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<剣道八段 財津勝一先生>
財津先生は高野佐三郎先生”修道学院”では門人の表札の前から五番目載っていた古参で、
御指導戴いた当時は、長崎県剣道連盟の理事長であるとともに、県内の三菱、税関で剣道の指導をなされていました。
三菱製鋼所(長崎製鋼所)剣道場(城山町)で小学校 3年から5年まで御指導を受けて、こんな思い出があります。
剣道を始めたきっかけは、小学3年のときバイオリンと剣道をどっちと言われ剣道を訳けも分からず始めたのですが、何となく私達兄弟(姉、私、弟)は小学低学年からチンチン電車で始発から朝練してましたね。
財津先生の印象ですが白い道着の優しくあまり動きがないお爺さん先生のイメージでしたね。
ご指導を受け数ヶ月が経ち、財津先生のご指導が優しいご指導ですので先生のところばかり並んでいましたね。
ある日、財津先生が低学年の私に「君は声が大きいね。」と、言ってくださいました、
その事が嬉しく母親に報告喜んでくれたのを覚えています。
その母親も現在87歳・・・
それからです俄然ヤル気が出てきたのは・・・・
みっちり3年間、基本をご指導くださいました。
小学6年で銭座小学校から長与小学校に転校・・・・・
剣道は長与少年剣道部に親が手続き・・・・
初稽古は長与少年剣道部の20名(小6〜中2位の剣士)ぐらいと試合稽古全員に勝った記憶があります、
疲れてへとへとで省エネ剣道の試合運びでしたね。
これぞ戦術・・・・・酔剣
同年5月に長与少年剣道部が県大会の小学生の部で初出場で初優勝・・・・
多分に、私は財津先生が直接ご指導している中で最後の県大会優勝した剣士になるでしょうね。
この年から、4年間が長与少年剣道部の黄金時代が始まりました。
もちろん、牛島先生、新しい○尾五郎先生の御指導の基に厳しいく、過酷な練習到来です。
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■剣道部OB会
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