/11/24(木) 午後 11:50 [ ちいんけ ] 返信する

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大聖人は、御書中で、1本の塔婆ですら、大変な功徳があると仰せである。しかし、ここには、「百千」という具体的な数が挙げられている。これは「百千の塔婆」をもって無量の功徳に擬(なぞら)えていることであるから、塔婆建立の本数は、やはり信心に関係するといえるのである。したがって、数年に1本しか塔婆を建立しない人よりも、毎年、あるいは毎月、塔婆を建立して、父母や先祖の追善供養をする人のほうが、信心は厚いのである。
転載終わり
と、「百千の塔婆」の反対で「塔婆を立てない墓もある」は信心の薄い人、数年に1度だけの人、金銭的に苦しい場合などの意味の書き損じで決して塔婆をたてないことではないですよ。
こんな長文は創価の人に話しても仕方ないから削除して下さいといったのですよ〜。 削除

2011/11/24(木) 午後 11:52 [ ちいんけ ] 返信する

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貴方の言う、塔婆のお題目=五輪の墓石のお題目 2つも同じものはいらない塔婆など無くていい←宣言の文証なり根拠を上げて下さい。

破折 墓石は納骨の為、塔婆は法要の度の追善供養の為にそれぞれ日蓮正宗の化儀にのっとり必要です。化儀は聞きたくないと言われたので一々説明いたしません。塔婆不必要は創価の勝手な言いがかりです。そちらは文証が無いのに否定しています。また、塔婆の草木成仏を御伽噺と否定したのでこれ以上話しても時間の無駄である。


貴方の言う、成仏の絶対条件とは何ですか? 言ってる意味が解りません。追善回向の話ですよ。法要は節目々にあります。その都度回向をします。その都度塔婆を建てる。過ぎた法要の塔婆は下げます。そのままにして置けば溜まって群立するでしょう。(笑) もう説明してありますし創価には関係ない話でしょう。時間の無駄です。 削除

2011/11/24(木) 午後 11:53 [ ちいんけ ] 返信する

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矢野絢也著 「乱脈経理」 こちらの方が今の貴方には需要です。

墓地の話です。
八尋に「矢野さんに頼むしかない。」と泣きつかれる。煩悶しながらも信心の名の下、池田氏を守るため裏工作に携わる。
墓地の数はこの時点で24万基、セット価格で40万〜90万。
最低の40万×24万=960億円(20年前の話)と見積もって計算してみても1000億の売上がある金のなる木。しかも墓石販売と地中に埋まった納骨室は納税の義務があるのをセットで非課税扱いにしていた。また、墓石は同一規格で大量に発注し、コストを下げる。中国から格安で輸入してぼろ儲け。草木は伐採して自然破壊だ。脱税だ。
国税庁は聖教新聞社の迎賓館(改装費だけで7億円)の金庫と美術品に目を向けた。これは、池田の好みで買ったもの。金庫等裏金か何か隠してないかを調べるに至る。池田の名誉に傷が着く。秋谷会長は「池田先生をお守りすることが信心なのだ。」とはっぱを入れ徹底抗戦へ。

正義感のある創価学会員は、もう残ってないのですか。 削除

2011/11/24(木) 午後 11:56 [ ちいんけ ] 返信する

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ちいんけさん、

そんなに創価のお財布状況が気に成りますか…?
気に成って気に成ってしょうがない御様子ですが…

私も創価で墓地公園の一画を購入しましたが70万円位です。
家内の母を埋葬する為に買った浄土真宗の寺が運営して居る墓地は
創価の墓地公園の半分程の面積ですが価格は2倍以上しました。
非常に会員に優しい価格だと思いますが…?

