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 カエサルには、実子は、二人いた。

 最初の妻のコルネリア・キンナとの間に生まれた、ユリアと、エジプトの女王、クレオパトラ7世との間に生まれた、カエサリオンである。

 ユリアは、ポンペイウスの妻となり、二度、妊娠したが、一人目は、流産し、二人目は、娘を出産したが、産褥により、ユリアは死に、娘も数日後には亡くなった。

 一方、カエサリオンは、カエサルの息子ではないとの説もある。

 カエサルの遺言状が、公開された時、クレオパトラとカエサリオンの母子は、ローマにいた。

 クレオパトラが、落胆したに違いない。遺言状には、カエサリオンのことは、一言も書かれていなかった。

 カエサル暗殺後のローマの政情不安を恐れ、クレオパトラとカエサリオンは、エジプトに帰った。

 カエサルが、実子のカエサリオンを後継者にしなかったのは、彼が、カエサルの息子である前に、エジプトの女王の息子であったためである。

 ローマ帝国は、後に数多の属州出身の皇帝を輩出するが、同盟国の王子が、ローマ帝国の後継者になることに、ローマ市民は、誰一人、納得しなかったであろう。

 カエサルは、それを理解していたがために、カエサリオンを後継者にはしなかった。

 カエサリオンは、カエサル暗殺の年である、紀元前44年には、母のクレオパトラ7世の共同統治者、プトレマイオス15世として、エジプトのファラオの座に就いている。

 しかし、紀元前30年、オクタヴィアヌスは、カエサリオンを殺害し、プトレマイオス朝エジプトは、三百年の歴史を閉じた。

 実は、カエサリオン=プトレマイオス15世は、紀元前3,000年頃に始まる、三千年の悠久のエジプトの歴史における、最後のファラオであった。

 ユリアは、子供を残さずに死に、カエサリオンは、殺害されたため、カエサルの子孫は、残念ながら、存在しない。

 歴史にifはないが、仮に、カエサルとローマ市民の妻との間に、息子が存在したら、カエサルは、息子を後継者にしたであろうか。

 カエサルは、遺言を書いた時点では、未だ、十七歳のオクタヴィアヌスを自身の後継者に指名している。

 しかし、無論、十七歳の若者に、「世界帝国」ローマの支配を任せようと考えていたわけではない。

 カエサルは、暗殺された年、五十五歳であった。

 カエサルは、自身の寿命は、十年以上は残されていると考えていたであろう。

 彼自身が、望んでいた、「思いがけない死、突然の死」が、その翌日に実現するとは、カエサルでさえ、予測不可能だったに違いない。

 カエサルは、十数年の間に、帝国の支配体制の基盤を固め、三十歳前後のオクタヴィアヌスに、後事を託すつもりだったと考えられる。

 カエサルの死後、彼の予言通り、ローマには、内乱が発生した。

 しかし、本章の目的は、カエサルの生涯を描くことであるため、彼の死と同時に筆を置く。

 オクタヴィアヌスが、カエサルの遺志を継いで、プリンチェプスとして、「世界帝国」ローマの支配を完成させる過程は、本書の「千人の英雄」の一人である、アウグストゥスの章に譲る。

 カエサルは、「私が、自分自身に課しているのは、自らの考えに忠実に生きることである。だから、他の人々も、そうあって当然と思っている」とキケロへの手紙の中で語っている。

 カエサルは、世界史上、稀に見る、「寛容の精神」の持ち主だったのである。



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