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なにか大学入試センター試験に代わる新しい試験を導入しようかという話が出てきていますね。で、今の大学入試センター試験での一番の問題点は得点を「基準点方式」ではなく、「普通の競争試験扱い」にしたことにあると思います。そして、1月に1回だけとか、などなどがありますけど、問題としては「良問」のやまですね、択一式にしてはです。新しいのは「到達度」方式とかいっていますが、すべての大学に守らせることができるのか。「競争試験的」には使わせないこと。それ以前に「高校卒業レベル」とはどの程度なのでしょうね。ですから、当然「大学卒業レベル」とかですね。最低水準をどう設定できるかが、回り回って入試に大きく影響すると思います。
「教育とは何か」、他の子と競争して1点でも多く取れればよいですか。では、筑波大学付属駒場高等学校や灘高等学校などの生徒と単純に競争して上回れる生徒はそう多くはないでしょうね。校内でのこの手の競争は「諦め」と「手抜き」で意味のない競争になってますよ。「平均点あったもの」とかテスト後、堂々と言っているのは「その学校での平均点程度までしか勉強しないよ」と宣言しているようなものではないでしょうか。後追いがこのような状態では上位者は楽ですよね。多くの学校で意味のある学習がなくなってきているようです。 日本経済新聞に一橋大学も「就活」や「学習指導」で手を焼くようになった様子が、東京大学での「指示待ち族」増加の話もありますね。まあ、「様子見」は必要なことがあると思いますが、どのくらいの期間、どの程度まで様子見するかの決断もできないような感じを受けました。「自発的に」考え、熱心にいろいろな活動に取り組んでいる学生の割合が減ったきたから問題になるのでしょう。 入試制度を「より精密に」や「より正確に」とかするより、少々アバウトでも「入学後」鍛える方式の方がよいのでは。当然、「留年」とか出てもよいではないですか。それより、「何もできないまま卒業」させるより、よいと思います。優秀な学生を育てるには「優秀な親」(この優秀というのはどのような意味でしょうね。)が必要ですよ。子どもの足を引っ張らない優秀な親がね。 「親の思うとおりにさせる」は「見えない虐待」かな。見えない虐待被害に遭っている子どもは多いですよ。もう、「アバウト、アバウト」でね。ただ、子どもは大人の背中を見て育ちますので、このことを踏まえた「アバウト」ね。単純バカ的アバウトは子どもにとっては悲劇だと思います。 この書き込みのメールマガジンの申し込みはhttp://www.mag2.com/m/0000180983.htmlでお願いします。 |
学校教育(大学)
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2月2日にNHKのサイトで「採用試験 4年生の夏以降に」というのを見つけました。これは、ここ数年の採用活動、学生から見ると「就活」の早期化、長期化が問題になっていますね。この現状では、大学入試が終了した段階で大学卒社員の求人がおこなわれても変わらないのでと思うぐらいです。
それをなんとかしようと、大手商社が4年生の夏以降に採用試験というのを言い始めたのが、始まりだったと思います。経済同友会も採用試験は8月以降にとかいいはじめした。日本商工会議所も採用試験は4年生の夏以降というを言い始めました。ただ、これらは「強制力」がないですね。 これが起こる問題は「青田買い」の習慣ですかな。何でも、早くするほうが有利というにみているですか。人間というのは成長がバラバラで、早く成長しているようでその後停滞する者や、この逆とか、また、得意分野は人それぞれですね。それを、「青田買い」の発想で求人活動をしているのが企業かな。だから、再び、「リクルーター」なるものを復活させてきていますね。 これは、教育現場で「個性個性」といいながら、現実はワンパターンの教育がおこなわれてきた反動かな。採用して、良かったと思った若手の後輩にアタックしようというものですかな。これは、できるだけ、ある意味で能力の質確保を目指しているのではと思います。それは、企業の求人活動での応募者の能力見極めができていない証拠とも取れます。だから、早期化は大して問題ではなかったのですね。 このような体質が新卒至上主義につながっていったのではと思うのです。卒業後、何年経とうがその時の能力を見極める力があれば、もっと、中途採用をしてもよいはずです。 ですから、永年勤務できるというのもよいし、転職してとか、人生に悩んだ後になって就職活動を始めようが、その時の能力を見極めれるようになって、いろいろな時期に採用ができるというふうにもしないと、今の現状では、また、青田買いに戻ると思います。 Yahoo!ジオシティーズ-kenko20020806さんのホームぺージ健康を求めて(http://www.geocities.jp/kenko20020806/) |
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また、復活しました。よろしく。
2011年1月15日に2011年度の大学入試センター試験が始まりましたね。 いつも思うことがあるので、今年もということで書きます。各大学はこの試験の得点は京都大学理学部などのような足切り点に使って欲しいです。ようは、最低○○○点以上必要とね。 大学入試センター試験の前の共通一次試験は、模試業者の模試によるランク付けとかをなくすとかいって導入したはずですね。ところが、この共通一次の得点を合否判定に使ったため、より精密にランクを出せることになったのです。 大体から、日本はよくこの手の間違いをしています。なにか、新しい仕組みを導入するとき、理念(または総論)はよいとしても実施面(または各論)の時に個々の小さな利害で新しく導入することによって得られる利益を失うということです。 このような総論賛成各論反対は各国でもあると思いますが、日本みたいなところの多くは国がもっと傾いていると思います。