自然破壊だと言いますが購入した土地の1/3が墓地で、
他は自然のまま手をつけずまた手入れもしています。

それから池田氏をこれでもかと貶めて居ますが
あまり創価会員と池田氏の関係を御存知無い様子ですが
幾ら池田氏を貶めても法華講に降るような馬鹿者は居ません。

まぁ極稀にそそのかされて法華講に行き
その後破門されて保田へ逝った方も居ますが…(笑)

今一度創価会員と池田氏との関係を考え直された方がよろしいかと存じます。

2011/11/25(金) 午後 1:53 [ eijitypeR(^^♪ ] 返信する

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>塔婆を建立して、父母や先祖の追善供養をする人のほうが、信心は厚いのである
故人の事を本当に思うのならば法主名義で塔婆を立てて下さい。
創価が貴方様の言われる様に金に汚いので有れば
友人葬に掛かる費用はもっと高く成ります。
しかし現状友人葬を出しても創価には一銭も渡りません。
創価にとって友人葬は金銭的に何のメリットも無くむしろ
逆に前述した通り池田氏の名義で香典が届きますのでマイナスです。
また金銭的に裕福で塔婆を何本も立てれる人は成仏は保障され
塔婆もろくに立てれない貧乏人には成仏が保障されないのは
死後の差別につながります。
有情非情の差別無く非情で有ったとしても
万民平等に成仏を保障するのが
大聖人の仏法の本義ではありませんか?
何度「草木成仏口決」を拝読してもそうとしか取れませんが…?

2011/11/25(金) 午後 3:10 [ eijitypeR(^^♪ ] 返信する

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>墓石は同一規格
これは妙法と言う法のもとでは衆生は皆平等との趣旨が有ります。
死後金銭的な事で差別無く成仏を保障すると言う表現がなされています。

>脱税だ
と言われるのは結構ですが、けんいちさんにこんな話しても
しょうがない話。貴方様が気に入らないのであれば
また気に成って気に成って仕方無いのであれば
直接貴方様の手で国税庁に訴えられたらいかがですか?

2011/11/25(金) 午後 3:11 [ eijitypeR(^^♪ ] 返信する

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ちいんけさん、あなたが私のブログに「自ら」コメントをして来たのです。転載元は何ですか_?宗門のマニュアルか何かですか_?1、出家功徳御書は真偽未決の書である2、百千の塔婆は百千人に対する塔婆供養である。一人の墓に百千との解釈の根拠を示すべきである。3、当該記事に搭載する墓の写真は鎌倉時代に最もポピュラーなものである。真ん中に建つのは墓石ではない。正式には五輪塔婆という。つまり、塔婆である。板塔婆は室町時代以降に定着したものだ。これに反駁出来るならば反駁されよ。4、あなたは追善回向というが、中には「死の成仏」の文証を曲解して板塔婆供養が成仏に不可欠と主張する講員もいる。内部で教義が統一されていないのならそれで構わない。

2011/11/26(土) 午後 4:50 けんいち 返信する

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次項に於いて明快な回答が示されない場合、相応の対応をします。道理は見ている人には明確でしょう。あなたのマスターベーションに付き合ってはいられません。自意識の慰めはいらないので、解答だけを簡潔に明示していただきたい。

2011/11/26(土) 午後 4:54 けんいち 返信する

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土、日は家を空けておりました。昨日、帰ってきましたよ。貴方にお土産は買ってありません。でわ、手短に行きます。


初めのコメント(11月20日)に破折済みである。
何度、同じことを言わせるのだ。だから時間の無駄であるといったのだ。


>衆見我滅度 広供養舎利 咸皆懐恋慕 而生渇仰心
けんいちよ。一体、何が言いたいのか阿呆。

破折:舎利とは釈尊の骨であり、その舎利を供養し渇仰の心を起こし、公供養舎利⇒仏塔⇒塔婆などとお前の言っているのは釈迦仏法だ。
文底より拝すれば、公供養舎利=御本仏日蓮大聖人様=本門戒壇の大御本尊様=南無妙法蓮華経である。仏様の御魂である御本尊様を恋い慕うのである(咸皆懐恋慕)。けっして舎利(遺骨)ではない。故にお前の言う公供養舎利⇒仏塔⇒塔婆は文上の釈迦仏法だ。
板塔婆供養否定について、お前の上げた偈との関係を大聖人様の御書の文証でお答え下さい。私の説は(11月20日)コメントにあります。 削除

