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「お父ちゃん、みどりが解明した云うのはなあ」 「その秘密は」
「先にも、ちょっと言うたけど、安元から承冶、養和いうのん」 「連続してる」
「それどころか、毎年の激変の、大変な時代やってんでえ」 「それは理解」
「小松のおとど、だけが、皆の希望やってん」 「良い人でした」
「そのおとどが死んでもうて、三ヵ月後に清盛がなあ」 「何したんや」
「なんと後白河院を、鳥羽殿へ幽閉してクーデターやんか」 「革命かいな」
「こんな最中に、鴨長明はんは、不思議があったんやで、と」 「天地異を」
「そや、天地異変は、不思議とは違うんやけどな」 「災害は不思議じゃない」
「賀茂神社ってな、カミイカズチの神をいただいての」 「カミナリはんやろな」
「そや、担当部署は、天地の災害、雨、風もなあ」 「風水に渡ります」
「そんで長明はん、賀茂神社の次男で、神主の家系」 「加茂神社の禰宜や」
「加茂のネギ、つまり、鴨がネギしょって来ますねん」 「しゃれかいな」
「つまり、天地異変は加茂神社の担当なんですわ」 「それが何?」
「そやよって、さるお方からのおさとし、と言うたんです」 「神の怒りじゃと」
「つまり、平家が無茶をしよる、今に乱世じゃになあ」 「神のたたりじゃ」
「そんだけ、自分たちの出番やと思いつつも、」 「お払いせんならん」「それでも、冷静な長明はんは、お払いも役に立たないと」 「神は死んだ」
「この頃には、神も仏も役には立たんと、みなが言うたんです」 「そうやなあ」
「例えば建礼門院右京太夫、また兼実はんなど、大勢はんが」 「源平の合戦も」
「そうです、天変地異に重なったんが平家の没落やんか」 「戦争やった」
「先に言うた、後白河はん幽閉から、平家の没落が」 「始まったんや」
「こんなんを、ひと言も書いてへん長明はんは、何考えてた」 「何でしょう」
「天変地異は、間違いなく神の予兆やけど、どないもならん」 「神官ですのに」
「神も仏もないのんは、自分で良う分ってんねん」 「冷静になあ」
「そやけど家柄のもつ、神の取り持ち役の、血が騒ぐ」 「加茂の川原に」
「神が気になりますけど、政治の混乱は、その結果に過ぎへん」 「知らんわい」
「とはいいつつも、気になって、どうにもならない」 「気がかりや」
「さて、そもそも長明はんは、出世がしたかってん」 「若い頃はなあ」
「ちゃうで、57歳やかに、鎌倉へ実朝はんを訊ねてる」 「有名な話やなあ」
「実朝はんは、長明の本歌取りまでしてるファンやった」 「実朝はんが」
「そうや、瀬見の小河、いうてな」 「加茂川の事や」
「さていな、若い時も福原へ行って、仕官の口をさがし」 「そやったんか」
「五十なかばで、なお、実朝はんにすがったわけや」 「その結果は」
「いざ云う時に、格好つけてもて、素直になれないんですわ」 「実朝にも」
「実朝はんにも、哀願するのんが出来ない、対等に言うから 「処世術が不足」
いくら加茂のプライドかて、役には立ちませんわ」 「実朝、惜しかったなあ」
「まあ、歌を取り上げると切り無いさかい、方丈記だけに依ります」 「はいな」 「天地異変が記述のあとは、権門の近くやったら、とかの」 「これは処世術」
「そうです、出世をしたかった、その反動での逆説を洩らした」 「なるほどいな」
「だんだんと、自分が落ちぶれて行くありさまは、略してな」 「具体的じゃない」
「加茂の川原へ移ると、家は十分の一になった」 「車庫はあるけど」
「折節にたがえる事が生じて、また落ちぶれた」 「大原へ行くんやね」
「これから、さらに日野の外山で、百分の一の」 「方丈ですわ」
「言うことがふるってます、方丈こそが最高やん」 「体験したら分るとなあ」
