【正義】と【平和】

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 フォロ・ロマーノには、エミリウス・パウルスが、建設させた、「エミリウス会堂」と、グラックス兄弟の父である、大グラックスが、建設させた、二つのバシリカが存在した。

 バシリカは、市民の様々な用途に使用された、会堂で、カエサルは、大グラックスの会堂を大規模に再建したため、「ユリウス会堂」と呼ばれるようになる。

 更に、カエサルの首都再開発の構想は、城壁外のマルス広場にも及んだ。

 マルス広場とその一帯は、大きく蛇行する、テヴェレ河に抱かれた、広い平地である。

 軍神マルスの名を冠せられた様に、元来は、軍勢の集結上であり、練兵上であった。

 しかし、ローマが、強大になると共に、城壁内に収まり切れなくなった、公用の建物が、マルス広場に建設されるようになる。

 小麦の貯蔵庫であり、貧民達に小麦を配給する場の「ヴィラ・プブリカ」、三つの神殿、フラミニウス競技場、ポンペイウスの半円形劇場など、様々な公共の建物が、マルス広場には、建設されていたのである。

 カエサルは、そのマルス広場に、「サプタ・ユリア」を建設させた。

 市民集会の投票所であると同時に、市民達の憩いの場を提供することが、目的であった。

 長さは300メートル、幅は120メートルで、その四辺を列柱が埋めた。

 しかし、カエサルによる、首都ローマの最大の改造は、建設ではなく、破壊であった。

 カエサルは、紀元前6世紀に、都市国家ローマの第六代王、セルウィウス・トゥッリウスの建設した、「セルウィウス城壁」を破壊したのである。

 ローマの七つの丘を囲い込む、この城壁は、延長8キロの長さに14箇所の城門があった。

 セルウィウス城壁は、第二次ポエニ戦争においてで、ローマを苦しめ続けた、軍事的天才のハンニバルでさえ、攻撃を諦めたほど、堅固であった。

 カエサルは、そのセルウィウス城壁を、ローマ人自身の手により、破壊したと言われる。

 カエサルは、首都ローマの拡張のため、城壁を破壊したが、同時に「世界の首都」である、ローマが、城壁が必要のないほど、平和であることを示したのである。

 それが、カエサルの目指す、ローマ帝国の姿であった。

 以降、ローマは、紀元後271年、アウレリアヌス城壁が築かれるまで、300年近くの間、城壁のないままであった。

 カエサルは、首都ローマにおいて、教養科目を教える、教師と、医療に従事する、医師の全てに対し、出自、宗教を問わず、ローマ市民権を与えた。

 カエサルは、医師のために、医療設備を充実させ、教師達には、彼等自身の勉学の機会と、生活の糧を得るための場所を提供した。

 カエサルのフォールム内の国立図書館は、研究施設であり、建築物における、半円形の部分である、エセドラは、私塾のための一郭であった。

 後に、小アジアから、首都ローマに来て、『古ローマ史』を書いた、ディオニッソスは、ローマでは、教師をしながら、古い時代のローマの歴史を書いたのである。

 その後、教師と医師へのローマ市民権の授与は、イタリア本国の全土に広まった。

 更に、ローマ市民の植民した、属州に波及し、帝国全土に及んだのである。

 以降、ローマでは、教師と医師は、社会の中で、重要な職業と見做されることになる。





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