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			<title>【正義】と【平和】</title>
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		<item>
			<title>【SF・ファンタジーアニメ】ランキングBest50＜21位～30位＞</title>
			<description>◆第021位　『イノセンス』 &lt;br /&gt;
評価：085点／監督：押井守／製作：Production I.G／映画／2004年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◆第022位　『進撃の巨人』 &lt;br /&gt;
評価：085点／監督：荒木哲郎／製作：WIT STUDIO／TBS／59話／2013年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◆第023位　『宇宙戦艦ヤマト～復活篇』 &lt;br /&gt;
評価：085点／監督：西崎義展／製作：エナジオ／映画／2009年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◆第024位　『もののけ姫』 &lt;br /&gt;
評価：085点／監督：宮崎駿／製作：スタジオジブリ／映画／1997年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◆第025位　『七つの大罪』 &lt;br /&gt;
評価：085点／監督：岡村天斎／製作：A-1 Pictures／TBS／52話／2014年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◆第026位　『東のエデン』 &lt;br /&gt;
評価：085点／監督：神山健治／製作：Production I.G／フジ／11話／2009年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◆第027位　『DARKER THAN BLACK-流星の双子-』 &lt;br /&gt;
評価：085点／監督：岡村天斎／製作：BONES／TBS／12話／2009年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◆第028位　『スチームボーイ』 &lt;br /&gt;
評価：085点／監督：大友克洋／製作：Production I.G／映画／2005年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◆第029位　『攻殻機動隊～S.A.C. Solid State Society』 &lt;br /&gt;
評価：085点／監督：大友克洋／製作：Production I.G／パーフェクト・チョイス／2005年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◆第030位　『千と千尋の神隠し』 &lt;br /&gt;
評価：085点／監督：堤幸彦／製作：スタジオジブリ／映画／2009年&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[&lt;a HREF=&quot;https://movie.blogmura.com/moviereview/ranking.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;https://movie.blogmura.com/moviereview/ranking.html&lt;/a&gt; にほんブログ村 映画評論・レビュー]</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kenichiuematsu/29954241.html</link>
			<pubDate>Fri, 12 Jul 2019 00:07:25 +0900</pubDate>
			<category>アニメーション</category>
		</item>
		<item>
			<title>No.003【ヨーロッパを分裂させた、フランク族の分割相続】二十六</title>
			<description>　ピピン3世の即位と同時に、その二人の息子、カール及び、カールマンは、フランク王国の「宮宰の息子」から、フランク王国の「王子」となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　後に西ローマ皇帝として、戴冠を果たす、カールの偉業の準備は、彼が、幼少の頃に整えられたのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　752年、ピピン3世の即位を正統化した、ローマ教皇、ザカリアスが、死去すると、後任の教皇として、ステファヌス2世が、選出される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　しかし、彼は、わずか、その三日後に、脳卒中により、死亡した。史上、最も在位期間が短い、教皇である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ステファヌス2世の死後、ステファヌス3世が、新たなローマ教皇に選出される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　なお、ステファヌス2世は、教皇冠を受けることなく、死去しているために、正式なローマ教皇のリストから、外されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そのため、ステファヌス3世は、欧米では、ステファヌス2世と呼ばれ、（3世）と括弧付きで表記されるが、本項では、ステファヌス3世とする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　753年、ローマ教皇は、アルプスを越え、ピピン3世と会見するために、フランク王国を訪問した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　当時のローマ教皇にとって、最大の問題は、ローマの周辺を支配し、ローマを、その支配下に組み込もうと企てる、ランゴバルト族であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　739年には、当時のローマ教皇、グレゴリウス3世が、ピピンの父のカール・マルテルにランゴバルト族の討伐を依頼しているが、カール・マルテルは、イスラム勢力への対抗上、ランゴバルト族との同盟を重視して、グレゴリウス3世の依頼を断っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　しかし、今度は、ローマ教皇、ステファヌス3世自身が、アルプスを越え、フランク王国の領内に入ったのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そして、既に、ザカリアスは、死去していたが、ピピン3世は、「ローマ教皇」に対して、大きな借りがあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この時、初めて、ピピン3世の長男、カールが、史料に登場する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ステファヌス3世は、フランク王国の領内に入ると、シャンパーニュ地方のポンティオンの町において、1月6日の「主の公現」を祝った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　