☆ 「あのね、みどりが言うのんは、長明はんは出世したかってん。
そやけど、おそらくプライドが邪魔して、素直に高位の人と、合わせられへんかったんですわ」 「ほんなら何かいな」
「そうや、、賀茂神社の者やぞ、しかも歌と琵琶では、ちょっと」 「知られた人や」
「そやねん、そのプライドと現実の力には、差が大きかってん」 「なるほどな」
「だから、出世は出来まへなんだ」 「プライドが高すぎた」
「ちゃうねん、みどりが解明したんは、ちゃうでえ」 「諦めへんかった」
「それともちゃうねん」 「どうやねん」
「良う読んでみなはれ、浮かびあがるのんは」 「最後に、悟ります」
「これが悟りかいな、反対ですやんか」 「反対やろか」
「加茂の禰宜やけど神は信じてへん、仏かて信じない」 「神も仏もないわ」
「出世はしたかったけど、さすがに六十にもなったら、」 「無理やわなあ」
「何もかもが、もうしょうもない。さて、どないするか」 「どないやねんな?」
「お父ちゃん、あのね。人が言うのんは、、、、」 「人の言葉は」
「90パーセントは、言い訳と、自慢と、人の批判やて」 「そうかもなあ」
「長明はんは、これだけは書きしまへなんだ」 「なるほど、天災やもんなあ」
「徒然草なんか、他人をワイドショー的に取り上げるけど」 「長明はんは」
「そんな事は、ひと言も書きまへん」 「そうですなあ」
「よう考えてみなはれ、これはすごい事ですやんか」 「まだ、分らんなあ」
「つまり、長明はんは、家柄からも、歌や琵琶からも、」 「秀才のほまれ」
「ほまれ高かってんけど、人生と歴史の折節に、たがえて」 「ボタンの掛け違い」「そんなんで、世間でも買うてくれてたのに、出世出来なんだ」 「それは分る」
「あのね、彼はやせ我慢が、これこそが生き甲斐になると」 「我慢かいな」
「良くあるねん。我慢を続けていると生き甲斐になんねん」 「そうかもなあ」
「長明はんは、とうとう方丈での生活こそが、理想でっせと」 「言うしか無かった」
「そういうこっやねん。方丈記とは豊穣記だっせ、となあ」 「ほんま????」
「これで、全部が解明やねん。つまり理想と現実の背反を」 「背離をいな」
「死ぬ寸前に、プライドを保ったまんま、実現化しましてん」 『驚きですなあ』
「最貧に、沈むのんが、最高やねんでと、無理やりなあ」 「ほんまやなあ」
「方丈記の本質は、豊穣記なんだとの主張、その心理構造が凄い」。
「これによって、現代も読みつがれているんですわ」 「なるほどなあ」
「わたし、老いては子にです」
これで、方丈記は完了です。
「奥書」
本書は、私「ミヤオクニオキ」の古い文学友達である、沢村聖からのカセットテープを元にして、私「ミヤオ」が、原稿に起こしたものである。
前に発表した「親子で徒然軽ふざけ」に続く、沢村の作品であり、行方不明だった、みどりちゃんが、再び姿を現したのが、喜ばしい。
みどりちゃんが、この長い年月を、どのように過ごして居たのか。
それは、不明であったが、なによりも無事で良かったと思う。
沢村は、新しい結婚相手からも、捨てられて、現在は独身である。
どうして暮らしを立てて居るのかは、私に興味はない。
ところで、みどりちゃんに会ったので、「みどりちゃんは、何の仕事をしてるのん」と聞いた。
「あたし、セブンですねん」
「セブンアップの会社ですか?」
「違うやんか」
「そうか、質屋さんですか?」
「何言うてんのん、宮尾の叔父さんも古いなあ、セブンいうたら、イレブンやん」
「こんな会話で、そのような会社に働いていると判明したしだい」
「まあ、読後の感想を、知らせて下さると、関係者としては嬉しおます」
2010年 4月 9日 発行
御世韜晦の空文学社(みよとうかいのくう文学社)
発行責任者、 みやおくにおき
