【正義】と【平和】

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 紀元前46年の1月末近く、カエサルの許に第二陣が到着した。

 第十三軍団、第十四軍団、ガリア騎兵800である。第十三軍団は、カエサルと共にルビコンを渡った、兵士達である。カエサル軍の兵力は、重装歩兵2万5千と騎兵2千8百になった。

 しかし、歩兵は敵の半分以下、騎兵は五分の一以下と、兵数の劣勢は、変わらなかった。

 カエサルは、敵の騎兵対策として、兵士達に防柵作りを命じる。

 同時に、カエサル自身が、周辺に点在する、町に出向いて、味方になるように促し、兵糧を確保した。

 更に、カエサルは、ヌミディア王国の西隣のマウリタニア王国を味方にしようとする。

 ヌミディア王国同様、マウリタニア王国は、ローマの覇権を認める、同盟国であったが、隣国のヌミディア王国とは不仲で、内戦では、ポンペイウス側に就いてはいない。

 マウリタニア王国に、王の顧問の様な存在として、シティウスという、ローマ人がいた。

 カエサルは、シティウスを懐柔し、マウリタニア王を味方に引き入れた。

 マウリタニア軍をヌミディア王国領内に侵攻させることで、ユバ王を牽制するのが、目的であった。

 一方、メテルス・スキピオ、小カトー、アフラニウス、ペトレイウス、ラビエヌス達、旧ポンペイウス派の残党は、ポンペイウスの死後、メテルス・スキピオを総司令官とした。

 彼等は、カエサルの上陸を知ると、ラビエヌスに騎兵を与え、出撃させる。

 その時点では、カエサルの許には、未だ、第二陣は、到着していなかった。

 しかし、ラビエヌスの率いる、旧ポンペイウス派の騎兵は、数では、優勢であったにも関わらず、カエサルの陣営に攻撃をする度に、数を減らしていた。

 カエサルが、作らせた、防柵が、ラビエヌスの騎兵の活動を妨害したのである。

 その間に、カエサルの許に、第二陣が到着し、更に、アフリカ属州東部には、カエサルに味方する町が、現れ始めていた。

 ウティカの旧ポンペイウス派の残党は、不安に感じ、メテルス・スキピオは、おそらく、補給基地のウティカを離れることの不利を悟りながら、遂に全軍の出撃を命じた。

 戦場は、アフリカ属州東部になることが、確実になった。

 しかし、両軍が、数キロの距離を隔てて、向かい合うようになった後も、即座に戦闘が開始されたわけではない。ヌミディア王国のユバ王は、マウリタニアの軍勢が、自国内に侵入たため、自国の防衛を優先せざるを得ず、途中で、引き返してしまった。

 一方、カエサルの許には、シチリア属州から来るはずの第三陣が、到着していなかった。

 第三陣は、カエサル軍の中でも、最精鋭の第九軍団、第十軍団で構成される。

 カエサルは、前年の従軍拒否の罰として、第十軍団のアフリカへの輸送を遅らせたのである。

 しかし、その間に、海が荒れ始め、第三陣は、マルサラ港に釘付けになってしまった。

 前年に従軍を拒否し、「退役を許す」と言いながら、カエサルは、ガリア戦役の初年度から、彼と共に戦った、第九軍団と第十軍団を、最も信頼し、必要としていたのである。

 第三陣の到着を待つ、カエサルは、心も目も昼夜の別なく、海の方に向いていた。

 敵のメテルス・スキピオも、ユバ王がいなければ、カエサルに決戦を挑む勇気がなかったため、両軍は、対峙したまま、積極的な攻勢に出ることはなかった。


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