五歳のカールは、父に先立って、ポンティオンの町に到着すると、ローマ教皇、ステファヌス3世を迎えたのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　このステファヌス3世との出会いから、カールと、代々のローマ教皇との親密な関係が、始まったと言える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ステファヌス3世は、サンドニで、冬を過ごすと、ピピン3世と協議を進めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　4月には、フランク国王とローマ教皇の間に、正式な文書が、調印される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この文書は、現存していないが、ピピン3世が、ランゴバルト征伐を行い、勝利すれば、イタリア中部をローマ教皇に寄進するという、内容であったと言われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この文書こそが、後の「ローマ教皇領」の直接的な起源の一つとなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　フランク国王とローマ教皇の合意に、当然、ランゴバルト人は、強く、反発した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そして、ランゴバルト人の働きかけにより、モンテカッシーノ修道院に隠棲していた、ピピン3世の兄である、カールマンが、ピピン3世の許を訪れて、ランゴバルト征伐の中止を求めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ピピン3世は、カールマンを幽閉し、反対勢力の封じ込めを図った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　同年7月、ランゴバルト征伐の出陣を前に、ローマ教皇は、ピピン3世に対し、改めて、塗油を施した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　同時に、王妃のベルトラーダ、王子のカール及び、カールマンに塗油を施し、彼等の子孫のみが、正統な王となれることを明言したのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[&lt;a HREF=&quot;https://history.blogmura.com/his_world/ranking.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;https://history.blogmura.com/his_world/ranking.html&lt;/a&gt;&amp;quot; target=&amp;quot;_blank にほんブログ村 世界史]</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kenichiuematsu/29953903.html</link>
			<pubDate>Thu, 11 Jul 2019 00:01:24 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
		</item>
		<item>
			<title>【ラジエーションハウス～放射線科の診断レポート～】2019年4月～6月放送のドラマランキング　Part3</title>
			<description>◆第003位　『ラジエーションハウス～放射線科の診断レポート～』&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　評価：85点／脚本：大北はるか／フジ／月曜21時／出演：窪田正孝・本田翼・広瀬アリス／全11話&lt;br /&gt;
　平均視聴率：12.15%&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　2015年から、『グランドジャンプ』に連載中のモリタイシの原作漫画、『ラジエーションハウス』の実写ドラマ化。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　医療ドラマではあるが、主人公が、放射線技師という、極めて、珍しい、作品である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ただし、主人公は、医師免許を持ちながら、敢えて、技師を続けている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　主演の窪田正孝の演じる、主人公の五十嵐唯織は、天才的な読影技術を持つ、放射線科医。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　アメリカの大学において、放射線科医の世界的権威である、ピレス教授に、才能を買われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　しかし、唯織は、敢えて、日本の甘春総合病院にて、放射線技師となる、道を選んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　甘春総合病院の前院長の娘で、放射線科医の甘春杏を演じるのは、本田翼。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　前院長の父は、放射線科医で、父を尊敬し、放射線科医となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　しかし、幼い頃に、兄を無くし、父は、半年前、鬱病を患い、療養中の身になってしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　優れた、放射線科医になるため、懸命に努力している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　実は、唯織と杏は、幼馴染で、唯織は、杏との約束を守るため、医者ではなく、技師になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　放射線科医が、正確な診断を下すために、優れた、画像を撮影する、技師が必要なためである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　しかし、幼い頃、唯織は、転校し、杏は、約束のみならず、唯織の存在を忘れてしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　唯織は、第一話の冒頭で、甘春総合病院に赴任するが、その唯織の同期である、広瀬裕乃を演じるのは、広瀬アリス。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　唯織とは異なり、完全な新人で、一人前の技師になるために奮闘する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　患者のために必死になり、無茶をする、唯織に次第に惹かれてゆく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　放射線技師長の小野寺俊夫を演じるのは、遠藤憲一。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　バツイチで、息子がいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　飄飄とした、性格をしているが、患者のためであれば、唯織の無茶を許可する、熱い面を持つ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　物語中盤には、唯織が、医師免許を持っていることに気付くが、態度は、変わらなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　放射線技師の黒羽たまきを演じるのは、山口紗弥加。