これで、完全に了。
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方丈記
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「とうとう最終回です」 「やっとです」
「では、行きますでえ」 「はいな」
★ それ、人が友を持ちまするのんは、 「友を選ばば、、」
お金持ちと、親しい関係になりたいよってです。 「書を読まへんか」
必ずしも、情けがとか、素直が愛らしいとかではない。 「六分の侠気とか」
ただもう、糸竹、花月を友にしてるんが良えです。 「糸は琴琵琶で、竹は笛や」
★ 人に召し使われる人は、賞罰がハッキリして、 「必賞必罰」
恩賞をくれる方の人に、なつきますねんで。 「ものくれる人」
されに、あわれみまして大事にしてくれると、必死に働くわ。 「そりゃまあ」
ただし、他人に雇われるなんぞは、止めとき。 「仕事はせな」
ちょっと召し使いが必要や、とか、そんな場合には、 「その時は」
すなわち、自分を召し使いなはるんが良ろしい。 「自分でやりなさい」
ちょっと苦労やが、人を従えたり、人を監督せんで済みます。 「当然やね」
★ もし、歩く必要がありますれば、歩きましょう。 「牛車はない」
苦しいなんて、牛と車、馬に鞍置いて、なんぞより楽やでな。 「歩くねん」
★ いま、一つの体を、分けて考えますとなあ、 「部分べつに」
二つに使えるわけだす。手の作業、足は歩行です、 「なんやねん」
自分の好きなだけ、使いなはれや。 「不足はない」
疲れたり苦しくなれば、休ませて、また使いなはれ。 「お好きなように」
★ 使ういうても、無茶はいけまへん。めんどくさいとて、 「めんどくさい」
心を悩ませるわけでは、おまへんしな。 「心は自由」
そもそも、常に歩く、また働くのんは、健康に良え。 「そうやでえ」
どうして無駄に休みますねんな、人を悩ませる罪業でんな。 「罪業やて」
考えてみなはれ、他人の力を借りる必要ないんです。 「自立の独歩」
衣食の問題かておなじやでな、藤の衣、麻の布、 「藤、麻の繊維での布」
これを得て、体を隠して、野辺のおはぎ峰の木の実、 「食べるんはナッツ」
たんたんと、命をつないだら良えんです。 「淡々とです」
★ 他人と交わりませんよって、姿を恥じるなんて無いわ。 「誰も居ないです」
食べ物が不足するとなあ、不味い物でも美味しうなるしな。 「空腹に不味い物なし」
すべて、こんな楽しみいうのんは、金持ちに言うんやない、 「そうやろなあ」
ただ自分の身ひとつに当てはめての、昔と今ですわいな。 「今昔物語」
★ それ、三界は、ただ心の持ちようだけです、 「すべての世界は」
心が安らかでないと、どんなお宝かて意味がない、 「お宝もなあ」
宮殿や楼閣かて、何にもなりまへんわ。 「そうでっせ」
★ いま、さびしい住まい、一間の庵を、自分は愛してる。 「愛があれば」
ちょっと都へ出たりしますと、自分の姿が乞食みたいやと思う 「我は乞食か」
けれども、ここへ戻りましたら、もう俗塵にまみれるのが嫌や、 「俗塵ですわ」
もしも、この言を疑いなはるお人がいましたら、 「信じないなら」
魚と鳥のありさまを見なはれ。魚は水に飽きへんわいな、 「当然やん」
魚にしか、この心は分りしまへん。 「魚ぞ知る」
鳥は、林に居るのんが好きやし、この心かて、鳥しか知らんわ。 「これも当然」
閑居の味わいかて、これと同じです。 「閑居」
住んでみいへんかぎり、誰にも分かりしまへん。 「誰にもですわ」
★ そんなこんなの内に、この一期の月も傾いて、 「一期一会」
私の寿命も端っこへと、近いんですなあ。 「山の端」
たちまちに、三途の川の闇へと向かいますねんで。 「三途の川や」
