僕の部屋〜創価学会3世として生きる〜

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開眼供養は必要か_?


こうした問いには、日蓮正宗で言うところの開眼供養は必要ない。

しかし、開眼供養の本義に即せばもちろん必要である。

こう答えれば良い。日蓮正宗では開眼供養を概ね2つの解釈で理解している。

・丑寅勤行による法主の御祈念

・法主の絶対的な御内証による時空を超えた不可思議の許認可

前者に関しては草創期を含め、末寺住職が本尊を書写していた時代など反駁は簡単である。

後者についても時の貫首も誤る場合を日興上人が認めている以上、論理破綻も甚だしい。

では、本尊の雌雄を決するものは何か_?

それは創価学会常住御本尊において広宣流布と一体不二となった創価学会に流れる信心の血脈である。

では本義における開眼供養とは何か_?

木絵二像開眼之事

「滅せる梵音声かへつて形をあらはして文字と成つて衆生を利益するなり」

「仏の御意あらはれて法華の文字となれり、文字変じて又仏の御意となる、されば法華経をよませ給はむ人は文字と思食事なかれすなわち仏の御意なり」

「仏意と申すは色法ををさへて心法といふ釈なり、法華経を心法とさだめて三十一相の木絵の像に印すれば木絵二像の全体生身の仏なり、草木成仏といへるは是なり」

「真言師が邪義・印真言と成つて木絵二像の意と成れるゆへに例せば人の思変じて石と成り倶留と黄夫石が如し、法華を心得たる人・木絵二像を開眼供養せざれば家に主のなきに盗人が入り人の死するに其の身に鬼神入るが如し」



開眼とはこういうことである。

ブッダは亡くなり(色法のみとなり)その遺体には心(心法)がないように、

木絵二像(非情草木)には心(梵音声=仏の導く力)がない。

しかし梵音声は文字(経典)となっていつまでも衆生を導いていく。

その核心の言葉こそ法華経の文字であるから、法華経の文字をただの文字と思ってはいけない。

だからこそ、法華経の文字(南無妙法蓮華経)を心の声だと思って木絵に印することが草木成仏だ。

このことを知っている人が非情に相対さねばならない。


ちなみに「印する」を辞書で調べると、しるしを残す、跡をつける、印や型をおす、と出ている。

更に日蓮大聖人は、

妙法曼陀羅供養事 

という手紙を女性信徒に当てて書いている。

妙法蓮華経の御本尊供養候いぬ、此の曼陀羅は文字は五字七字にて候へども三世の諸仏の御師一切の女人の成仏の印文なり」

そこでは御本尊供養を信徒に託し、御本尊に対して南無妙法蓮華経と書かれた「印文」という表現を使っている。


つまり、現代に即せば非情である紙に南無妙法蓮華経の文字を印刷することが開眼である。

そして、その御本尊に向かって信心の血脈の中で自行化他に励んで行くことが供養である。

この2つがなければ功徳はない。なので開眼供養は大事なのである。

これが開眼供養の本義であって、素直に御文を読めばそう拝することが出来る。

しかし、どうしても文字を文字としか読めず、信徒に本尊供養をお願いした大聖人の御意を理解出来ぬ者は、

己義に走ってしまう。だからこそ己義を構えた法主(日蓮正宗)は用いないというのは、当然のことなのだ。

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衆院選を前にした党首討論で、


石原慎太郎はこう言ってのけた。


「私は公明党が好きではない」


そしてこう続けた。


「憲法改正に慎重な公明党といる限り自民党には期待出来ない」


減税日本と婚約発表の翌日に破談を申込む非情な石原慎太郎である。


小沢一郎を毛嫌いするのも近親憎悪ではなかろうか。


都議会与党として石原都政を支えた公明党に対して、


あまりにも礼を失した二枚舌の発言だ。


しかし、石原慎太郎に嫌われるということはどういうことだろう_?


他称暴走老人は開き直って自称暴走老人となった。


暴走の目的は至極シンプルで、


現行憲法を破棄して国を根本から作り変えることに他ならない。


そして石原慎太郎は明確な原発推進論者である。


あの橋本徹に脱原発の旗を降ろさせた程だ。


そんな石原慎太郎が公明党を嫌っている。


つまり、現行憲法破棄と原発推進の一番のブレーキが公明党だと認識しているのだ。


最近の選挙情勢では、自民党の政権復帰が確実視されている。


脱原発を掲げる多数の政党の中で、自民党新政権に最も影響力を持てる政党はどこか_?


