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短期集中で、進めてきました徒然草(関西弁での現代語訳)は、今回で終了です。
冒頭に、説明してありますが、
父親が(即興で)大阪弁に直しながら読んで、横に居る娘(みどりちゃん)が、茶々を
入れるという形での、混ぜっ返し「軽ふざけ」の構成になっています。
これで原書のほぼ半分を訳してあります(面白いところだけです)、 ではでは!!!
親子、場外乱闘
「お父ちゃん、あのね」 「なん?」 「ちょっと、言うて置きたいことがありますねん」 「何や、言うてみいな」 「私、思いますのにね、こんな事してても、意味ないでえ」 「そうや、何の意味もないで」 「、、、、、、、」 「、、、、、、、、」 「あのな、面白うもないでえ」 「そうや、面白うもないわ」 「そんで、なしてこんな事やんねんな?」 「成り行きですわ、始めてしもうたら、止められんようになってもた」 「ようも、そんな!」 「あのな、お父ちゃんは、大阪弁で読んでるだけやで」 「そらそうや」 「みどりちゃん、横で勝手に混ぜっ返してるだけやで」 「そうや、頼まれたわけやない」 「それで良えやないかいな」 「これ、お金はいらん。もうすぐ死ぬぞ。これだけやん」 「、、、、、、」 「お父ちゃんは、私が二才の時に仕事やめたんやで」 「そうや」 「それからは、一円も家に入れてへんねんで」 「そない成ってしもうてん」 「私は、お母ちゃんだけに育ててもろうたんやで」 「お母ちゃんには、苦労させたなあ」 「お父ちゃん、小説書いて、ちっとも売れへんで」 「書くのんは、書いてんけどなあ」 「そんで、今は兼好法師を読んでる」 「ほんまになあ」 「お父ちゃん、5年前に、今度はお金を稼ぎます言うて」 「まだ、金にならんなあ」 「やり始めたんが、健康奉仕の会、これ何やねんな」 「何て、人さまの健康に奉仕するのやないか」 「徒然草へのシャレで付けた名かいな」 「いやまあ、そんな訳でもないけど」 「稼げるかいな、誰が10万円もの入会金払うかいな」 「高かったかなあ!!」 「それで、会の活動いうたらビタミン剤の飲み方を教えるだけ」 「誰も入会せんか?」 「そんなん、自分で分からんかいな、もう、、、アホ!!」 「どうしてもアカンか?」 「私が高校時代から、コンビニなんかでアルバイトしてると、、」 「何度か、お金を借りたなあ」 「何度かで済むかいな、合計で153万2,153円ですわ」 「半端がありますか?」 「利子やないの、年5分で払う、言うたやないの!!」 「そうやったかなあ」 「私、お母ちゃんに高校、大学出してもろうてん」 「お母ちゃん、偉いなあ」 「今度の会を作った時お母ちゃん、もうお父ちゃんは駄目や!」 「そない言うたなあ」 「それで別れてしもたんやないの、もう会わん言うて」 「もう遠い思い出です」 「なに言うてんねん、それでお兄ちゃんかて、縁切られてしもて」 「お兄ちゃん、元気でいてるか?」 「私だけやないの、お父ちゃんに会いにくるのは」 「他には、そよ風と、夜の月のみ」 「気取るのは止めてんか、私もう心を決めましてん」 「決めたて?」 「もうお金は返していらん、そして、今夜限りでお父ちゃんと縁切るわ!」 「そうか、それが良えかもなあ」 「もう、二度と会いにきませんわ」 「そうしますか?」 「私、これからは一人で生きていく事にしますわ」 「おい、三つ指なんて突いて、、」 「長々とお世話になりましたウッウッウッ」 「泣くことないやないか」 「そんなら、これで!!!」 「なんや、いま行くのんかいな、これ後2段で終わりやねん、、」 「、、、、、、」 「、、、、、、、」 「行ってもた、、」 「しょうがないなあ」 「あと2段、一人で読むよりないなあ」 第242段 長い年月を、好むと好まざると過ぎ越してきまするのんは、 ただただ苦楽のためですわいな。 楽というのんは、好み、愛する事ですわ。 これを求めるのんは、止む時がありしまへん。 楽欲には、一つは名誉。これには業績と、才芸からの二通りがあります。 そしてまた一つに、色欲。 