いまさら、何をしますかいな。 「さて、、」
★ 仏の教えは、どんな事にも執念を持つなと、なあ。 「脱執念」
いま、草庵を愛するのんも執念ですわ。 「愛は執念」
閑寂におもむくのんも、これも執着でアカンらしいなあ。 「閑居もダメ」
いまさらに、楽しみなんぞ数えて、無駄の時間やでえと、 「何かヤケかいな」
静かな明け方に、こんな事を考え詰めてたら、 「考えてたら」
自分の心に、質問をしましてん。 「自問自答」
★ 世をのがれて、山林に住んでるのんは、 「出家やんか」
心をおさめて、道をすすめるが目的やったんと、違うのんか。 「自分ではなあ」
それを汝は、姿だけ聖人に真似て、心は濁りに染まったあるわい。 「濁ります」
住みかは、なるほど浄名居士の例に習うてるけれども、 「これかて真似」
そのやったある事は、周利槃特にも及ばへんぞ。 「一番アホやった」
もし、これが貧しく浅ましかった前世の報いとして、 「前世の」
お前が悩まされているのんか、もしくは、 「もしくは」
迷いの心で気が狂てんのか。 「狂うたかいな」
こう質問したら、自分の心は、答えられへんのや。 「返事は保留」
ただ、自分の舌を雇いましてな、 「舌を」
別に請する気はないけど、阿弥陀仏と、三遍だけ、 「阿弥陀はん」
唱えて終わりにしました。 「さても、、」
時に、建暦の二年、弥生の月末のころ、 「弥生三月」
桑門の連胤、外山の庵で、これを書く。 「書き終わりました」
「みどりちゃん、これで終わったでえ」 「ほんになあ」
「みどりちゃんの、方丈記の謎解明は」 「あのね、次回にしよ」
「そうやな、疲れたしなあ」 「そうや、疲れたわ」
「と、いうことで、次回」 「みどりの、解明です」
「では、みなさん」 「では、では、では」
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「さて、みどりちゃん、方丈記の謎や」 「あぁ、はいな」
「天地異変や人災を、なして不思議と言うか」 「それですわ」
「これ、昔かっら、方丈記読みには疑問ですねん」 「では、解明します」
ここから、父と娘の言葉が、逆転します!
☆「あのな、お父ちゃん、鴨長明さんて、どんな人や」 「加茂神社の神主の次男や」
「そこが一つのみそです」 「何でしょうか」 「天地災害の話しが始まるのん、年号がヒントやで」 「年号かいな」
「まず安元三年(1177年)、ちなみに前の年に建春門院が死にはった」 「はいな」
「次に大事なんは、翌年に建礼門院が安徳天皇を産みなはった」 「治承二年や」
「ほんで治承三年(1177年)には、小松のおとどが、死なはる」 「清盛の長男」
「この、おとどは、大変評判の高いお人やった」 「清盛に文句がいえたで」
「この同じ年に、清盛が、後白河はんを閉じ込め禁足にしはった」 「有名やな」
「これが平家の没落になって行くねん」 「そうや」
「ほんで治承四年、辻風、さらには福原遷都です」 「連続してます」
「それから、、養和の飢饉です」 「養和(1180〜81年)やなあ」
「これを、長明はん、なして忘れた言いますねんな」 「忘れたんやろ」
「連続してますやんか」 「わざと忘れたんか?」
「あのな、長明はんは、加茂神社の次男ですねん」 「そうです」
「賀茂神社いうたら、雷と火事の神さんやで」 「そうやけど」
「天災と政治異変が交代で起こるんや」 「そうか、なるほど」
「賀茂神社の神官としては」 「神の怒りを鎮めな」
「しかし、本音では、お払いでおさまるやろか」 「それはちょっとなあ」
「天災は、神のお告げじゃぞ。と思うけど、自信ない」 「それで不思議となあ」
「当時の宗教界は、どやった?」 「平安から鎌倉仏教へと」
「最澄、空海、法然、一遍、日蓮、新仏教やで」 「神さんは、影うすい」
