●フィリピンに関わり合って、6年が経ちますが、、最初はご多分にもれず、日本のpクラでした。 そして、仲の良くなったp嬢(あくまでも友人)の誘いで、フィリピンのマンダルーヨン市にネットカフェ をオープンしました、、。 当然、僕は常駐できませんし、日本での仕事もありましたから、、彼女の友人(バクラ)、日本語が 話せる(p国側のプロモータ専属のダンスの先生)がマネージメントが出来ると言う事で スタートしたのがフィリピンでの最初の仕事の関わりです、、、、。 この時点では、今のカミサンとは、出会っていません、、、。 なんだかんだで、50万円、用意しました、、日本からデスクトップパソコンを10台送り、現地の テクニシャンに設定をお願いし、約30万、店舗改装に20万、、スタートしました、、。 結論から言えば、僕は50万を用意し、このバクラの生活を助けただけなんですね、、 何も残りませんでした、、、ヾ(@^▽^@)ノわはは 僕は手を引きました、、、多分このバクラは、ご存じのように、パソコンも旧式になれば買い替え をしなければ成らない、それには資金的にも着いて行けないのが現実ですから 処分してしまったんでしょう、、。 このバクラ、この友人のp嬢とは疎遠に成っているし、付き合おうとも思っていませんが p国人、p国の国民性を良く理解シナイ自分が間違った事の良い例だと思っています、、、、。 |
P国でのサイドビジネス失敗談
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夜、私日本<<<<<<P嬢から緊急電話、(クウヤン、どろぼう、マグナナカウ( 泥棒 )) |
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フィリピン、インターネットカフェ失敗の巻 |
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