2011/11/29(火) 午後 10:13 [ ちいんけ ] 返信する

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>これこそが大聖人在世に於ける塔婆の姿であり、
阿呆よ。元より、墓⇒塔婆は、否定していない。
頼朝は、法華経信者であったのは知っていたのでもしやと思い調べたが、この墓は、現在白旗神社で、江戸時代まで法華堂と呼ばれたもので、写真の頼朝の墓は、1779年(安永8年)に薩摩藩の島津重豪が建てたものであるから、鎌倉時代ではないぞ。江戸時代だ。
頼朝の法華堂は、1189年(文治5年)、聖観音を本尊とした頼朝の持仏堂として建てられ、頼朝の死後、法華堂と称されるようになる(墳墓堂ともいわれた。)ように、大聖人さま以前の大聖人様の仏法とは全く関係ない墓である。

破折:この写真が、墓⇒塔婆の証明になっても、墓⇒塔婆⇒板塔婆の否定にはならない。大聖人様以前の釈迦仏法の例えを出されても意味がない。大聖人様の教え(化儀)と無関係である。この写真には題目が刻まれてない。写真の様な墓を見せられても大聖人様とはなんの関係もないのだよ阿呆。 削除

2011/11/29(火) 午後 10:15 [ ちいんけ ] 返信する

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蛇足、島津重豪は法華講ではない、よって、この墓も日蓮正宗の化儀ではない。だから、日蓮正宗がこうしていたなどと言う証明にはならない。頼朝(法華経信仰)の子孫なので墓を建立したが、孫には富士派奥州法難にあった南部信順で法華講。子孫・親戚に島津斉彬、篤姫など有名な法華講の信者がおられた。遠からぬ因縁をみた。 削除

2011/11/29(火) 午後 10:16 [ ちいんけ ] 返信する

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>大聖人の墓も五輪塔婆の形容を示しているのだ。
墓⇒五輪塔も否定していないぞ阿呆。
日蓮正宗では、個人墓に五輪塔もあり、妙法蓮華経の五字を刻んであります。そして、三師塔にも当然、お題目が認められています。日蓮正宗墓地にある三師塔は仏界で有らせられ墓地が妙法の威光にあまねく照らされた、死後における信仰の道場としての意義を有することを端的に表しています。

破折:日蓮大聖人様の墓は何処にありましたっけ?写真を提示せよ。また、お前は、五重塔はそれぞれがインド、中国などの各地域を表しているともされ、仏法の広がりを象徴しているなどと、邪宗の五輪の意義付けなど意味が無い。大聖人様は妙法蓮華経の五字であると言っておる。御本仏(仏界)の墓の形容を譬えに出されても化儀である板塔婆の否定には全くならない。それどころか何と言う不遜であろうか。けんいちよ、お前は何宗を信仰しているのか。池田外道義に頭をやられているな。 削除

2011/11/29(火) 午後 10:18 [ ちいんけ ] 返信する

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>板塔婆は室町時代以降に定着したものだ
破折:一般的当時の風習など例にしても全く意味がない、塔婆板は鎌倉時代以前に発掘されているし、11月20日のコメントしたように、中興入道御消息『丈六のそとばをたてゝ、』と塔婆を立てよと名言されている。また、その後の日目上人様も塔婆供養の実例も文証に残っている。この様に化儀として今日まで伝えられている。当門流に於いては御抄を心肝に染め極理を師伝してのとおりである。
又、戸田城聖氏も塔婆は『形式ではありません。仏法上の儀式であります、色心不二の成仏、草木成仏の深い原理からきているのであります。』と言っているし池田も同じ事を述べているぞ。弟子のお前たちが、今、塔婆を否定することは自家撞着である。正当な反論を文証を上げて説明せよ。 削除

