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フィリピン、ダスマリナス市で貧乏生活を楽しんでいます(^O^)
今のところ何とか生きてま〜〜す、生きてるだけで丸儲け、、!!(@^(∞)^@)ノわはは

書庫我が半生

私の過去の生き様です。
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我が半生

今日で日本からの逃亡生活は2ヶ月目に入る、この決断は僕なりには苦渋の結果だと自負しているが周りの人はそうは言わないだろう、自分の人生を振り返れば確かに自分に対しは甘い人生だったと思う、片親で育ち父親の厳しさとか強さを見ず母親に甘えた人生だったような気がする、58歳になりこの結末になって解る僕の愚かさにただただ情けなく思う、逃亡先のフィリピンで今良く考える、どこから人生が狂ったのか、どこからこの情けない人生になったのか、この事を確認しないとこれからの人生が又狂った人生になるからだ。

今振り返ると小学生のころはどこにでも居る子供のような気がする、ただ両親が離婚し母方の実家に入り母の祖母と3人暮らし、とても裕福とは言えない生活だった、当時はそんな家庭が多かった、昭和30年頃と言えばそんな時代 貧困はいやだとは思わなかった、ただなぜ父親が居ないのかが心の奥に引っかかっていた。

祖母は厳格な人で甘えることは出来なかった記憶がある、母は僕が生後3ヶ月で大阪から出戻り地元の大手の紡績会社で勤勉に仕事をした、負けず嫌いで男社会の中でそれなりに苦労が合ったであろう、だが男運が悪く僕の記憶にあるだけで2人の男が家に入ったがその中の1人は犯罪者で逃亡中だった記憶がある。
だが僕には良くしてくれた、大工の経験がある様で僕の部屋を作ってくれこのまま時間があれば父と呼べたかもしれない、だが警察の手が回り僕たちの前から消えた、僕の小学5年から2,3年間の同居だった記憶がある。

祖母は僕が小学生の低学年で亡くなった僕の記憶は厳しい性格でよく喧嘩し母が間に入って困っている記憶がある、一度は近くの川に連れて行かれ「そんなにお婆ちゃんの言うことが聞けなかったらここで一緒に死のうか」て言われ母と一緒に号泣した事がある。そんな祖母も亡くなる1日前に枕元に僕を呼び「後のことはお前しか居ないから林家の事は頼む」と言い帰らぬ人となった。

ここからは自分の過去を振り返って考える、小学校までは普通の子供だったように思うただいつも寂しかった様な記憶がある、例えばそれは普通の家庭、この表現はおかしいかも知れない兄弟が居て両親が居る、そこには自分の家庭にはない何かを求めていたかもしれない、無い物ほしさだったかも。ただ寂しかった。犬猫鳥、僕の友人であり兄弟たち。

中学からはご多分に漏れず悪の道へ進んだ、だがそれも中途半端だった様な気がする、高校は2年で中退すぐに新聞広告で当時の国鉄名古屋駅の中の食堂に就職何か中途半端な大人の気分を味わう、この時に始めて女性を知る、年上の女性と知り合い京都旅行をしたのを今でも鮮明に覚えている、夢の世界のような事だった、僕の年は17歳か18歳彼女の年は26歳位だと記憶している、これからが女遍歴の始まりだった様な記憶がある。
仕事は転職に転職を重ねアパレル関係、平たく言えばブティクの店員になる、そこで知り合ったのが僕の始めての奥さんで成り行きで同棲し子供が出来たから結婚した、僕が21歳相手が20歳だった様に思う、彼女は九州の長崎の人で集団就職で岐阜の紡績会社に就職し高校は定時制を卒業し僕と知り合ったブティクに再就職したようだ、当時ブティクは花形産業で原宿近辺の小さなメーカーから仕入れた女性物の商品が良く売れた時代でファッション雑誌全盛期でアンアン、ノンノンの時代だ。

彼女は無口なタイプであまり会話は無かった様に思う、なぜ結婚したかはお互いに今でもわからない、長女が出来たからとしか言えそうも無い、何故かというとお互いに他にも付き合っていた人が居るから。彼女の事はわからないが、僕の付き合っていた人は僕を心から愛していたと思う、子供ができていなければ彼女は僕を受け入れてくれたと思う、彼女と別れる時、場所は四日市港「実は一緒に暮らしてる女性に子供ができた」と言うと同棲している事は以前から話していたので解っていたが子供が出来た事はショックを受けたようだ、言葉少なくただただ涙だけ、それと波音

結婚生活と言えばお互いに幸せだったのか良くわからない、仮面夫婦だった様な気がする、僕は他に女が居たし、ただこれは奥さん公認だった、なぜか奥さんは体を触らせなかった、君は異常だから病院で見てもらったほうがいいと言うと貴方がおかしいと反対に言い返されたことが記憶にある、「じゃあ外に女を作ってもいいの」と言うと「どうぞ、お金は入れてね」と返された、こんな状態でも子供は又1人出来女1人男1人理想的な家族だ、このSとの結婚生活は5年で終わった、Sは下の男の子を連れて出て行った、
長女とは何かのきっかけで居所がわかり連絡は大人になってから出来合うことは無かったみたいだが電話はしていた様だ、今は小さな子供と田舎で暮らしている様だ、なにか事情が有るのだろう、長男は九州の大きな町で1人暮らしをしてるようだ、会うことは無いだろう、
2人目の妻とは前妻の長女を連れての再婚だ、もちろん妻(S)の家族には猛反対されただが本人の意思が強く家族はしぶしぶ了解を得た、Sとの結婚生活はそれなりに幸せだったと思う、

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