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　男勝りの性格故か、三十代後半の独身。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　機械が好きの技師、悠木倫を演じるのは、矢野聖人。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　女性との出会いを求めて続ける、技師の軒下五郎を演じるのは、濱野謙太。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　患者の扱いが、上手い、技師の威能圭役は、丸山智己。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　杏の大学時代の先輩で、甘春総合病院の整形外科医、辻村駿太郎を演じるのは、鈴木伸之。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　有名大学病院の院長の息子で、杏に気がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　第九話において、唯織のおかげで、父の影から、脱したことで、唯織を認め、非の打ち所がない、爽やか、イケメンキャラになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　放射線科の部長、鏑木安富を演じるのは、浅野和之。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　典型的な責任逃れの上司で、唯織には、常に振り回されるが、第十話では、優れた、読影能力を見せつける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　甘春総合病院の現在の院長、大森渚を演じるのは、和久井映見。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　大森は、アメリカに留学中に唯織と出会い、彼が、医師免許を持っていることを知りながら、敢えて、技師として、働くことを許可し、採用した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　唯織は、医師免許を持っていることを隠し続けるが、最終回、杏の父を助けるため、遂に医療行為を行い、医師免許を持っていることを明かす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そして、甘春総合病院を辞め、アメリカへと戻る。杏が、最後まで、唯織のことを思い出さずに終わったのは、続編のための伏線であろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　技師の視線からの医療ドラマは、斬新で、非常に面白かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[&lt;a HREF=&quot;https://tv.blogmura.com/tv_drama/ranking.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;https://tv.blogmura.com/tv_drama/ranking.html&lt;/a&gt; にほんブログ村 テレビドラマ]</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kenichiuematsu/29953609.html</link>
			<pubDate>Wed, 10 Jul 2019 06:29:54 +0900</pubDate>
			<category>ドラマ番組</category>
		</item>
		<item>
			<title>【ストロベリーナイト・サーガ】2019年4月～6月放送のドラマランキング　Part2</title>
			<description>◆第002位　『ストロベリーナイト・サーガ』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　評価：085点／脚本：徳永友一／フジ／木曜22時／出演：二階堂ふみ・亀梨和也・江口洋介／全11話&lt;br /&gt;
　平均視聴率：6.60%&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　誉田哲也の原作小説、「姫川玲子シリーズ」の実写ドラマ化。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　2012年1月～3月、フジテレビで、竹内結子の主演ドラマ、『ストロベリーナイト』が放映され、2013年には、映画化された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　本作は、出演者を完全に一新した、リメイク作品であると同時に、原作小説の中で、2012年のドラマ及び、映画において、映像化されていない、作品を新たに映像化している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　本作では、2012年のドラマに先駆けた、2010年の単発ドラマ、『ストロベリーナイト』、2012年のドラマの『右では殴らない』、『ソウルケイジ』、2013年の映画、『インビジブルレイン』については、同シリーズの核となる、作品であるため、最映像化している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　本作で、新たに映像化されたのは、『左だけ見た場合』『夢の中』『闇の中』、そして、最終二話の『ブルーマーダー』である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　特に、『ブルーマーダー』は、前作終了後の2012年11月に出版され、捜査一課の姫川班解散後、池袋東署の姫川の活躍を描いた、貴重な映像化作品である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ノンキャリア及び、27歳の若さで、捜査一課の主任になった、主人公の姫川玲子を演じるのは、二階堂ふみ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　前作は、竹内結子の「美しさ」が、魅力であったため、正直、美しいとは、言い難い、二階堂の起用には、当初、非常に残念に感じてしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　しかし、実際に、ドラマが始まると、竹内の「美しく、危うい」、姫川に対して、二階堂の姫川は、「強いが、危うい」と感じさせ、新たな、姫川像を作り出した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　姫川は、自身が、犯罪被害者であり、犯人を殺したいほど憎んでいるため、犯罪者と同じ思考回路を持つ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　それが、事件解決に繋がる、姫川の最大の武器の「勘」であるが、同時に、危うさになっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　第一話で、姫川班に配属される、菊田和男を演じるのは、ジャニーズの亀梨和也。