「長明はんのプライドは如何だったか」 「プライド高そうやな」
「と、ここまでにして、次に行きましょう」 「そうやな」
デ、また以前のかたちに戻します。
★ また、ふもとにひとつの柴の庵があってな、 「別にも庵です」
つまり、この山守(山林管理)の居るところですわ。 「山守」
そこに、ちょっとした子供があって、時々訊ねて来よる。 「子供が来る」
そんなんで、退屈なときは、友達として、散歩もします。 「子供と散歩」
彼は十歳、こっちゃは六十。 「半世紀の差」
★ その年齢は、ことの他ですけど、暇つぶしなら、同じやわ。 「暇やからね」
ある時は、茅花を抜き、 「抜いた元を食べる」
岩梨をとり、ムカゴを盛り上げて、 「山芋の脇芽芋」
また芹を摘みます。 「山菜です」
あるいは、山裾の田に行きまして、 「田んぼ」
落穂を拾いまして、穂組を作って遊びまんねん。 「あくまで遊び」
★ もし、日がうららかやったら、峰によじ登ってな、 「峰にですわ」
はるかに故郷(加茂)の空を見て、 「見て」
木幡山、伏見の里、鳥羽、羽束師をのぞみます。 「見わたす」
勝地は主ないよって、心を慰めるのんに障りはあらしまへん。 「勝地=風景です」
歩くのんにわずらいない場合は、心が遠くまで行きたがる、 「そんな時は」
これより、峰続きに、炭山をこえ、笠取もすぎてまう、 「ドンドン行く」
あるいは岩間の神さん拝みまして、さらに石山を拝みます。 「神さん好きや」
もしや、また、粟津の原を分けてでんな、 「さらに行く」
蝉丸の翁の跡を弔いまして、 「蝉丸法師のお墓」
田上河を渡りまして、猿丸太夫の墓にも詣でてなあ。 「猿丸はん」
帰りには、折につけて、桜を刈り、紅葉を求めて、 「春も秋もです」
蕨をとり、木の実かて拾いまして、仏に奉りますし、 「仏も大事や」
また、家への土産にしますねん。 「自分でも食べる」
★ もし、夜が静かやったら、窓の月に故人を忍び、 「故人をです」
猿の声に、袖を涙でぬらしたり、なあ。 「涙でくもらせて」
★ 草むらの蛍は、遠くの真木のかがり火に見立てて、 「見立てですわ」
暁の雨やったら、何とのう木の葉を吹く嵐となあ。 「早朝の雨や」
山鳥がホロと鳴くのんを聞いても、父か母かと、ですワ、 「父母が忍ばれて」
峰の鹿が、なれて近くへ来よるんは、 「奈良。京都は鹿がな」
そんだけ世から遠ざかったんやと知るばかりや。 「都は遠い」
★ あるいは、また、、埋み火を掻き起して、 「炉に埋み火」
老いの寝覚めの友としますねんで。 「老いの友や」
★ 怖ろしい山ではありまへんよって、 「そこそこなあ」
梟の声をあわれみつつ、山中の変化やなんか、 「梟が鳴く」
折につけても興味が尽きる事はないわいな。 「尽きないです」
いうまでもなく、深く思い、深く知ろうとするお人なら、 「深い、深い」
こんなんは、何てこっちゃないけどな。 「何て事ない」
★ おおよそ、此処に住み始めた時は、 「始まりは」
ちょっとこれは(大変かも)と、思いましてんけど、 「そうやろなあ」
もうすでに、五年ですねん。 「五年経過」
仮の庵も、もう故郷みたいなもんや、 「新故郷」
軒には朽ち葉が溜まります、入り口の外には苔がついた。 「苔むして」
★ どこからとなく、都の事情が聞こえてきますと、 「風の噂か」
この山に籠ってから、やんごとなき人も死にはったと、 「天皇家も」
それも、何人ともなあ。 「あの人、この人」
★ ましてや、数にも入らんのんは、これ知りようもあれへん。 「そうやなあ」
度重なる炎上に、燃えてしもうた家、またどんだけあったか。 「大火にです」
ただ仮の庵やったら、のんびりと安心、心配いらへん。 「ほんとうに」
狭いと云うたかて、夜に寝る床はあります。 「寝るのは楽ちん」
