華麗に舞った剣士たち

剣道で記録と記憶に残る少年〜青年〜中年剣士を追いかけます

全体表示

[ リスト ]

最も速いメンを打つ選手は誰だろうか?


剣道をする誰もが一度は思ったことがあるのではないだろうか。

今回は、「史上最速のメン」と銘打って、
その選手を紹介する。
ただし、もちろん速いことが大切なのだが、
今回は「美しい姿勢からのまっぐな飛び込みメン」に限るという
お手本になるような条件付きとした。
そういう意味では、今回は私の主観がかなり入っていることを予め断っておく。




私剣キチが選ぶ
史上最速のメンは・・・、

2003年

第51回全日本選手権大会

決勝戦で放たれた。




ズバリ、近本巧選手のメンである。




決勝を戦ったのは、
安藤戒牛(愛知・30歳) vs 近本巧(愛知・32歳) 
の2人だった。

2人は愛知県警の先輩・後輩の関係。
後輩の安藤は前回優勝し、宮崎正裕以来の連覇を狙っていた。

近本は出場3回目にして初の決勝進出だ。



決勝戦が始まった。



近本、剣先を下げ腰を落とす。

低く構えた姿勢は、
あたかも猫科の猛獣が頭を下げて獲物に跳びかかるかのようだ。


近本、グッと間合いを詰める。

安藤ビクっとして下がる。

しかし、近本は打ってこない。
打つと見せかけて打たない、巧みなフェイントである。



さらにグッ、グッ、グッ、グッと4連続のフェイント

そしてその直後

出た! 飛び込みメンだ!!!

ものすごい鋭さ。
間一髪、安藤がわずかにかわした。

いったいどんなスピードなのだ。

これだけのレベルになってくると、相手が飛び込みメンに来ると分かっていて
むざむざ決められるということは、そうそうないが、
この近本のメンに限っては、
反応速度の速い安藤だったからこそ避けられたようなメンだった。


今度は安藤が攻める。

安藤間合いを詰める、近本下がる、
安藤 詰める、近本 下がる。

安藤 詰める、近本・・・
えっ?今度は半歩しか下がらない。
そして、下がった反動を利用して、
近本の物凄い飛び込みメンに転じる。

バシっ!

攻めていたはずの安藤が避けることのできない
近本のロケットのような爆発的なメンだった。


メンありっ!


近本の一足一刀の間合いから、飛び込んでメンを決めるまでの時間。
(剣先が上がりだしてからメンに当たるまでの時間)

0.24秒!!!



その後も、近本がどんどん気で攻める。

しかし、無駄打ちは一切しない。

剣先を下げ、グッ、グッと間合いを詰め、
「メンに行くぞ」「メンに行くぞ」とフェイントをかける。


安藤はそのたびに、ピクッ、ピクッと反応する。

安藤は相メンを狙っているのだ。
(安藤の相メンも天下一品である)

それでも近本は飛び込みメンで勝負をつけようとしている。
安藤は、
近本がメンに飛び込んでくるその瞬間にメンを合わせようとしている。

近本、メンに跳んだ!
安藤、相メンに乗った。
しかし相打ちだ。

これで、近本は飛び込みメン3連発。
他の技を一切出していない。


試合時間が残り3分となったところで、
また両者が、間合いを詰める。

近本が、例のグッ、グッと剣先を下げ腰を落とし、
「メンに行くぞ」「メンに行くぞ」のフェイントをかける。
近本は意地でも飛び込み面を狙っているというのか。

しかし、あまりにキレのあるフェイントに
どれが本物(メンに来る直前の動作)か、
いつ跳んでくるのかさすがの安藤にも見分けがつかない。

近本の3回目の「メンに行くぞ」のフェイントモーションが大きい。
メンを合わせようと思っていた安藤の竹刀が思わず大きく動く。

しかし、またもやフェイントだった。


一瞬ホッとした次の瞬間。



今度こそ来た!
フェイントじゃない。


稲妻のような近本のメンだ。




ズドーン!!
でたぞ!!

安藤、もすごい反射スピードで、相メンに乗る。

しかし、近本のメンが断然速い。


「面あり!」
旗が3本、サーっと上がる。


近本が、初優勝を決めた瞬間だった。




今のは、いったい何という速さの面だ。
測ってみると、剣先が上がりだしてからメンに当たるまでの時間

なんと、0.20秒! 


さっきのメンの速度をさらに上回った。

人間の平均反応速度は0.2秒前後(光を見てボタンを押すまでの速さ)である。
どんなに素質を持った天才がどんなに鍛えても0.1秒以下にはならないという。

例えば、陸上の100m競技
「フライング」とは、ピストルが鳴る前に飛び出すことを言うのではない。
ピストルが鳴ってから0.1秒以内に、スターティングブロックに
圧力がかかった場合にフライングとする仕組みだ。
えっ?号砲の後ならフライングじゃないじゃないか?と思うが、
人間の反応速度は(どんなに鍛えても)0.1秒を割ることはない。
という医学的な見地から、0.1秒以前にスターティングブロックを蹴るということは、
号砲を聞く前に動いている=フライングと判断されるのである。

話を戻そう。
とすると、普通の人間だったら、
近本が面に来るぞと分かってから、
「避ける」あるいは「合わせる」といった次の行動を示そうとした時には、
もうメンを打ち抜かれている計算である。
天才的な反射神経を持った人間でも、
避けるのが精一杯であって、(それでも避けられない)
間違っても合わせて技を放つことはできない。

つまりは、0.2秒で飛び込みメンを打ちぬくスピードを持った近本に対し、
一足一刀の間合いから最速で放たれたそのメンを避けることのできる人間は
この世には皆無に等しいということである。

