【正義】と【平和】

英雄千人をランキング。『千人の英雄伝』連載中。

全体表示

[ リスト ]

 河井継之助は、1966年11月〜1968年5月にかけて、毎日新聞において、連載された、司馬遼太郎氏の歴史小説、『峠』の主人公である。

 同作品は、それまで、無名に近かった、河井継之助の名を、一躍、日本人に知らしめた。

 戦後の日本人の歴史観における、司馬氏の影響力の大きさを、改めて、実感させられる、作品である。

 河井継之助は、七万四千石の越後国長岡藩の出身で、幕末、江戸及び、諸国を遊学して、見聞を広めると同時に、備中松山藩の山田方谷を師として、経世済民の学を修めている。

 そして、帰国後、異例の昇進を遂げ、戊辰戦争期には、遂には、家老の座に上り詰めた。

 『峠』における、継之助は、「幕末」という、未曽有の変革期に、譜代の長岡藩の中で、唯一、時代の流れを読み、士農工商の世が崩れることを感じて、自分自身が、家老として、藩政改革を行わねばならない日が来ると、自負していた。

 継之助は、陽明学の徒であり、知行一致を旨とし、藩政に参加すると、藩政改革を断行。

 日本に内乱が起こることを想定して、欧州の小国、スイスをモデルに、長岡藩の武装中立を目指して、外国商人のスネルから、大量の新式の武器を買い入れた。

 その武器の中には、日本に三台しかない、ガトリング砲が、二台あった。

 継之助にとっての不幸は、維新の元勲達に勝るとも劣らない、大きな器量と時勢を見る目を持ちながら、越後長岡藩という、七万四千石の譜代の小藩に生まれたことであろう。

 同時に、それは、長岡藩にとっても、大きな災いとなった。

 継之助が、長岡藩の家老になった頃には、既に、戊辰戦争が始まっていた。
 
 継之助は、官軍が迫ると、奥羽諸国との仲介を申し出るが、小千谷での官軍との談判は、決裂して、戊辰戦争の最大の激戦の一つと言われる、北越戦争が勃発する。

 継之助は、軍事的才能に恵まれており、圧倒的な兵力の官軍に対して、長岡藩の軍勢は、果敢に戦った。

 継之助が、最新の兵器を大量に購入していたことも、同じく、最新の装備の薩長軍を相手に、長岡軍に互角の戦いをさせたのである。

 しかし、続々と増援を送る、西軍に対し、長岡軍には、増援はなかった。

 衆寡敵せず、遂に、継之助は左膝に流れ弾を受けて負傷。

 長岡軍は、会津へと敗走せざるを得なくなる。

 継之助は、その途上で、死去した。

 継之助の死と共に、『峠』は終わる。

 1977年の大河ドラマ、『花神』は、長州藩の大村益次郎を主人公とする、司馬遼太郎氏の同名小説及び、司馬氏の『世に棲む日々』『十一番目の志士』、そして、『峠』の四作品を、原作とする。

 本作の後半、高橋英樹の演じる、河井継之助は、準主役級で登場するらしい。 

 筆者は、2018年現在、三十二作の大河ドラマを見ているが、残念ながら、1977年当時、四歳であったため、本作は、見ていない。

 NHKに映像が残っていないため、DVD化は、不可能で、永遠に見ることができない。

 2005年の『河井継之助〜駆け抜けた蒼龍〜』が、筆者の見た、唯一の河井継之助の映像作品である。


[https://history.blogmura.com/his_bakumatsu/ranking.html にほんブログ村 幕末・明治維新]

この記事に

閉じる コメント(0)

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

開く トラックバック(0)


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2018 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事