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神戸の少年A(「さかきばらせいと」と名乗っていましたよね)が出所後に被害者家族の反対を押し切って手記を出版しましたね。これって、本質的に反省ができていなかったことになると思いました。
出所後の再犯率が高いのには、受け入れ体勢や世間の意識等の問題もあるのですが・・。元マラソン選手の万引き再犯とかもですよね。東名高速のあおり運転による犯人も今の日本の犯罪矯正システムでは少年Aと同じようになってしまいそうに思うのです。 永山則夫でしたか、自力で自己分析ができて真の意味で反省ができた死刑囚だったと感じています。その後、永山則夫みたいに更生できた人が少ないというのは刑務所の更生システムに問題があっても、改善の人員や予算をつけずに効率性のみを追求してきて、結局、回り回って収容人員超過、更生率の低下などで高くついていますよね。 単に反省文を書かせたりしているみたいだからかな。 成人ではないですが、非行少年の更生に尽力されていた谷昌恒氏の「ひとむれ」という本を読んで感じたことは非行少年の多くは「認められる」(親とかで、ヤクザの親分とかではないですよ)と「他の人に役に立っている」(扱き使われてとかとは全く違いますよ。)とかを感じることがなかったか少なかったのではということです。これらは反省文を書くだけでは得られないですよね。 また、少年Aは生育期に愛情に飢えていたというのもあるみたいことをある書物で読みました。この場合は「親の愛」のようですが・・。アル中も親の愛の問題があるのですよね。 「愛する」というのはどうも学習でできるようになるのだと思い出すようになってきました。私も下手です。どのくらいの人が満ち足りた愛の中で成長しているのかは解らないです。結構、ブラック企業やブラック部活や議員の言動や体罰教師やセクハラ官僚や冤罪を気にしない面々とかが多い日本ですから、少ないのでしょうね。 ですから、多くの受刑者にとって刑務所が単に年期を終える場所になってしまったのと世間の偏見とかですよね。思い込みで判断している方がいろいろ観察して考えて判断するより楽ですからね。 この書き込みのメールマガジンの申し込みはhttp://www.mag2.com/m/0000180983.htmlでお願いします。 |
その他教育
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人間は複数同じところで生活するようになると「価値観の相違」が出てきますよね。で、どの程度の相違までが耐えられるかは人それぞれのようですね。
ところで、「価値観の押しつけ」というのは問題があると考えています。また、「価値観の鵜呑み」もね。
多様性があった江戸時代と司馬遼太郎氏は『雑談 「昭和」への道』の中で述べられていました。で、明治維新ね。明治になって薩長土肥以外の出身者が軍や官僚で出世するには「陸大1番で卒業」や「東京帝大1番で・・」とかになっていったとではといね。
特定の物差しによる競争ですよね。これは今も続いています。そして、昭和前期(20年ぐらいまで)はある意味複数あったのが、どうも、今は一つになって仕舞っているのではとね。この象徴の一つが大学入試センター試験に序列、模試による序列ね。
内申書重視の高校入試も同類ですよね。「記憶量」がものをいうのですよね。単なるメモリー程度の人間が有利な物差しです。脱落者が出てくるのは当然ね。生活に必要な知識も知らない、覚えようとしない、活用しようとしない人間(大人を含む、当然教師もね)にとっては学習とは「覚える」ことだけですから、意欲のわかないのが多数出てきますよね。
で、校則で縛り付けることにね。無意味で有害な校則ね。ブラック企業も同類ですよ。
人間は育ってきた環境がよかったというように感じる性格あるようです。ですから、育ってきたときのことを繰り返していますよ。アル中の子供にアル中が出やすい訳かな。他の人格障害の親の子供からもアル中が出ますけどね。
子への虐待も、その人は親にされてきた場合が多いとね。学校の勉強は「強制されてしてきた」親は子供に強制する、教師なったのは「強制したらするようになる」と思い込んでいると考えています。中には勉強するのもいるとは思いますが。この「強制」はそのときの社会の価値観による」というのを含みます。
で、優秀だといわれていた陸軍幼年学校から陸軍大学首席卒業であったのに「アメリカとの開戦」の意味が理解できなかったようです。
「子供の権利宣言」からみて学校の校則の検討を即刻始める必要があると考えられます。官庁や会社とかも人権等から検討を。
間違った価値観に「教育を受ける義務」という思い込みがありますが、憲法では「教育を受ける権利」ですから、しばらく権利行使を猶予する権利は子供にあって国や地方公共団体、学校にはないですよ。何歳になっても「教育を受ける権利が行使できる」国にしましょう。
就職等の時に「学校に在籍したか」の記録は必要ないと考えています。アメリカのように能力と必要な場合は資格とでね。第二次世界大戦突入を決断した面々は馬鹿ですよ。アメリカにきっちりのせられてですからね。ノモンハン等の反省もできない面々ですからね。その点、今の北朝鮮指導部は賢いですね。挑発には挑発だけで対抗しているから。
何が馬鹿なのかを今一度考え直しましょう。
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「歴史は暗記」と思われていたら、それは「労多くして功少なし」ですが、日本の教育のまずさから多くの方が「歴史は暗記」的に勉強してきていますよね。
