【正義】と【平和】

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 ガイウス・カシウス・ロンギヌスは、紀元前54年、三十歳の年に、執政官クラッススのパルティア遠征に、会計ケイン左官として、従軍した。

 翌年のパルティア王国との決戦、カルエラの戦いでは、前会計検査官として、クラッススの軍勢の右翼を任されている。

 カルエラにおいて、クラッススの軍勢が、壊滅すると、カシウスは、クラッススを捨て、500の騎兵と共に逃走した。

 その後、カシウスは、敗残兵を立て直すと、軍団を指揮して、パルティア王国のオロデス2世の攻撃から、シリア属州を防衛し、名を挙げた。

 ローマ内戦が勃発すると、カシウスは、ポンペイウス側に属し、エーゲ海の制海権確保を一任されている。

 ファルサルスの戦いの後、カエサルが、ポンペイウスを追撃するため、ダーダネルス海峡を越え、小アジアに達すると、カシウスは、指揮下の全ての軍船と共に、戦わずして、カエサルに降伏し、以後は、カエサル派に属した。

 カエサルが、ポントスの王、ファルナケス2世と戦った際には、カシウスは、軍団長に任命されている。

 同時期に、カシウスは、マルクス・ブルータスの妹を、妻に迎えている。

 紀元前44年、カシウスは、マルクス・ブルータスと共に、法務官に就任した。

 四十一歳での法務官就任は、順調な出世であった。

 しかし、マルクス・ブルータスが、首都担当の法務官、即ち、法務官の首席であったのに対して、カシウスは、ローマ在住の外国人担当の法務官であった。

 カシウスとマルクス・ブルータスは、同じ年齢であるが、軍団を指揮しての経験は、カシウスが、圧倒的に上であった。

 カシウスは、ポンペイウスを見捨てた後は、マルクス・ブルータス以上に、カエサルに忠実に尽くし続けたと自負していた。

 故に、マルクス・ブルータスが、自分以上の地位を与えられたことに嫉妬し、カエサルに不満を抱いた。

 カエサルが、生涯の愛人である、セルウィリアの息子のマルクス・ブルータスを愛し、厚遇していたことは、事実である。

 しかし、カシウスのことを、カエサルが、どのように思っていたかは、不明である。

 塩野七生氏は、『ローマ人の物語』において、カエサルは、カシウスが、カルエラの戦いの際、クラッススを見捨て、500の騎兵と共に逃亡したことを、許していなかったのではないかと推測している。

 ローマ内戦に勝利した後、カエサルは、広大なローマ帝国の唯一の支配者として君臨し、独裁を行った。

 そして、カエサルが、王位を狙っているとの噂は、消えることがなかった。

 カシウスが、本当に、カエサルが、王位を狙っているとの噂を信じ、共和政を守るため、カエサルを暗殺しようとしたのかは、不明である。

 塩野氏の推測通り、カシウスは、カエサルが、自分に対し、好意を抱いていないと感じ、カエサルが、権力を掌握している限り、自分の出世はないと考えたのかもしれない。

 即ち、理念ではなく、利己的な理由で、カエサルの暗殺を企図した可能性はある。

 何れにせよ、カエサル暗殺の真の首謀者は、カシウスであった。

 しかし、カシウスは、自分が、首謀者では、従う者はいないことを、十分に理解していた。

 そして、カシウスが、首謀者に擁立したのが、嫉妬の対象者である、マルクス・ブルータスであった。





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