【正義】と【平和】

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 カエサルは、「借金全額帳消し」法案の代わりに、二つの法案を成立させた。

 両法案共、向う一年間という、期間限定であった。

 一つは、家賃支払いの免除。首都ローマ内の家は、年間家賃が500デナリウスまで、イタリア本国内の家は、年間家賃が125デナリウスまで。

 それ以上の家賃の家には、この法の適用は認められなかった。

 もう一つは、向う一年間に限り、利息の支払いを免除することである。

 限度額は無いが、その代わり、この一年間以外の利息支払いは、内戦勃発後の価値の高騰分は排除し、内戦勃発前の価値を基準に、返済及び、利息の金額を決めることになった。

 年利率は、公認の12%以下に決められており、債権者は、価値の高騰分は損をすることになるが、元金の返済と利息の支払いは期待できた。

 カエサルは、家賃支払いの免除で、消費を、利息支払いの免除で、投資を刺激しようとしたのである。

 そして、首都ローマに帰還した、カエサルには、アントニウスには任せられなかった、否、カエサルにしか、決めることができない、重要な案件があった。

 ポンペイウス派の人々の処遇である。

 カエサルは、彼等に、完全なる去就の自由を与えた。

 キケロやヴァッロは、イタリア本国での居住を望み、認められた。

 カエサルに対して、抵抗を続けるため、北アフリカに集結中の旧ポンペイウス派の残党軍に参加したければ、それさえも許可した。

 資産の没収、公職追放は行われず、言論も自由であった。

 旧ポンペイウス派の人々は、カエサル派と同様に、公職への機会も平等に認められた。

 ただし、公職キャリアを目指す者は、カエサルへの恭順を求めた。

 元老院の欠員を埋める場合には、死んだ者に限った。

 そのため、北アフリカにいる、旧ポンペイウス派の残党、小カトー、メテルス・スキピオ、ラビエヌス達は、元老院議員のままであった。

 翌年度の紀元前46年は、カエサルが、独裁官と執政官を兼任する年である。

 カエサルは、翌年度の同僚執政官に、レピドゥスを留任させた。

 アントニウスに対しては、騎兵団長を留任させず、執政官にも選ばなかった。

 カエサルは、アントニウスの政治・行政能力に、失望したのである。

 アントニウスは、生涯、そのことに気付かなかった。

 カエサルが、首都ローマにいたのは、わずか、一カ月足らずである。

 カエサルは、再び、首都を出発して、シチリア島の港町、マルサラに向かった。

 無論、北アフリカに集結中の旧ポンペイウス派の残党達との決戦のためである。

 マルサラに最初に到着したのは、カエサル自身である。

 カエサルは、マルサラ到着後、即座に乗船した。

 この時点では、マルサラには、彼と共に到着した、600の騎兵しかおらず、歩兵は、未だ、一個軍団も到着していなかったのである。

 一方、北アフリカで、カエサルを待ち受ける、旧ポンペイウス派の残党は、膨大な数の兵力を集めていた。

 十個軍団の歩兵3万5千に、騎兵は9千。

 ヌミディアのユバ王の重装歩兵が、四個軍団2万五千。ヌミディア騎兵が6千。

 総勢、歩兵6万に、騎兵1万5千の戦力に、ヌミディアの象、120頭が加わる。

 また、アフリカ属州総督が、ポンペイウス側に就いているために、海上戦力も優勢であった。


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