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原爆投下後の食糧難時代・・・・
・柳川公園を畑にして、かぼちゃを栽培したところ・・・・
大変な豊作、しかも、異常に大きかったそうです。
・いびの口でトマトを家庭菜園したところ、小さな苗木に大豊作・・・・
大きな、真っ赤なトマトが収穫できたそうです。
・原爆投下、直後の空が”緑”になったそうです。
・原爆投下後、30年は草木もはえないと言われていましたが、
すぐに芽がでて、今の長崎になっています。
・汚染土の処理はどうしたのでしょうか?
原爆投下された平和公園は60cm程は土盛りされていますが、
他の土地はそのままで、小さいころは穴を掘って遊んでいまして、
焼けて溶けた色んな物が出てきましたね。
・汚染土で栽培した農作物を食べて成長してきたのですね。
・子供の頃は病気ばかりしていたそうです、
郊外に引っ越してからは、病気に全くかからなかったそうですょ。
⇒この時代、医学的な資料はないのでしょうから、
誰も、何も知らないで・・・
私達は残留放射能をたくさん浴びて、
農作物を食べて 生活してきたんですね。
子供頃は、アメリカを嫌いでしたね。
原爆を投下した国でしたからね。
今でも、このイメージはありますよ。
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爆心地から1200mの近い場所で残留放射能を浴びるだけ浴びていますが風邪・大病もなくいたって健康ですね。
友人達も同じように健康ですょ・・・・。
原爆手帳持ってる人が長生きするジンクスもあるそうで・・・
長崎に帰ってきて色々と原爆被爆者のこと聞いて(選挙のときよく苦情を聞きますね)ビックリしています。
2013/3/14(木) 午後 11:53 [ 権米 ]