現代や未来を考える上で大切な過去なのですよ。そして、価値観に揺さぶりをかけるような勉強ではなく、心地よい暗記勉強は楽ですが、現代や未来に対して目を閉じることになります。
先の大戦で多くの玉砕が起こりましたね。孤立無援状態に将兵を放置した結果ですよ。現代でも結構多くの方が孤立無援状況に放り込まれています。非正規雇用もこの一つかな。で、玉砕で日本が勝利しましたか。敗北が少し遅れただけですよ。ブラック企業は成長が止まっているのでは。
あの原発事故も先の大戦でも発揮された優柔不断の結果ではと思うのです。国民を見捨てているというのは公害被害や労災、少数難病の医薬品問題(海外にあることがよくある)等々は行政や関係団体のメンツの問題ですよ。帝国陸軍のメンツの問題でどれだけ多くの将兵が玉砕したことか。
政府首脳や上層部は東京で温々かな。
私が歴史で引っ掛かったのは「織田信長の実行力」と「日露戦争」での世間の評価と実像とのギャップでした。このあたりから、教科書や世間の一般的な書物とかではなく、考え始めたら、現代の世相が相当理解でき始めました。日露戦争での誤魔化し体質がその後の戦争へと、続きの誤魔化しが戦後の国民の苦難(特に少数弱者)に繋がってきているのではとね。
とかで、私としては合祀後の靖国神社に参拝に行く気は全くなくりました。庶民を踏みつけにした、庶民に死を強制した者が少しでもいるようなところにはね。
司馬遼太郎氏が「雑談 昭和への道」で述べられていた中に「昭和〜20年について小説にしようとしたら気が狂ってしまう」とかいうのが実感できますよ。このために、明治から昭和20年まで勉強し直してみましょう。明治の元勲たちは凄かった。この落差ね。
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最近、あるCMをみていて「この免疫力は低いから無菌に」とかいうのがありました。人間の免疫力は一部を除いて、「経験」によって高まっていくのです。その一例は「予防接種」ね。そう、免疫機構に経験させて、その抗原に対する免疫力を得ているわけです。
最近の無菌指向はこの子の免疫力向上に必要な経験も排除しているのではとも思うのです。適度なぼちぼちの清潔さね。この「適度なぼちぼち」という程度は難しいかもしれないですよね。でも、避けていると免疫力は向上しないと思います。そして、獲得免疫も一部を除いて再学習が必要みたいです。 エボラ出血熱やエイズ・B型肝炎ビールス・ペスト菌などはぼちぼちの中には入らないです。避けるべきものね。その子の体質等を勘案して経験を積ませる必要があるのが免疫力ね。 人間性についても「子には旅をさせろ」と親以外の人とのふれあいの大切さ等ですよね。 年齢(発達段階に相応)相応の生活体験ということも必要でしょうね。ただ、人格障害をもつ親とかですと・・です。アル中の子がアダルトチルドレンという感じですからね。 狭い世界だけではない大きな世界があるということを体験させるためにもね。今の日本の官僚や政治家は世界が狭すぎるのかな。 知育玩具はないよりはよいとは思いますが、もっと大切なのが自然の中で遊びかなとも思います。バーチャルだけでは怖いです。子供の発育には平均とか標準とかはいらないと思いますが、経験させるべきみたいなものがあります。今は即効性を求めて、寄り道として避けてしまって、さらなる遠回りをしているのではと思います。 もうひとつ、「家族ほど危険な集団は他にはない」という子供もいることを忘れないようにしましょう。目に見えない虐待もあります。モンスターペアレントなんて子にとってもモンスターだと思うのですけどね。 この書き込みのメールマガジンの申し込みはhttp://www.mag2.com/m/0000180983.htmlでお願いします。
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2014年4月23日放送のNHKクローズアップ現代は「子どもの体に異変あり 〜広がる“ロコモティブシンドローム”予備軍〜」のタイトルで放送されました。詳しくはNHKでね。
番組によると、このようになっているのは、運動時間が足らないか過剰かというのです。過剰の場合は特定の動作が多くて問題が生じているというのです。ですから、普通は「遊び」でいろいろなタイプの動作をしているのですが、遊び時間の減少や特定種目だけの早期教育かな子供の時に骨や筋肉をまともに発育させることがあとあとよいというのです。 そして、この動作時間の減少や特定動作のしすぎというのはなにか、リハビリでの問題点にも通じるところがあるように感じました。リハビリの場合はそれまでの運動歴がモロに関係してきますよね。子供はこれからの体作りのためという違いがありますが。子供の場合の過剰は「指導者や親の無知」ね。リハビリの場合は大抵「・・の思い込み」かな。 子供の時に適切な全身の動作が出来るようになっていないと高齢になってから、早い時期から「ロコモティブシンドローム」に陥る可能性が高いのでは。万が一、障害を受けたときのリハビリにも大きな問題が出てくると思います。勉強でも運動でも「幅広く」と「適度な量と質」がすべての年代で使えるようにする必要があると考えます。政府よ、しっかりしろ。 この書き込みのメールマガジンの申し込みはhttp://www.mag2.com/m/0000180983.htmlでお願いします。
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