2011/11/29(火) 午後 10:19 [ ちいんけ ] 返信する

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>内部で教義が統一されていない
破折:↑などとまた得意の捏造が始まったな。お前に御文読解能力がない証拠だ。全くの誤読と言うよりこちらの言っている意味が理解できていない証明である。初めのコメント(11月20日)に破折済みである。
付言して言わせてもらえば、木絵二像開眼之事の死骨成仏を述べなかったが、教義が統一されてないなどと戯けたことを言ってもっらっては困る。おとといこいである。無知を相手にできません。説明は長文になるのから省かせてもらいます。


塔婆供養しなくていいと御書のどこに書いてあるのか。文証をあげてくださいよ。外道と釈迦仏法なんか出さずに、大聖人様の仏法でお答えくださいね。 削除

2011/11/29(火) 午後 10:21 [ ちいんけ ] 返信する

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お土産は無くても私の気持ちです。お受けください。続きです。
国税が美術品に目をつけたのは、ルノアールの数十億円の絵画事件がマスコミに知れ渡ったからです。これは調べたら三菱商事=創価学会のズブズブな関係が浮き彫りになりました。墓苑の土地購入では、絵画購入に見せかけての裏金作りがばれたことです。金の力で墓地建設反対の口を封じたのです。その為に、三菱商事デべロッパーも書類送検されました。
また、絵画仲介業の二人は、このことで命が危ない(創価の裏の顔、後藤組などで証明された)と姿を消したがやがて警察に逮捕された。次の逮捕者は本丸の池田です。このままでは池田は確実に逮捕されてしまう。仲介者の立花玲子は池田宛の絶対口外しないと写真付き念書をフライデーされる。和解金10億円を創価から貰う。その後、東京地検特捜部は行方不明の3億円がどうしても掴めなかった。これも池田絡みの噂は消えなかった。
矢野絢也著 「乱脈経理」より

御書の何処に、脱税せよ、人殺しまでやれ、巨大墓苑を乱立して金儲けせよと、書いてあるのでしょうか。 削除

2011/11/29(火) 午後 10:23 [ ちいんけ ] 返信する

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ちいんけさん、長文のコメントご苦労様です。しかして、当方も暇ではありませんのでここまでの文章量ならばご自身でブログなり、HPなりをおやりになって下さい。私の意見は完結。墓=五輪塔婆=塔婆であるとお認めになるなら、その塔婆に妙法を印字して御本尊に追善供養の題目を唱えればそれこそが、既に大聖人の言われた塔婆供養そのものであると申し上げているのみ。それ以上の板塔婆供養が「死の成仏」の義に照らしてどうしても必要だと主張されるなら、あなたこそそれを文証によって証明し、かつ、現在と同じそのままの化義が大聖人時代から行われていることを証明すべきです。以上

2011/11/29(火) 午後 10:36 けんいち 返信する

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ちいんけさんは既に文証を出していると勘違いされているようですが、私は塔婆供養を否定しているのではありません。あなたが出すべき文証は五輪塔婆に加えて更に、板塔婆を供養することが草木成仏と死の成仏の義に照らして絶対必要だという文証です。またその化義が事実として大聖人の時代から行われていたという文証なり物証です。その点についてのみ回答を願います。

2011/11/29(火) 午後 10:49 けんいち 返信する

はい、日蓮正宗や日蓮宗はお金もうけばかり考えてお布施で無駄遣いした連中です。
日蓮宗が創価学会を突き放したのです。
せっかくしてやったのに恩を仇で返しました。
それ以来創価学会への攻撃は続いてますがいつも裁判に日蓮宗が負けてます。
ほんとの供養など日蓮正宗はしていませんよ。

2012/5/4(金) 午後 4:55 [ kanon ] 返信する

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