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　前作では、西島秀俊が、演じていたが、亀梨の菊田は、西島に負けずに、良かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　なお、本作は、亀梨の役者としての格に配慮したのか、二階堂と亀梨のW主演である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　その他の姫川班は、葉山則之を演じるのは、葉山奨之、前作は、小出圭介であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　石倉保を演じるのは、宍戸開。前作は、宇梶剛士。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　湯田康平を演じるのは、中林大樹。前作は、丸山隆平。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　姫川は、警察上層部に対しては、独断行動が多いが、部下のことは、非常に信頼している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　前作において、武田鉄矢が演じていた、礼子の天敵、捜査一課主任の勝俣健作を演じるのは、江口洋介。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　本作では、前作より、イイ人になったように感じる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　捜査一課の係長で、玲子の上司、今泉春男を演じるのは、山口馬木也。前作では、高嶋政宏であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　正直、菊田役の亀梨と、勝俣役の江口を除けば、前作より、出演者のレベルが、下がっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　更に、実際に、本作において、新たに映像化されたのは、全11話中、4話のみであり、他の7話は、既に、見たことがあるため、展開がわかることは、サスペンスとしては、致命的であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　最終二話の『ブルーマーダー』は、完全新作であったため、非常に面白かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そして、姫川班の解散後、菊田が、結婚していたことには、驚いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「姫川玲子」シリーズで、映像化されていない、作品は、最早、少ないため、続編が、期待できないのが、非常に残念である。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[&lt;a HREF=&quot;https://tv.blogmura.com/tv_drama/ranking.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;https://tv.blogmura.com/tv_drama/ranking.html&lt;/a&gt; にほんブログ村 テレビドラマ]</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kenichiuematsu/29953325.html</link>
			<pubDate>Tue, 09 Jul 2019 13:34:57 +0900</pubDate>
			<category>ドラマ番組</category>
		</item>
		<item>
			<title>No.636【世界史リブレット 72～東南アジアの建国神話】</title>
			<description>　評価：70点／作者：弘末雅士／ジャンル：歴史／出版：2003年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　『世界史リブレット 72～東南アジアの建国神話』は、山川出版社の「世界史リブレット」シリーズの第72弾。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　近代以前の東南アジアの港市国家における、建国神話から、外部世界と内陸世界の地域秩序の構築を読み解いた、歴史解説書。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　本書の作者、弘末雅士氏は、東京大学文学部東洋史学科を卒業後、オーストラリア国立大学大学院博士課程を修了。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　本書執筆の2003年には、立教大学文学部教授を務めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　専攻は、インドネシア宗教社会史。共著はあるが、単著は、本書のみのようである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　熱帯気候の豊かな降雨が、形成した、森林及び、河川を有する、東南アジアの人々は、自然との関係を丹念に構築してきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　また、東西交通の要衝の東南アジアには、古くから、交易のための港市と、それを拠点とする、多くの国家が、誕生した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　東南アジアは、季節風航海が、確立した、五世紀頃から、交易活動が、盛んになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　特に、1～7世紀にメコン川下流で隆盛した、扶南王国の港のオケオ、7～11世紀の初めに、マラッカ海峡に栄えた、シュリーヴィジャヤ王国のバレンバンなどが、港市の代表である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そして、15世紀～18世紀の時期、東西世界での交易活動が、活性化すると、東南アジアの商業活動は、隆盛し、パサイ、マラッカ、アユタヤ、ペグー、アチェ、バレンバン及び、ジョホール、パタニ、ドゥマク、パタヴィアなどの港市が、繁栄した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　東南アジアの港市には、西アジア、南アジア、東アジア、ヨーロッパなど、実に多様な地域から、商人が来航した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　港市は、内陸部、周辺海域での生産活動に従事する、後背地住民及び、海上民の結節点となり、王権が、形成された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　港市を中心に成立した、国家を、東南アジア史研究では、一般に「港市国家」と呼ぶ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　港市国家の王、即ち、港市の支配者は、内陸部住民、海上民と同じ王国民としての意識を形成しつつ、他方では、多様な地域からの来訪者が、居住可能な、港市空間を形成する、二つの役割を担っており、建国神話には、その特徴が、反映されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　北スマトラのパサイ（サムドラ）の建国神話では、初代王のメラ・シルは、竹の中から、生まれた、「竹姫」と、象に育てられた、男との結婚により、生まれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　即ち、内陸部の森林世界の動植物の力を合わせ持つ、存在であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　パサイの建国神話では、サムドラの勃興は、イスラームの預言者、ムハンマドが、生前に予言しており、メラ・シルは、夢の中で、ムハンマドに会い、イスラームに改宗すると、スルタン・マリクル・サレーを称した。