そのぐらいの驚異的なスピードなのである。

これだけのスピードを持った選手に勝つ方法はないのか。

否、なくはない。

しかし、二つしかないと思う。
一つ目は、見てから反応するのではなく、相手の動きを「予測する」こと
二つ目が、相手に打たせずに攻めること


実は、安藤も近本同様の驚異的なメン打ちのスピードを持っている。
前年、優勝した時の決勝戦の岩佐英範との試合で決めたメンは、
実に0.15秒以下だった。
しかし、これは飛び込みメンではなく、
岩佐選手がツキを打ってくるのに合わせたもので、
近間から決めたメンだった。

安藤は、相手の技の起こりや出端に、面やツキを決めることが多い。
これは、安藤の類稀なる反射神経の良さと、
技のスピードを証明するものであった。

ところが、この時の近本の、神懸り的とも言うべきスピードには
その安藤を持ってしても全く歯が立たなかったと言える。

それは、近本の巧みなフェイントが相手の「予測」を困難にし、
また、近本の積極果敢な攻めにより、安藤の先を許さなかったからである。


しかも、この決勝戦で近本がまともに放った技は、飛び込みメン4本。
それ以外は出していないし、出そうともしなかった。

それは「飛び込みメンで勝負するぞ」と公言したようなものであり、
にもかかわらず、飛び込みメンで2本勝ちを収めてしまったという試合だった。


「私の持ち味は、どんな試合でも思い切って打つことです。それだけです」
試合後の近本にインタビューの言葉である。
その潔さと男らしさに好感を持ったファンは少なくないのではないか。

私が見た全日本選手権の決勝戦の中で、
ベスト3に入る爽快感溢れる試合だった。


--近本巧--
昭和45年に岐阜県岐阜市に生まれる。兄の影響で剣道をはじめ、実力を磨いていく。市立岐阜商業時代には2年生でインハイ個人戦出場。3年生で団体出場するも、入賞はならず。愛知学院大に進学するが、東海個人3位、団体2位、全国では個人3回戦、団体1回戦敗退と、目だった活躍はなく、この時点で近本巧はほとんど注目されてはいなかった。平成5年愛知県警に奉職。翌年の愛知国体で優勝(先鋒として参加)。意外にもこれが、近本巧が経験する初の全国優勝だった。このころから、近本のメンのスピードは群を抜いていた。ところがステージが上がるに従い、そのメンが決まらなくなっていった。そして、近本は小手や突きを本格的に覚える。平成8年、全国警察選手権四段以下の部で準優勝。それから数年、近本は再度壁にぶち当たる。これが、スピード重視の剣道から、美しく理にかなった剣道への転換点だったという。それからの近本は悟りを開いたかのように無類の強さを発揮する。
そして迎えたのが、この51回全日本選手権だった。

−終−

(敬称略)

この記事に

閉じる コメント(11)

顔アイコン

素晴らしい記事ですね!両選手を知ってるだけにこの記事で彼らの躍動感がより伝わります。 削除

2009/12/27(日) 午前 0:36 [ タコ焼き ] 返信する

顔アイコン

相変わらず剣キチさんの記事は熱いですね文章の躍動感が半端ないです私が「すごっ」と思った面は今年の全日本選手権で鹿野選手が寺本選手から取った面ですね 削除

2009/12/27(日) 午後 0:18 [ 剣道野郎 ] 返信する

顔アイコン

タコ焼きさん、こんばんは。
とても魅力的な二人でしたね。
ありがとうございます。

2009/12/27(日) 午後 11:30 [ 剣キチ ] 返信する

顔アイコン

剣道野郎さん、こんばんは。
ありがとうございます。
鹿野選手の面、私も見てみたいと思います!!

2009/12/27(日) 午後 11:36 [ 剣キチ ] 返信する

あの日の近本さんの技は最高!

2009/12/28(月) 午前 0:33 [ pok*pok*man** ] 返信する

顔アイコン

pok*pok*man**さんも、やはりそう思いますか。
凄まじい気魄と最高のメンでした。

2009/12/28(月) 午後 10:44 [ 剣キチ ] 返信する

顔アイコン

あけましておめでとうございます。
ロケット面といえば高鍋選手!
近本選手と相面勝負するところを見てみたいものです。 削除

2010/1/5(火) 午前 11:09 [ 賀人 ] 返信する

顔アイコン

賀人さん、遅くなりましたが、
あけましておめでとうございます。
高鍋選手と近本選手の最盛期の相メン、
考えただけでワクワクします。
今年も宜しくお願いします!

2010/1/10(日) 午後 2:28 [ 剣キチ ] 返信する

顔アイコン

ありがとう!
高校時代に近本と同級生だったものです。
私が褒められたように嬉しかったです。
高校時代からずば抜けた才能の持ち主でしたよ。
稽古嫌いも一番だったけど…。 削除

2012/6/16(土) 午後 6:17 [ けい吉 ] 返信する

顔アイコン

けい吉さん、こんばんは。
こめんとありがとうございます!
そういうふうに言っていただけると私も嬉しいです!
高校時代の近本選手を見てみたかったです。

2012/6/22(金) 午後 9:32 [ 剣キチ ] 返信する

顔アイコン

初めまして。近本さんの事凄いお好きなんですね。
私の家の近所に近本さんの御子息の太郎くんが住んでいらっしゃってお母様も凄く上手です。

2014/9/5(金) 午後 6:12 [ hir*no*arik*_0*19 ] 返信する

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

.


みんなの更新記事