自民党や日本維新の会など保守勢力が力を増す中で、民意に即したバランスを保てる政党はどこか_?


橋本徹や小沢一郎などのキーマンにパイプを持ち、対等に議論が出来る政党はどこか_?


地方分権や中央集権打破が叫ばれる中で、地方議員を含めたネットワークのある政党はどこか_?


新自由主義による財界中心の成長の中に、庶民の視線でセーフティーネットをつくれる政党はどこか_?


日中・日韓関係が冷え込む中で、他国から信頼されて外交の突破口を開ける政党はどこか_?


政党乱立の中で、少数の民意を死に票にすることなく議席に反映出来る政党はどこか_?


こうした問いから導き出される政党こそ、真の第三極ではなかろうか。

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声明 『真に豊かな社会をめざして――原発を超えて』
東日本大震災によって多くの方々が最愛の人を奪われ、住み慣れた故郷を離れ、苦難の生活を余儀なくされています。立正佼成会は、犠牲となられた方々の御霊(みたま)の安らかなることを祈るとともに、被災地の方々をはじめ、その家族や親類の方々に寄り添い、精神的・物質的支援に努めてきました。被災地の方々は懸命に復興への道を歩まれていますが、その悲嘆と苦悩は、言葉では言い尽くせないほど大きなものがあると思います。
とりわけ、東京電力福島第一原子力発電所事故により、福島では多くの方々が生活や家庭の基盤を失いました。事故発生直後の混乱と不安の中で、それまで地域社会で育まれてきた人と人とのつながりは引き裂かれていきました。胎児や子どもへの放射線の影響を心配しているご家族は数えきれません。多くの母親が今も胸を痛めています。また、今回の事故は近隣諸国をはじめ世界の人々に大きな不安をもたらし、未来世代に計り知れない多大な負担を残しました。
原子力は「未来のエネルギー」と言われ、私たち国民もその恩恵を受けてきました。しかし、ひとたび事故が起きれば、甚大な被害をもたらすことを思い知らされました。経済的な豊かさが人間の幸せの源泉であると信じ、原発の負の部分から目を背けて、その依存度を高めてきた責任は私たち一人ひとりにあります。私たちに問われていることは、原子力発電によらない、真に豊かな社会を可能な限り速やかに築きあげていくことです。そのためには、より安全性の高い再生可能エネルギーの開発と活用に叡智を結集しなければなりません。しかし、一番大切なことは、多くの犠牲の上に際限なくエネルギー消費を拡大してきた価値観や生活スタイルを見直すことです。今こそ、過剰な消費を抑えた「少欲知足(足るを知る)」の心を養い、簡素な生活の中に幸せの価値を見いだす最大の機会であると考えます。
世界は今、文明の転換を迫られています。これまでの経済的・物質的な豊かさを求める生き方を続けていては、限られた地球環境を守り、未来世代によりよい社会を残していくことはできないでしょう。また、貧富の格差が広がる今日の経済や社会のあり方は、人類全体にとって決して幸せなものではありません。私たちの生き方のものさしを「共生」や「自然との調和」、すべての人が安心して暮らせる公正な「分かち合いの経済」などの実現に変えていかなければなりません。
立正佼成会は、すべてのいのちを尊び、慈しみ、自然と人間との共生に基づく心豊かな平和な社会の実現に向け努力してまいります。これこそが今、仏教徒として私たちの果たすべき菩薩行と信じるものであります。
(平成24年6月18日 立正佼成会)

http://www.kosei-kai.or.jp/infomation/070/post_44.html

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辻武寿先生を追悼す

辻 武寿氏(つじ・たけひさ=元公明党委員長、元参院議員)4月30日午後7時10分、都内の病院で急性心不全のため死去、94歳。埼玉県出身。葬儀は親族で済ませた。喪主は次男城昌(しろまさ)氏。56年参院選に旧全国区から出馬し、初当選。当選2回。参院懲罰委員長や参院災害対策特別委員長を歴任した。64〜67年まで公明党の2代目委員長。その後、同党の支持母体である創価学会副会長を務めた。(2012/05/05-20:28)http://www.jiji.com/jc/c?g=obt_30&k=2012050500286