メッカ、南インドとの関係の象徴である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　また、マラッカ王国の建国神話では、建国者は、アレクサンドロス大王という、実在の英雄と、南インドのチョーラ王と海の王の娘との間に生まれた、子供の子孫とする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　彼は、スリ・トリ・ブアナ、即ち、水界、地上界、天界の三界の王を称した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　本書は、日本では、有名とは言えない、東南アジアの神話を知るためのオススメの一冊である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[&lt;a HREF=&quot;https://book.blogmura.com/bookreview/ranking_out.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;https://book.blogmura.com/bookreview/ranking_out.html&lt;/a&gt;&amp;quot; target=&amp;quot;_blank にほんブログ村 書評・レビュー]</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kenichiuematsu/29952859.html</link>
			<pubDate>Mon, 08 Jul 2019 00:07:22 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
		</item>
		<item>
			<title>第3位【ナポレオン・ボナパルト】55.スタール夫人</title>
			<description>　ナポレオンが、イタリア戦線において、オーストリア軍に勝利を重ね、1797年4月に、レオーベン条約を締結したことは、既に、述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　レオーベン条約は、仮条約に過ぎず、三カ月以内に正式な講和条約の交渉を開始することが、記されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ナポレオンは、ライン西岸をフランスの領土とする代わりに、オーストリアに対して、ヴェネツィアを与えるとの妥協案を考えていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　しかし、総裁政府は、戦勝に驕ったため、外務大臣のタレーランは、ナポレオンの妥協案を否定し、強気の訓令を送った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　しかし、タレーランは、正式な訓令とは別に、秘密文書をナポレオンに送り、極めて、曖昧な外交的言葉遣いにより、ナポレオンに自由裁量権を与えたのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ナポレオンが、10月18日、オーストリアの全権大使である、コベルツとのカンポ・フォルミオ条約の締結に成功したのは、タレーランの影の後押しがあったためと言える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そして、1797年12月6日、ナポレオンとタレーランは、パリのタレーランの邸宅にて、遂に邂逅を果たしたのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　二人は、最初の出会いで、瞬時に互いの力量を認め合い、以降、タレーランは、ナポレオンにとって、不可欠の人物となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ナポレオンは、タレーランの外相就任を称賛し、総裁達とは異なる、人種の人物と手紙を交わした、喜びを重ねて強調したと言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　また、タレーランは、十五歳年下のナポレオンの放つ、強烈な磁力に惹きつけられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　四日後の12月10日、総裁政府の主催によって、ナポレオンの歓迎式典が、行われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　しかし、バラスを筆頭とする、総裁政府は、本心では、凱旋将軍のナポレオンの人気が、民衆の間で、沸騰し、自分達の権力を脅かすことを恐れていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ナポレオンは、勝利の栄光に包まれていたが、派手に振る舞うことを避け、自重した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　過去に、総裁政府が、自分達の脅威となりそうな将軍を、多数、更迭していたためである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ナポレオンの自重は、タレーランの助言でもあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　同時に、タレーランは、イタリア戦線の英雄、ナポレオンを広く、印象付けるために、ジョセフィーヌを主賓とする、晩餐会を催した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　招待状は、五百人に配られ、その中には、タレーランの愛人のスタール夫人も含まれていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　英雄豪傑を好む、スタール夫人は、イタリアにいた、ナポレオンに対し、手紙を送って、あなたのような英雄は、私のような、知性のある、女性と結ばれるべきであると、熱烈に求愛した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そして、晩餐会の席において、詩人のアルノーに、ナポレオンを紹介されると、どのような女性を最も愛しているのかと尋ねた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　それに対して、ナポレオンは、「私の妻です」と簡単に答えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　更に、スタール夫人が、最も高く、評価している女性について、訪ねると、ナポレオンは、「家事の上手な女です」と答えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　最後に、スタール夫人は、「あなたにとって、最高の女性とは？」と尋ねると、ナポレオンは、「子供をたくさん、作ってくれる女性です」と答えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ナポレオンは、スタール夫人の求愛を、一切、相手にしなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そして、十年余年後、スタール夫人は、ナポレオンの最大の政敵の一人になるのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[&lt;a HREF=&quot;https://history.blogmura.com/his_greatperson/ranking.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;https://history.blogmura.com/his_greatperson/ranking.html&lt;/a&gt; にほんブログ村 偉人・歴史上の人物]</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kenichiuematsu/29952529.html</link>