学力低下の主因は大学も含めて、学力の絶対評価が十分されなかった、または、外野がうるさくてできなかったということにつきると考えるのです。 会津大学ができた当初は半数ぐらいが外国人教授だったとか。その教授が海外の大学みたいに絶対評価的に評価したら半数が留年該当になったとか。すると、親とかが文部省に文句を言って、文部省から指導が入ったとか。で、教授は「できないのを落としてなぜ悪い」とぼやいたとか。それでも、他より厳しかったから卒業生の評価は非常に高いとか。 「日本技術者教育認定制度」というのがあって、海外の大学と同様にその学力等が認められるというのがあるのですが、最近の広がりは鈍いと感じています。こちらも、絶対評価で大学自体も絶対評価で認定を受けるということなのです。 一体各大学の入学者の最低限の学力にどのくらい求めているかを示すのに「センター試験最低点方式」でもよいですから、発表させて欲しいですね。企業は、大学生にどのような力を求めているのか、その中で大学で普通に授業等を受けて得られる部分の最低度合いを公表して貰えるとよいと思います。今の採用活動でしたら、高卒段階でも十分でしょうね。 Yahoo!ジオシティーズ-kenko20020806さんのホームぺージ健康を求めて(http://www.geocities.jp/kenko20020806/) |
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11月1日の日本経済新聞教育面に学力問題、大学程度の教育に耐えうる学力をもつ学生の確保についてですかな。
早い話が、学力低下で大学で中学程度からの補習を必要としているところもあるとか。大学での高校程度の補習の話はもっと以前からありました。 どうして、このような事態を招いたのか。簡単に言うと「相対評価の乗っかった入試制度」に行き当たります。18歳年齢の人口が増加中で、且つ、大学志願率も上昇、さらに大学定員は増加しないという条件が満たされるときは相対評価で学力低下はおきにくいでしょうね。 ところが、18歳人口は減少、大学の入学定員は難関大学から入試の楽な大学まで増えているとなると、実質的な競争は緩和されていますよ。志願率の増加で、模試等から算出する合格ラインのB判定偏差値の数値が下がらなかったので騙されていたのです。 第一次ベビーブームの時(団塊の世代ですね。)の1年間の出生数は270万人ほど。今の18歳の生徒たちの時の出生数は130万人以下。団塊世代の半分以下ですよ。それが、団塊世代の時よりも広くなった大学入試にということです。団塊の世代の時は200万人以上が大学に進学していなのですね。 それと、共通一次試験導入の時に今回、考えられているような基礎学力判定試験と位置づけることができる機会だったのに、合否判定に直接使用し、京都大学理学部みたいな利用をしなかった。これは、大学入試センター試験でも同様です。 それと、高校入試における「内申書重視」で、この内申点は完全な相対評価が長年続きましたね。その結果の一つが中学校教育の崩壊かな。相対評価で、良くない評価がほぼ確定した生徒らが居直ると・・・。そのほかにもありますよ。 考えない丸暗記の学習が蔓延ってきたことで、この学習法でも得点できるような出題も蔓延したことかな。 解消のためには、まず、大学入試センター試験を大学進学希望者に全員受験を義務づける。受験料は公費負担。大学側には京大理学部などが採用している「得点による足きり」のみに使用させる。合計得点を合否判定には使わせない。そして、その基準点を徐々に上げていくこと。 大学の卒業時にも、公的な大学の基礎学力判定の認定試験みたいなのを公費負担で導入。これもレベルを徐々にね。どちらも、年に3〜4回実施することにし、マークシートのだけではなく、論述も入れて欲しいですね。 表題は「学力の高大連携」としましたが、日本の学力は大学入試で確保されてきた期間が長かったのです。でも、今は入学願書を出すだけで合格するような大学も出てきています。大学入試に頼ることはできないのです。別の方法を考えましょう。 Yahoo!ジオシティーズ-kenko20020806さんのホームぺージ健康を求めて(http://www.geocities.jp/kenko20020806/) |
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10月6日にノーベル財団からの受賞通知が根岸英一・米パデュー大特別教授(75)と鈴木章・北海道大名誉教授(80)にありました。受賞おめでとうございます。
ノーベル賞については、野依理化学研究所理事長が受賞されての講演会で受賞のポイントを聞いたことがあります。それによると、今回の報道でもその趣旨がよく出ている「人類の幸福」にどれだけ貢献したかというのだそうです。ですから、今回でも研究は鈴木名誉教授の1979年の研究が最新ですね。 ここ何年か受賞者が飛び飛びですが、続いていますね。それは、これらの研究者が研究している時代は今ほどの「成果主義」ではなかった時代だと思います。じっくりと考えて、失敗したりしながらでも研究が続けられた時代だったのでは。 それが、最近はあの「事業仕分け」に象徴されるような「極端な成果主義」に陥っていると考えられるのです。そして、技術科学立国とかいいながら、その基礎になる大学関係予算などを削減して、目玉になるようなところに集中するというのです。 もともと、日本の公的研究費は世界的に見て、少なかったのです。それを集中して貰ったところが漸く海外並みかな。とすると、削られたところは研究費なし、教育活動費なしというような状況に追い込まれてきています。 今、ノーベル賞受賞者が出ていますが、これはノーベル賞の趣旨からみても「過去の遺産」でしかないのです。今後もこのお二人に代表されるような「人類の幸福」に貢献できるような人材を育成するためには、まず、大学関係予算を含めた科学技術関係予算の大幅増額が必要だと考えます。日本を沈没させないために。 Yahoo!ジオシティーズ-kenko20020806さんのホームぺージ健康を求めて(http://www.geocities.jp/kenko20020806/) |



