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H.036【真田丸】十七

 九度山村には、宇喜多秀家の家臣、明石全登、片桐且元が、信繁の許を訪れ、大坂への入城を懇願したが、信繁は、当初、断っていた。

 その信繁の背中を押したのは、きりである。

 元北条氏の家臣である、板部岡江雪斎も、信繁の中に燻っているものを感じていた。

 そして、41話において、遂に、幸村と改名した、信繁は、大阪城へと入城する。

 本作における、大坂の陣は、最終回までの全10話。大河ドラマの歴史において、本作ほど、大坂の陣を、丁寧に描いた作品は、他に無い。

 また、合戦シーンも、稀に見るほど、豊富で、非常に嬉しかった。

 信繁の生涯は、常に、昌幸、三成など、周囲に振り回され、主体的な行動は少なかった。

 故に、幸村として、大坂入城後は、主体的に行動すると思われたが、豊臣家の秀頼、茶々、大藏卿局と、牢人衆の板挟みになり、両者に振り回され、調整役になってしまう。

 元主君の黒田長政によって、牢人生活を強いられた、又兵衛が、死に場所を求めて、大坂城に入城したのとは異なり、幸村は、二十万の徳川軍に、勝つつもりでいた。

 信繁は、豊臣家の面々、及び、牢人衆に対し、「望みを捨てぬ者にのみ、道は開ける」と、勝利することを誓う。

 幸村は、生前の昌幸の戦略、大阪城に籠るのではなく、積極手に討って出ることを主張したが、その策は受け入れられず、籠城に決まる。

 そして、大坂城の唯一の弱点に、出城を築くことにする。それこそが、本作のタイトル、「真田丸」で、44話で完成する。

 当初、茶々は、幸村を牢人衆十万の総大将にしようとした。

 しかし、後藤又兵衛、毛利勝永が、激しく、反対し、幸村、又兵衛、勝永、長曾我部盛親、明石全登の五人が、二万ずつの牢人達を率いて、総大将は、豊臣秀頼に決した。

 大坂城五人衆の誕生である。

 幸村は、後世、軍事的天才として、有名であるが、実は、大坂の陣まで、合戦を指揮した経験は皆無であった。

 第一次、第二次の上田合戦を指揮したのは、あくまで、父の昌幸であり、幸村は、父の指揮に従っていただけである。又兵衛と勝永の反対も、当然であった。

 しかし、大坂冬の陣において、幸村は、その軍事的才能を、世に知らしめることになる。

 真田丸の戦いにおいて、幸村は、前田軍と井伊軍を撃退し、圧倒的な勝利を治めた。

 真田の名は、昌幸の代に、既に知れ渡っていたが、昌幸の死後も、真田の武勇は健在であることを示したのである。

 家康は、日本一の難攻不落の城、大坂城を、今の状態のまま、攻撃しても、陥落させるのは、難しいと考え、和議を結ぶことを決める。

 そして、講和交渉を行った、大蔵卿局は、見事に阿茶局に丸め込まれ、堀は埋められ、真田丸は破壊され、大坂城は、丸裸となる。

 真田丸は、44話にて、完成したが、わずか、4話の後の48話で、消滅してしまったのである。

 幸村は、最早、勝利は不可能と考え、大坂城を去ろうとする。

 しかし、その幸村を止めたのは、行場のない、牢人達であった。

 この時、幸村は、決意を固める。

 そして、死へのカウントダウンが、始まった。

 48話から、最終回までは、涙なしには見られない、滅びの美学の物語である。

 信之は、幸村の書状を読むと、「弟は死ぬ気だ。」と悟る。

 手紙には、死ぬことに触れておらず、稲や家臣が読んでも、わからなかったが、さすがは、兄である。

 弟の幸村が、家康と刺し違える、覚悟でいることを悟り、病の身を押して、大坂へと向かう。

 信之と幸村は、十五年ぶりに、大阪城において、再会を果たした。

 信之は、幸村に、自由に生きるのはいいが、「死んではならぬ」と諭す。

 この兄弟の永遠の別れの場面では、大泉洋に、ここまで、涙させられるとは、思わなかった。



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