			<pubDate>Sun, 07 Jul 2019 06:23:52 +0900</pubDate>
			<category>世界史</category>
		</item>
		<item>
			<title>【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 20.斯波義統</title>
			<description>　尾張国守護の斯波義統を傀儡とする、大和守家の織田達勝の重臣には、清州三奉行家と呼ばれる、織田一族の三家があった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　因幡守家、藤左衛門家、弾正忠家である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　三家の内、弾正忠家の織田信定は、中島郡及び、海西郡に勢力を広げて、津島の港を手中に収めると、津島に居館を構えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　後に勝幡城を築城し、拠点を移している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　織田信定の長男で、弾正忠家を継承した、織田信秀は、1538年（天文七年）、今川氏豊の居城である、那古野城を謀略により、奪い取ると、居城を移し、愛知郡に勢力を拡大した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　織田信秀は、天下統一を目前に、本能寺に倒れた、織田信長の父である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　織田信秀は、隣国の三河国及び、美濃国への勢力拡大を図った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　尾張国守護の義統は、信秀が、尾張国外へ勢力を広げることに賛同し、1541年（天文十年）には、斯波武衛家の領国であり、朝倉氏に奪われた、越前国の奪還さえ、企図している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　1544年（天文十三年）に、織田信秀が、美濃国へ進攻する際には、尾張国中に信秀への協力を命じて、弾正忠家より、格上の伊勢守家、同輩の因幡守家に対して、兵を動員させ、美濃国侵攻軍に加えさせるなど、信秀に対して、篤い支援を行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　織田大和守家の当主の座が、織田達勝から、織田信友へと代わったのが、いつ頃なのか、明確ではないが、本来、弾正忠家の織田信秀は、織田信友の家臣に過ぎなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　故に、尾張国守護の斯波義統が、織田信秀と接近することを不快に感じ、また、義統は、自身を傀儡扱いする、信友に不満を見せ始めたため、両者の対立は、深まった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　織田信秀の突然の死去によって、弾正忠家では、信秀の嫡男の信長と、同母弟の信行の家督相続争いが、発生する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　織田信友は、信行を支持し、萱津の戦いを起こすが、守山城の織田信光に支持された、信長に敗北を喫する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　1544年（天文二十三年）、織田信友は、信長暗殺計画を企てるが、事前に斯波義統の家臣、簗田弥次右衛門に知られてしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　斯波義統は、信友の信長暗殺計画を、信長に密告した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　義統は、織田信友との対立が、深まっていたため、信長に助けを求めたのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　その結果、織田信友は、家臣の那古野弥五郎の内通もあって、逆に、信長に、清洲城を焼き討ちされるなど、追い込まれることになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　斯波義統による、信長暗殺計画の密告は、義統と信友の対立を決定的にし、両者の関係は、完全に破綻した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　同年7月12日、織田信友は、斯波義統の嫡男である、義銀が、屈強な家臣達を率いて、川狩りに出かけた隙を突いて、小守護代の坂井大膳を筆頭に、自身の重臣の織田三位及び、河尻左馬助、川原兵助等と共に、守護邸に攻め入った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　前述の通り、守護家の主要な家臣達は、義銀と共に、城を留守にしていたため、城内の守備は、非常に手薄であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　しかし、が、森政武、掃部助の兄弟、丹羽祐稙、同朋衆の善阿弥等の守護の義統の家臣達は、奮戦し、信友の軍勢に多数の損害を与えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　しかし、衆寡敵せず、義統の家臣は、次々と討たれて、義統は、遂に死を覚悟すると、城に火を懸けて、弟の統雅、斯波義雄の息子の義虎など、斯波武衛家の一族、三十余名と共に自害した。享年四十二歳。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　家臣の信友が、主君の義統を弑逆したのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[&lt;a HREF=&quot;https://history.blogmura.com/his_sengoku/ranking.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;https://history.blogmura.com/his_sengoku/ranking.html&lt;/a&gt; にほんブログ村 戦国時代]</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kenichiuematsu/29952136.html</link>
			<pubDate>Sat, 06 Jul 2019 00:00:26 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
		</item>
		<item>
			<title>アメーバブログへの移行のお知らせ</title>
