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【近藤勇】10.芹沢暗殺

 前述した通り、八月十八日の政変の際、壬生浪士組は、御花畑門警備のために出動する。

 しかし、御門を固めていた、会津藩士達は、壬生浪士組を知らなかったため、槍を構えて、通そうとしなかった。

 双方が怒鳴りあう中、芹沢が、哄笑しながら進み出た。

 会津藩兵が、槍を突きつけると、芹沢は、愛用の鉄扇で、その槍先を、悠々と煽いで、笑っていた。

 騒動を聞いた、会津藩の軍奉行が駆けつけて、壬生浪士組を通し、芹沢は、悠然と門を通った。

 芹沢には、その様な剛胆さがあった。

 同年9月、懸想していた、吉田屋の芸妓、小寅が、肌を許さなかったために、芹沢は、立腹して、吉田屋に乗り込み、店を破壊すると、主人を脅して、小寅と付き添いの芸妓、お鹿を呼びつけると、罰として、二人を断髪させるという、狼藉を行った。

 芹沢は、剛毅な武士であったことは確かであるが、酒乱であると同時に、商家から金を強引に取り立てるなどの狼藉を繰り返し、その行為は、不逞浪士と変わらず、京の治安を維持するどころか、その存在は、治安を乱す側になっていた。

 芹沢の狼藉に対し、朝廷から、捕縛命令が出た、会津藩主の松平容保が、芹沢の処置を、近藤に命じたなどの説があるが、何れも、確証はない。

 しかし、近藤達が、芹沢派の一掃を決断させた、何かがあったことが、推測される。

 近藤と土方達は、最初に、芹沢の腹心である、新見錦に狙いを定めた。

 新見は、芹沢と共に遊蕩を繰り返し、新選組局長としての公務を怠っていたと言われる。

 新見は、近藤と土方達に、悪行の数々を握られて、切腹しなければ、法度に照らして、斬首にすると詰め寄られ、遊蕩先の祇園新地の料亭山緒で、切腹させられたとの説が有力である。

 同年9月16日、新選組は、先述の角屋において、芸妓総揚げの宴会を開いた。

 芹沢は、平山五郎、平間重助、土方達と早めに角屋を出て、壬生の八木家へ戻り、八木家で、再度、宴会を催した。

 八木家には、芹沢の愛妾のお梅、平山の馴染みの芸妓の桔梗屋吉栄、平間の馴染みの輪違屋糸里が待っており、宴席終了後、芹沢達は、泥酔し、女達と床に入った。

 深夜、大雨が降る中、突然、数人の男達が、芹沢の寝ている部屋に押し入って、同室に寝ていた、平山を殺害すると、次に芹沢に斬りつけた。

 芹沢は、驚いて、飛び起きると、刀を取ろうとするが、叶わず、裸のまま、八木家の親子が寝ていた、隣室に飛び込んだ。 

 しかし、芹沢は、机に躓いて、転び、その瞬間、刺客達が、散々に斬りつけた。

 この時、芹沢は、八木家の息子、勇之助の上に倒れ込み、刺客達は、そこに斬りつけたため、刀の鉾先が、勇之助の右足に当たり、怪我を負わせたと言われる。

 芹沢と床を共にしていた、お梅も首を斬られて、殺害された。

 別室の平間は、逃亡し、芸子の吉栄と糸里も、逃亡に成功して、姿を消したと言われる。

 事件の犯人は、公には、長州藩士とされ、9月18日、芹沢と平山の葬儀が、盛大に行われた。

 芹沢の暗殺に参加した者は、諸説があり、定かではない。

 『燃えよ剣』では、近藤、土方、沖田、井上、原田。

 大河ドラマの『新選組!』では、その五人に、山南が加わっている。

 近藤は参加せず、土方、沖田、藤堂との別説もある。




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