ふるさとのブログ

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さて、誰でしょう?

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般若は男? 女?

 
 
「おかめ」は平安時代以前の古代〜中世日本における美女の顔です。

 色白で太った福々しい女性は当時の理想的美女で、そういう女性は魔よけ・災厄除けになると信じられていました。
 近・現代になるにつれ美女の定義が変化するとともに、縁起物としての「おかめ」の売れ残りを指して不美人の代名詞となってしまいます。
 
おかげで今ではひょっとこと並んですっかり和製ピエロのような存在になってしまいました。
 別名「おたふく(お多福)」ともいいます。

 「はんにゃ(般若)」は女性の嫉妬や恨みを現す鬼女の能面です。
 したがってあの表情は怒りも含まれていますが、どちらかというと「(選んで貰えなかった)悲しみ」が根本にあります。般若の能面を作る人はこの悲しみと怒りの表情を共存させることに大変苦心します。
 
アルバイトニュースですね・・。
 
学生時代に御茶ノ水でよく見ましたね。
 
当時は10枚ぐらいだったでしょうか????
 
ガリ版と記憶があります。
 
急激に枚数も・広告も増え製本され・・・・
 
新聞にしか求人がなかった時代・・・・
 
我々学生は、アルバイト探しによみましたね。
 
そのころの雑誌は・・・・
 
少年マガジン、少年サンデー、
 
朝日ジャーナル、アルバイトニュース、ヘルメット、機関紙のチラシ
 
を片手に持って・・・・
 
安保粉砕闘争勝利・・・・先駆という言葉が流行りました。
 
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「日本で最も求められている人材を輩出しているリクルートの生みの親が、そのDNAの秘密を打ち明けた」
 日本の財界人というのは、事の真相も確かめずに、事件や不祥事が起きると蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまうところがある。江副氏ほどの人物でも、かくの如く冷たい仕打ちを受けるのが、残念ながら日本社会の一面なのだろう。
 リクルート事件と長年の裁判により、彼は50歳から70歳まで、経営者としての“青春”のすべてをつぶされた悲劇の経営者であった。江副氏のご冥福をお祈りする。
 
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おっしゃるとおり、日本人は財界人に限らず末端までそうですね・・・・
 
私も苦い経験を思い出しました。
 
大きな視野からの思考がないのは日本の風土、教育の問題だと考えますね。
 
特に地方で純粋培養で生活してきた方々は、
 
その傾向が強いですね。
 
この様な方々が、教育者ですので悲しいですね。
 
ここに、私が長崎に帰ってきた目的の一つがあるのです。
 
 
 


 

66)誰でしょう?

 
 長崎人は誰でも知っています。
 
 
蝉時雨の暑い真夏の1945年8月9日11時2分、世界が真っ白い光りにつつまれ、すさまじい爆風と共に超高熱が走った。米軍機から長崎に原爆が落とされたのである。

 博士はこのとき、爆心地からわずか700mしか離れていない長崎医科大学の研究室にいた。あいつぐ空襲で負傷した患者であふれた教室で、自らの白血病と闘いながら診察中の被爆だった。

「そこへ不意に落ちてきたのが原子爆弾であった。ピカッと光ったのをラジウム室で私は見た。その瞬間、私の現在が吹き飛ばされたばかりでなく、過去も吹き飛ばされ、未来も壊されてしまった。

 見ている目の前でわが愛する学生もろとも一団の炎となった。

 わが亡きあとの子供を頼んでおいた妻は、バケツに軽い骨となってわがやの焼け跡から拾わねばならなかった。
 台所で死んでいた。

 私自身は慢性の原子病の上にさらに原子爆弾による急性原子病が加わり、右半身の負傷とともに、予定より早く廃人となりはててしまった。」
(永井 隆著「この子を残して」より)

 多くの研究資料が灰となり絶望感に打ちひしがれた博士は、目の前の新しい現実に立ち向かわねばならないことに気づき、救護活動に立ち上がった。そして新たな課題まだだれも研究したことのない病気、原爆症の研究が待っていた。

 おびただしい原爆症患者、あいつぐ死亡者。
 なんとか助けたいという思いで患者を探し歩き診察したが、とうとう自らも危篤状態におちいり、無念にも救護活動を打ち切らざるを得なくなった。

被爆した博士は、右半身に多数の硝子片切創を負い、特に右耳前部の傷は深く、右側頭動脈が切断されるほど重傷だった。
 滝のごとく噴き出す鮮血を、三角巾で縛っての負傷者の救護活動だったが、血が止まらず失血のため倒れた。
 9月10日ごろ原子病の症状が現われ、傷が壊死し始め高熱が続き昏睡状態に陥った。

 薄れる意識の中で
「光りつつ 秋空高く 消えにけり」

65)誰でしょう?

1994年日本文学史上において2人目のノーベル文学賞受賞者となった。
大学在学中の1958年、「飼育」により当時最年少の23歳で芥川賞を受賞。サルトル実存主義の影響を受けた作家として登場し、戦後日本の閉塞感と恐怖をグロテスクな性のイメージを用いて描き、石原慎太郎開高健とともに第三の新人の後を受ける新世代の作家と目される。

64)誰でしょう?

 
横光利一らと共に『文藝時代』を創刊し、新感覚派の代表的作家として活躍。『伊豆の踊子』『雪国』『千羽鶴』『山の音』『眠れる美女』『古都』など死や流転のうちに「日本の」を表現した作品を発表し、1968年(昭和43年)に日本人では初となるノーベル文学賞を受賞した。

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