辻先生が逝去された。


94歳の大往生であった。


牧口先生時代からの生き証人であり、


草創の創価学会を支えた大恩人である。


我々はバトンを引き継ぎ、


新たな時代を切り開いていく使命がある。


心からご冥福を祈りたい。

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 創価学会の池田大作名誉会長(84)が、「原発に依存しないエネルギー政策への転換」を早急に検討するよう呼びかける内容を含む提言をまとめ、2012年1月26日付の聖教新聞で公表を始めた。
これを受け、「創価学会を支持団体とする公明党のエネルギー政策論議にも影響を与えそうだ」(読売新聞ネット版)との報道も出ている。消費税増税論議などで公明党の顔色をうかがっている民主党へ影響が出る可能性も否定できない。

聖教新聞に提言掲載

http://www.j-cast.com/images/2011/news120184_pho01.jpg
聖教新聞の1面などに提言が掲載された。
池田名誉会長の提言は、1月26日の「第37回SGI(創価学会インタナショナル)の日」に寄せる形で、同日付の聖教新聞に載った。提言掲載は例年の恒例だ。上下に分かれており、「下は次号」だ。「上」は、1面のほぼ全面のほか、計4ページに渡る長文だ。
「生命尊厳の絆輝く世紀を」との題で、提言内容をまとめた形の聖教新聞1面の見出しは「人間の『無限の可能性』信じ 苦難を乗り越え、勇気の前進!」となっている。
提言全体を紹介する前文によると、原発については「福島での原発事故を踏まえ、日本のとるべき道として、原発に依存しないエネルギー政策への転換を早急に検討することを呼びかけている」。
「上」では、福島第1原発事故に関連して、「未曽有の被害をもたらしました」と指摘し、「原子力にエネルギーを依存する現代社会のあり方や、巨大化する科学技術のあり方に対し、重大な問いを投げかけました」としている。
原発について「政策転換の早急な検討」という表現は「上」では見あたらず、「下」で指摘されるようだ。
池田名誉会長の提言を受け、公明党のエネルギー政策論議はどう進むのだろうか。
公明党はすでに、原発再稼働については「徹底した安全性の確保、また国民並びに住民の納得が前提」との姿勢を示している。
また、将来的な原発の位置付けについては、かつては過渡的エネルギーとして容認していたが、2011年9月の衆院代表質問で、公明党の井上義久幹事長が、「原発に依存しない社会への移行に今こそ本格的に取り組むべき」「段階的に原子力発電を縮小していくべき」「今後、原発の新増設は基本的には行うべきではない」と主張するなどしている。
 
 
 
 創価学会はラディカルな仏法団体として、リベラルな現実主義へと移行するべきだ
 
このニュースを昨日拝見し、明朝さっそくSGI提言「上」に目を通した。
 
そこには日蓮大聖人の「立正安国」の原点を再確認するラディカルな姿勢が厳然としていた。
 
そしてリベラルな現実主義に則り、近々の課題である原発問題に意見ではなく、提案をしている。
 
単なるイデオローグの脱原発主義ではなく、生活を見据えた再生可能エネルギーへの移行を提示した。
 
こうした方向性は池田名誉会長の名言百選に於ける「憲法9条擁護」などと共に、
 
創価学会の方向性を明確に物語るものと言っていいだろう。
 
それぞれの組織には役割というものがある。それぞれの立場の価値観がある。
 
創価学会は仏法団体としてどのようなメッセージを発し続ける「役割」があるのか_?
 
こうした提言は斯様な視座に基づいているように思えてならない。
 
公明党はあくまで国民政党であるからして、現実的な政策を喧々諤々妥協の中で実行していく存在だ。
 
しかし、創価学会は仏教団体である。妥協は組織主義の産物であるからして、
 
どこまでも「理想」や「希望」を語り続けることもまた、必要なのではないかと考える。
 
過去に於いて、創価学会は政治にも社会にも宗門にも「妥協」し続けて来たと思う。
 
もう創価学会は厳然たる土台を持った、堂々たる仏法団体に成長した。
 
妥協の時代への反省を踏まえて、この提言は新たな次元へと飛躍していく一歩を記した訳だ。

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