			<description>　訪問者の皆様。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　日頃より、当ブログをご愛読頂き、誠にありがとうございます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　Yahoo！JAPANのブログ事業からの撤退に伴い、当ブログ、【正義】と【平和】は、アメーバブログに移行を余儀なくされることになりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　2009年7月4日の開設、7月5日の初投稿から、10年間、3652日、当ブログでは、一日一記事、総計3,213の記事を掲載いたしました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　凡そ、10年間の日々の中で、9割の日に、ブログを更新したことになります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　10年間での訪問者の数は、214,631人、一日平均、約60人の方に訪問して頂きました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　3,213記事、訪問者数、214,631人と、10年間で、積み上げたものを、放棄することは、誠に残念ですが、Yahoo！ブログ自体が、消滅する以上、私には、どうすることもできません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　今までの3,213の全ての記事は、Yahoo！ブログが、用意した、移行ツールを使用して、アメーバブログに移行いたします。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　新しい、アメーバブログの移行先は、以下のURLになります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「harry-uematsuのブログ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　&lt;a HREF=&quot;https://ameblo.jp/harry-uematsu/&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;https://ameblo.jp/harry-uematsu/&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　想えば、当ブログに初投稿した、2009年7月5日は、筆者の三十六歳の誕生日でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そして、筆者は、2019年7月5日、四十六歳の誕生を迎え、アラフォーから、アラフィフになりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この十年間で、筆者の環境は、劇的に変わりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　仕事を辞め、住居は、東京から、故郷の静岡県富士市に移りました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　その間、当ブログを続ける、励みとなったのは、当ブログを訪問してくれる、読者の皆様のおかげです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当ブログは、今後、アメーバブログにおいて、引き続き、記事を投稿、更新いたしますので、今まで通りのご愛読を、どうぞ、よろしくお願いいたします。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Harry　上松健一&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
PS：&lt;br /&gt;
　なお、当初、筆者は、2019年7月5日にYahoo！ブログから、アメーバブログへの移行を実施する、予定でしたが、インターネットの接続不良のため、移行できませんでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　移行日については、改めて、お知らせいたします。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　7月12日に移行の実施を予定しております。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kenichiuematsu/29951736.html</link>
			<pubDate>Fri, 05 Jul 2019 02:44:55 +0900</pubDate>
			<category>日々の出来事</category>
		</item>
		<item>
			<title>【SF・ファンタジーアニメ】ランキングBest50＜11位～20位＞</title>
			<description>◆第011位　『ロードス島戦記』 &lt;br /&gt;
評価：090点／監督：永丘昭典／製作：マッドハウス／OVA／13話／1990年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◆第012位　『攻殻機動隊～STAND ALONE COMPLEX 2nd GIG』 &lt;br /&gt;
評価：090点／監督：神山健治／製作：Production I.G／日テレ／26話／2004年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◆第013位　『宇宙戦艦ヤマト 2』 &lt;br /&gt;
評価：090点／監督：松本零士／製作：東京動画／日テレ／26話／1978年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◆第014位　『鋼の錬金術師～シャンバラを征く者』 &lt;br /&gt;
評価：090点／監督：水島精二／製作：BONES／映画／2005年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◆第015位　『鋼の錬金術師～嘆きの丘の聖なる星』 &lt;br /&gt;
評価：090点／監督：村田和也／製作：BONES／映画／2011年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◆第016位　『東のエデン～劇場版 Paradise Lost』 &lt;br /&gt;
評価：090点／監督：神山健治／製作：Production I.G／映画／2010年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◆第017位　『ベルセルク』 &lt;br /&gt;
評価：085点／監督：板垣伸／製作：GEMBA・ミルパンセ／BS-TBS／25話／2016年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◆第018位　『攻殻機動隊～STAND ALONE COMPLEX』 &lt;br /&gt;
評価：085点／監督：神山健治／製作：Production I.G／日テレ／26話／2002年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◆第019位　『天空戦記シュラト』 &lt;br /&gt;
評価：085点／監督：西久保瑞穂／製作：タツノコプロ／テレ東／38話／1989年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◆第020位　『GHOST IN THE SHELL～攻殻機動隊』 &lt;br /&gt;
