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 評価:80点/作者:若井敏明/ジャンル:歴史/出版:2010年


 『邪馬台国の滅亡〜大和王権の征服戦争』は、『古事記』『日本書紀』の記述に基づき、邪馬台国と大和王権の関係を詳述した、日本古代史の解説書である。

 著者の若井敏明氏は、大坂大学文学部国史学科を卒業後、1998年に文学博士を取得。関西大学、佛教大学などの非常勤講師を務めている。

 専門は、中央集権国家成立以前の日本古代史。

 本書において、著者は、「邪馬台国論争」を、「魏志倭人伝」の記述ではなく、『古事記』『日本書紀』の記述に求め、邪馬台国を、筑紫の山門(やまと)に比定し、「魏志倭人伝」に登場する、「倭国」は、北部九州の女王国連合としている。

 本書では、「魏志倭人伝」の「倭国」と、後に天皇家に発展する、「大和政権」は、別の政権であると提唱している。

 本書では、邪馬台国の「倭国」の位置について、記載した後、大和政権の日本列島征服過程を、『古事記』『日本書紀』に基づき、詳述する。

 本書は、タイトルは、「邪馬台国の滅亡」であるが、事実上、「大和王権の征服戦争」のサブタイトルこそが、メインテーマである。

 本書では、大和政権は、神武東征の直後は、奈良盆地の東南部のみを支配した、日本列島の数多の地方政権の一つに過ぎないとする。

 大和政権は、奈良盆地の豪族達と婚姻関係を結ぶことで、第九代の開化天皇の頃には、奈良盆地全域を支配する、政権に成長した。

 そして、第十代の崇神天皇の代に、神祇祭祀の体系が整えられ、四道将軍派遣により、支配領域を拡大する。

 崇神天皇の代には、北は丹波・丹後、西は吉備、東国及び、北陸は、敦賀・美濃・尾張の範囲を領域としたと推測している。

 更に、崇神天皇の代には、出雲臣の祖、出雲振根と、その弟の飯入根の内紛によって、出雲が服属する。

 そして、兄弟の内紛の神話的表現が、所謂、「出雲の国譲り」であるとしているが、正直、論理の飛躍を感じる。

 第十一代の垂仁天皇の代に、出雲と丹波に挟まれた、但馬が、服属する。

 本書は、但馬の王権を、新羅国主の子、アメノヒボコの子孫としている。

 そして、第十二代の景行天皇の九州遠征について、『記紀』の記述を丹念に拾い上げ、そのルートを詳述している。その結果、景行天皇は、熊襲などの九州南部を征服したが、北部の制圧に至らなかった。

 九州北部の福岡平野には、邪馬台国の女王国連合=「倭国」が存在したためである。

 なお、本書は、「襲国」と「熊国」を別の国とし、「熊国」を狗奴国に比定している。

 そして、仲哀天皇と神功皇后の九州遠征が始まり、仲哀天皇が死去した後、神功皇后が、遂に、邪馬台国を滅ぼす。

 本書では、邪馬台国=山門国の最後の女王を、田湯津媛とする。

 田湯津媛の死によって、邪馬台国と「倭国」は、大和政権によって、滅亡するのである。

 本書は、大和政権が、日本列島の統一を果たしたのは、女王卑弥呼を戴く、「倭国」が、実質的に、小国家の集まりであったのに対し、大和政権が、征服を正当化する思想を有し、強力な支配体制を整えていたためと結論している。日本古代史の必読の一冊である。





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