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 カエサルが、属州のローマ市民を、元老院議員に加えたことに対して、イタリア本国のローマ市民達は、不愉快に感じたようである。

 首都の人々は、次の様な笑い話をしていた。

 「元老院の会場への道順をたずねた、元老院議員がいるんだがね。」

 「ラテン語も覚束ない、元老院議員を、我等、ローマ人はもったってわけだ。」

 「トーガを着けても、その下には、ズボンをはかないではいられないらしいよ。」

 カエサルが、元老院の定員を900名に増員し、属州民を加えた、意図。それは、元老院の弱体化であった。

 属州民が加わった、900人の意見の統一は、不可能に近い。

 カエサルは、元老院が、意思決定をすることを、不可能にしたのである。

 カエサルは、元老院を、ローマの支配者ではなく、建国当初の王政時の様な、補助的な機関にしようとした。

 「元老院最終勧告」という、元老院に反対する者を殺害する権利など、絶対に持たせてはいけないと考えていた。

 元老院は、ローマの頂点に立つ、一人の人間の政治を補助さえすれば、十分であると考えたのである。

 しかし、元老院は、有名無実化してしまったわけではなく、議員の社会的地位は、以前と変わらず、高かった。

 そして、カエサルの人事を承認するという形式ではあるが、属州総督の任命権を持っていた。

 そして、国政担当者の大多数が、元老院議員であった。

 カエサルは、元老院と同様に、国政の最高機関である、市民集会の改革を行っている。

 共和政ローマの民会、即ち、市民集会は、ローマ市民権の所有者が、直接、参加した上で、賛否を決定する、直接民主政であった。

 しかし、当時、ローマ市民権の所有者は、既に、100万人を超えていた。

 100万人では、直接民主政は機能しない。

 更に、100万人のローマ市民権の所有者は、イタリア本国だけではなく、ローマの覇権の拡大に伴い、広大な「ローマ世界」、全体に散っていた。

 その全てが、首都ローマに来て、市民集会に参加することは、現実的には、不可能であった。

 しかし、カエサルは、市民集会を廃止はしなかった。

 市民集会は、共和制の象徴であり、民衆派のカエサル自身が、それを廃止することは、元老院派との戦いの意味を否定するに等しい。

 市民集会には、カエサルの決定した政策と、政府の要職の人事を追認する機能を残したのである。

 市民集会は、完全に有名無実化した。

 カエサルは、市民集会と同時に、護民官を有名無実化した。

 護民官は、身体の不可侵権を有し、執政官と元老院の決定に対して、民衆の権利を守るために、拒否権を有していた。

 護民官には、貴族=パトリキの出身者は、就任できない。

 故に、カエサルは、護民官には就任できず、プルクルスは、わざわざ、平民の養子になり、護民官に就任した。

 カエサルは、元老院派との対立の中で、プルクルス、クリオ、アントニウス等を護民官に就任させ、拒否権を行使させることで、元老院派の決定事項を覆し、対抗し続けていた。

 しかし、元老院派=ポンペイウス派に勝利すると、彼の目指す、一人の人間の支配には、護民官の拒否権は不要になったのである。

 護民官の拒否権は、独裁官には適用されない。

 そして、カエサルは、その独裁官であった。




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