評価：085点／監督：押井守／製作：Production I.G／映画／1995年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[&lt;a HREF=&quot;https://movie.blogmura.com/moviereview/ranking.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;https://movie.blogmura.com/moviereview/ranking.html&lt;/a&gt; にほんブログ村 映画評論・レビュー]</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kenichiuematsu/29951718.html</link>
			<pubDate>Fri, 05 Jul 2019 00:18:49 +0900</pubDate>
			<category>アニメーション</category>
		</item>
		<item>
			<title>No.003【ヨーロッパを分裂させた、フランク族の分割相続】二十五</title>
			<description>　しかし、アングロサクソン修道士の聖ボニファティウスが、ゲルマニアに布教を実施し、カール・マルテルが、彼を、マインツ大司教に任命した頃から、情勢は変化する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そして、カールマンとピピン3世は、聖ボニファティウスの影響を受け、742年～747年にかけて、数度の教会会議を開催し、教会の刷新に着手したのである。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　カールマンは、特に聖ボニファティウスの影響を受けており、彼が、「神に仕えるため」、隠棲する、一因になったことは、確かであろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　聖ボニファティウスは、ローマ教皇に対し、強い崇拝の念を抱き、緊密な関係にあったため、フランク王国内において、カールマン及び、ピピン3世の時代に、ローマ教皇の「権威」は、著しく、高められていた。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　一方、ローマ教皇は、ローマは、コンスタンティノープルの東ローマ帝国の支配下にあると考えており、フランク王国との結び付きを重視していなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　しかし、ローマ教皇は、当時、ランゴバルト王国の脅威に晒されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　東ローマ帝国＝ビザンツ帝国は、ローマ教皇を、ランゴバルト王国の脅威から、救うための意思及び、実力を持たなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　更に、ローマ教皇と、東ローマ皇帝は、聖像破壊運動＝イコノクラスムを巡って、対立していたのである。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　ローマ教皇は、アルプスの彼方のフランク王国に、救いを求め、両者の利害は、一致した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ピピン3世は、アングロサクソン人のヴュルツブルク司教ブルヒャルト及び、宮廷付司祭のフルラートを、751年、当時のローマ教皇ザカリアスの許に派遣した。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　ピピン3世は、ローマ教皇ザカリアスへの書簡で、「現在、フランク王国には、王の権力を持たぬ者が、王位にあるが、それは、善きことや否や」と問うた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　それに対し、教皇は、「王の権力を持たぬ者よりも、王の権力を持つ者が、王と呼ばれた方が良い。＜秩序＞が、乱れないように、ピピンが、王になるべきである」と答えた。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　ローマ教皇ザカリアスの回答は、即座に、フランク王国の貴族達に披露された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　彼等には、最早、異論はなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　メロヴィング家の王族の「長髪」のカリスマ性と、270年に及んだ、伝統的権威に、神の代理人である、ローマ教皇の「権威」が、勝利したのである。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　前述の通り、中国の王朝交代＝易姓革命は、「天」という、抽象的存在を「権威」とし、そのため、実際には、実力のみが、易姓革命を実現した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「天命」を宣言すれば、誰もが、王朝交代が、可能なため、その正統は、事実上、存在しなかったのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　カロリング家は、キリスト教の「神」という、抽象的存在の「権威」を背景としていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そして、その地上の「代理人」である、具体的な「人間」、即ち、ローマ教皇が、王朝交代の正統性を与えたのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　751年11月、ピピン3世は、ソワソンにて、フランク王国の貴族達に、「王」に選出され、聖ボニファティウスによって、塗油された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　メロヴィング家の「王」、キルデリク3世は、廃位された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　キルデリク3世と、その息子のテウデリクは、王族の象徴であった、「長髪」を切り落とされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そして、キルデリクは、サンベルタン修道院に、テウデリクは、サン＝ヴァンドリーユ修道院に幽閉された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　キルデリク3世の廃位とピピン3世の即位によって、270年続いた、メロヴィング朝は、終焉し、フランク王国は、カロリング朝の時代を迎えたのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[&lt;a HREF=&quot;https://history.blogmura.com/his_world/ranking.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;https://history.blogmura.com/his_world/ranking.html&lt;/a&gt;&amp;quot; target=&amp;quot;_blank にほんブログ村 世界史]</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kenichiuematsu/29951370.html</link>
			<pubDate>Thu, 04 Jul 2019 00:12:25 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
		</item>
		</channel>
	</rss>