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夢と言っても・・・・睡眠中の夢の話ですが・・・・。
昨日は不思議な夢を見たので忘れないうちに・・・(^^ゞ
何故か奄美大島のとある海岸で小さな海の家を営んでいる私。
凄く狭いほっ建て小屋なのですが中々洒落た造りで・・・
ビ−ルや軽食は勿論、娘の手造りの雑貨やなんかも置いていて・・・
でもねぇ娘もかみさんも何処かへ遊びに行っていてお客さんが来ても何も対応できないでいる私。
そして二人を探しに行くのですが大きな浮き桟橋があってそこで二人は帰りのフェリ−のチケットを買っている・・・。
えっ店ほっといて帰るのって聞くと・・・後は宜しくって(~_~;)
夢の中の海は私が最初に南西諸島を訪れた時の美しさでした。
まぁ総天然色の夢でしたね。妙にリアルで・・・何かを暗示している様な・・・・
そんなこんなで目が覚めたのが午前2時半ごろ。
それからは寝付けずに、何となく最初に与論島に行った時の事を思い出していました。
まだ十代の学生時代、何も考えずにキャンプ道具だけを持って与論島へ。
真夏の事ですからテント何て暑くて死にそうでしたね、島内をうろつき殆ど人影のない海岸で洞窟を発見!
近くには真水も湧いていて絶好の住処でしたね〜。
そして無人島暮らしの様な数日が過ぎ・・・・
食糧確保のため海に潜っていた時・・・今日は潮が速いなぁ・・・なんて。
今考えると漁師も船を丘にあげていたし・・・・
TVは勿論ラジオも無い生活で情報が全くありませんでした。
そして涼しい風が吹く夜、星を見上げながら缶ビ−ルを片手に制限時間の無い夜釣り。
最高でしたね。
自分が居を構えていた洞窟は入り江になった砂浜に有り潮が満ちると完全に遮断されそこから出るには泳いでいくしかない状態。
その夜も大潮の満潮、しかし不思議と魚が釣れません。
そんな時、洞窟のある入り江と隣の大きな砂浜を遮断している珊瑚の岩山を越えて十数人の男女が入り江には行ってきました。
子供もいたし、お年寄りもいましたね。
ガヤガヤと何かを話しながら目の前を駆け抜けて行きました。
何だ何だと思って後ろ姿を追いましたが・・その時は既に姿が見えなくなっていました。
そんな事が有った日の未明、台風が与論島を直撃!
暴風と高波が入り江を襲い、殆どの荷物を流され入り江の背後の珊瑚の壁をよじ登り押し寄せる波に耐えた数時間・・・・これは助からないと思いました。
奇跡的にと言っても良いその危機を命からがらやり過ごせたわけですが・・・・
その事が切っ掛けで島の方々と御縁が出来る事に成ったわけですが・・・
実は昨日、その時は聞きとれていなかったと・・・記憶している入り江に入ってきた人たちの言葉がふと思い出された・・・と言うか・・・昨日聞き取れた様な・・・。
プカ、プカナウットゥリャ−・・・と言っていた(意味は分かりません)
後日、島の方から伺った話ですが与論島の多くの洞窟は風葬に使われていて私が住処としていた地域も風葬跡が多く残っている様でした。
また与論のお盆には亡くなられた方々が海を渡って島に帰ってくると言い伝えが有るそうです。
私は見てしまったのか、それともたまたまあの方たちは入り江に入ってきた人達なのか?
その真実を知るすべも有りませんけど・・・・
昨晩、何故そんな事を想い出したのでしょうかねぇ。
あの時も昨日の夜も不思議な夜でした。
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ケンムンさん
そのときは
今生とあの世を隔てる
際に いらっしゃったのでしょうかね〜
今年は僕も(8/11)川の荒瀬から120m(背の立たない水深)ほど流され駄目かも?と途中考えたりしましたが
あきらめたら終わりや、と頑張って生還できました(^^
正月に母が亡くなったので同じ年に長男まで逝っちゃうわけには
いきませんでした(汗
2013/12/11(水) 午後 0:39 [ - ]
ええ〜〜〜!らいだ〜!さんはそんな体験が有るのですねぇ。
まぁ私も仕事柄・・・普通では無い体験もしましたけど(^^ゞ
しかし、何十年も前の記憶が突然と蘇ると言うのも不思議です。
2013/12/11(水) 午後 2:14 [ kenmun ]
確か…以前記事にされていたレイチェルカーソル著書で、嵐の日に生まれた我が子を浜に抱いて連れて行き自然の息吹を感じさせたという話を思い出しました。。
無事で何よりでしたが、何かしら自然の与えた試練だったのかもしれませんね…
僕も不思議な夢をよく見ます(_ _).。o○
2013/12/15(日) 午前 1:22
xyzさん、おはようございます。
九死に一生とはあの時のことだと・・・^^;
お陰で奄美の方々と御縁が出来て今に至ります、不思議ですね^^
2013/12/15(日) 午前 9:12 [ kenmun ]