システム開発プロジェクトは、マラソンのようなものだ。
本物のマラソンは、選手が1人でゴールを目指し、ペースを上げるも落とすも、あるいは体調に異常を来して途中でレースをやめてしまうも、全て本人が判断する。
ずっと一緒に走っていくと思っていた(写真はイメージです)
しかしシステム開発は、ユーザーとベンダーが協力してゴールを目指す「二人三脚」のようなものだ。どちらかが勝手にペースを変えたりレースをやめたりしてしまうわけにはいかない。
ゴールを目指して一生懸命足を動かし続けているのに、一緒に走っているパートナーが突然足を止めたら、走り続ける選手は転ぶかもしれない。場合によっては大けがをすることもある。
同様に、システムの完成を目指して一生懸命作業をしていたベンダーに、ユーザーが突然プロジェクトの中止を申し入れると、ベンダーは財務的な痛手を被ることがある。
このとき、ユーザーとベンダーの間に正式な契約があれば、ベンダーはユーザーの一方的なプロジェクト中断を糾弾し、損害賠償の請求などを求めることができる。しかし、正式な合意がない場合は、どうなるのか。
システム開発プロジェクトはしばしば、正式な契約を後回しにして作業を先行させてしまうことがある。そのプロジェクトが途中で頓挫してしまったら、ベンダーはユーザーに何らかの補償を求められるだろうか。
IT訴訟事例を例にとり、トラブルの予防策と対処法を解説する本連載。今回取り上げるのは、ユーザー上層部の指示で開発が突然中止になった事件だ。
親会社の承認が得られませんでした
事件の概要からご覧いただきたい。
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東京地方裁判所 平成19年11月30日判決から
ある人材派遣会社が開発ベンダーに基幹業務システムの開発を委託した。両者が基本契約を締結した後、ベンダーは最初のフェーズであるフィージビリティスタディー業務と基本設計フェーズ1と呼ばれる作業を実施し、合計代金1億7000万円の支払いを受けた。ここまでの作業については、正式な個別契約の下、実施された。
続いてベンダーは基本設計フェーズ2と呼ばれる作業を開始したが、開始後2カ月弱で、ユーザーより親会社の承認が得られないことを理由に作業を継続できない旨の通知があった。
ベンダーは、その直後、基本設計フェーズ2の見積書(約1億5000万円)を提示し、そこまでに作成した成果物を提出した。しかしユーザーがこの支払いを拒んだため、そこまでに実施した作業の対価などして約1億800万円の支払いを求めて訴訟を提起した。
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事件の争点は「基本設計フェーズ2の契約が成立していたのか」になる。
契約書こそ交わされていないが、ユーザーとベンダーの間に「実質的な合意があった」と認められれば、ユーザーに代金の支払いが命じられるかもしれない。そもそも「親会社の承認が得られない」という理由は、ベンダーには到底納得できないものであり、契約準備段階の不備ともいえる。
ただ一方で、「契約書がない」ことも事実である。
両者は「作業内容」についてはおおむね合意している。しかしユーザーは「作業着手」には合意したものの、「費用」については合意がなく、実質的に契約があったとまではいえない状況だった。契約がなければ、債務を履行する(代金を支払う)理由はない――ユーザーは、こう主張をして支払いを拒んだ。
事件の経緯だけを追うとベンダーの主張の筋が通っているように思える。しかしユーザーは、ベンダーが作業に着手する前に契約には親会社の承認が必要であることを伝えていた。
現場での会話では、次フェーズの契約を拒まれることなど感じられなかったのかもしれないが、それでも「親会社」というキーワードが出てきた際には、何らかのリスクがあることを考慮しておくべきだったかもしれない。
では、判決はどうだったのだろうか。