そして味欲ですわなあ。 すべての願いは、この三つになりよります。 そしてこれは、自意識のでんぐり返りの相から出てきますによって、 幾らかの難儀が伴います。 そやよって、求めへんに越したことはありまへんで。 「、、、やっぱり、淋しいなあ、、」 最終段(243段) 八歳になりました時、父に問いましたそうな。 「仏さんとは、どんなもんですねや?」 父が答えて「仏いうのんは、人がなったんやで」 「その人は、どないして仏さんになったんやろ?」 「それは、仏の教えで、なりはってんや」 「それを教えた仏さんは、誰がなりはってんや?」 「それかて、先の仏が教えたもうたんや」 「その、最初の、一番初めの仏さんは、どんなもんやったんや?」 これまで問われて、父も困りましてんなあ、 「空から降ってきたんやろ、土から湧いたかもなあ」
こない言うて、笑いましたそうな。 「問いつめられて、答えられんようになって、ほんまになあ!」 と、誰彼にとなく、語りましたと、、、。 「クッ、クッ、クッ、クックッ、クッ、クッ」(哭) 了。
奥書
本書は、沢村聖から手渡された殴り書きから、
私(ミヤオ)が、原稿に起こしたものである。 沢村と私は、ともに文学の道を同じくし、形影相伴う仲である。 彼の人となりは、本文中に、娘さんとの会話の形であますとこ ろなく紹介されているから、ここには略す。 確かに彼は、まるで金を稼ぐ事がなかった。 私が知り合ってからの25年間でも、彼は何もしていない。 しかし、それは彼が、世界のために(彼はそう確信していた) 「健康奉仕の会」を作り、その運営に血道を挙げたからである。 この「会」のために、彼は2000枚に及ぶ原稿を書きあげた。 その間、奥様は何もグチを言わず、時々は涙を見せたが、子 供二人を育てあげて、それからは、やわらかく彼を捨てた。 言っておくべきは、奥様は彼の生活費も見たという事である。 奥様に捨てられてからは、まわりの友人達がたかられた。 それにしても、娘のみどりちゃんが、アルバイト金さえ巻きあげ られていた。これまでの凄まじさに、私は言葉を呑む以外ない。 みどりちゃんが、本書の混ぜっ返しで、お金に拘るわけである。 沢村は、運命的なまでに駄目男なのである。 彼は良い小説を書いた。その原稿枚数は3000枚に及ぶが、ま るで売れなかった。その理由が特殊なのである。 彼は、どの小説も完成の寸前で止めているのである。 まるで本書、第82段を思わせて、恥じるところがない。 みどりちゃんは、彼のもとを去った。 彼は、この原稿を私に託してから、1ヵ月後にお金持ちの未亡 人と再婚した。私は新しい奥様と、すでに何度かお会いした。 「あれほど怠け者とは思わなかったわよ、寝てるだけですもの」 新奥様は、苦い顔で、このように言われた。 沢村自身は「幸せだよ」と、言っている。 この会話のあと、みどりちゃんは姿を消した。 両親に気を使ってのことか、お母さんからも姿を消したそうである。 噂として伝わってくるところでは、横須賀のドブ板あたりで名前が 出ている「毛皮のマリー」が、みどりちゃんだという。 また別の噂では、佐渡島で金山の男どもを仕切っている「リンコ」 という女親分がそうだとも聞く(ミドリンコ、からの名だという)。 私が沢村から聞いたところでは、日本橋の小さな貿易会社の事務 員になって働いていると言うが、これは当てにはならない。 沢村のいう事で、まともな事は何もないからである。 彼は本質的に駄目男なのである そして私は、こんな沢村が(少しだけだが)好きなのである。 20005年1月吉日。 宮尾邦興(ミヤオクニオキ)編著。
発行、 御世韜晦の空文学社(みよとうかいのくうぶんがくしゃ)
メールアドレス、kunioki.m@orange,zero,jp おまけ、
私は、もう石地蔵になりたいのだよ。
雨、風にさらされて、少し崩れて、顔さえハッキリしない。 長い年月を、路傍に立ち尽くして、何もしない、、、。 (沢村聖、小説ライコーより) これで、完全に、終了です!!
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