昼に座ってるだけの場所にも、困りはしまへん。 「座布団一枚」
体ひとつを宿すのんに、不足はないですわ。 「足りてます」
★ やどかりは、小さな貝を好みますやろ、 「カドカリなあ」
これは理屈が分ったあるからですねん。 「身丈に合わせ」
ミサゴ鳥は荒磯にいますのんは、これ人間が怖いよって、 「人間は怖い」
わたしも、やはり同じですねやわ。 「人間恐怖症ですわ」
★ 事を知って、世を知りまして、願わへんと、焦らんとな。 「足るを知る」
ただ、静かなんを望みまして、憂いのないのが楽しみでっせ。 「後は死ぬだけ」
★ すべて、世のお人が家を造る習慣は、 「習慣やねん」
必ずしも、身のためやないです。 「為にならんぞ」
ある人は、妻子眷属のためになあ、また、親友朋友への見栄。 「虚栄の都」
あるいは、主君、師匠また、牛馬や財宝のためだったりな、 「馬小屋も綺麗にな」
これを造りますねん。 「ほんまやで」
★ わたしは、今は、自分の身の為に、造ったわけだす。 「自分本位」
他人の為やないでっせ。 「他人は知らん」
考えてもお見なはれ、今の世のならい、この身のありさま、 「考える人」
訊ねて来る人もないし、雇う下人も居てません。 「見捨てられたん」
そやよって、広う造っても、誰を泊まらせて、誰を相手にしますねん。 「、、、、、」
「方丈記も、だんだんと、ラストが近いですわ」 「ほんになあ」
「次回で、終わりますやろ」 「終わりにしましょう」
「みどりちゃんの、解明もなあ」 「はいな、OKやで」
「では、では、では」 「みなさん、また」
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★ その家いうたら、世の常識ではありまへん、 「つまり、これが」
広さは、わずかに方丈(一丈四方)です。 「つまり3m四方や」
さいな、その高さは2メートルにも及びまへん。 「狭くて、低い」
★ 場所も、とくに定める気持ちもないよって、 「どこでも良え」
地面を占拠はしまへんで、土台を組んで、 「基礎は固めへん」
それで屋根はこけら 「板葺きですわ」
柱や梁の継ぎ目は、掛け金を掛けましてん。 「簡単になあ」
★ もしも、心にかなわない時は、たやすうに他へ行けます。 「遁走も可能」
その、新しく造ったのん、どれだけも煩いないでっせ、 「面倒はなかった」
★ 車で二台の材料だけや、車に厄介になっただけで、 「車にて二台」
他には、まったく煩いは、掛けてまへん。 「あとは簡単」
★ いま、日野山の奥に、隠れるように住んで、 「日野山ですわ」
東向きには三尺(1メートル)の庇をだして、 「庇を」
柴折り、燃やして炊事の場所や。 「炉です」
★ 南には竹のスノコを敷いて、 「畳はない」
その西側に閼伽棚です、 「閼伽棚は、供養水置きの棚」
北側は衝立を隔てにして、阿弥陀の絵を安置や、 「阿弥陀さん」
傍に、普賢菩薩を掛けて、前には法華経、置きました。 「普賢と法華」
東の方に、蕨のほどろを敷いて、夜の寝床になあ。 「蕨の穂が開いた綿や」
西南に竹で吊り棚こっしゃえて、黒い皮籠を三個、 「棚に籠を三個」
これすなわち、和歌、管弦、往生要集なんどの抄物を入れた。 「保管にな」
★ かたわらに、琴、琵琶、おのおの一張を置きましてん。 「琴と琵琶」
いわゆる折り琴、継ぎ琵琶、ですねん。 「組み立て式」
仮の庵、こんなありさまです。 「これが方丈庵」
★ まわりの状況は、南に懸樋(かけい)があります。 「山水の樋」
岩を具合良うして、水を溜めてあんねん。 「なるほど」
近くに林があるよって、薪を拾うのんに苦労はおまへん。 「林の近場」
この場所は、外山(音羽山)言いますねん。 「山のあたり」
まさきのかずらが、一面を埋めてます。 「かずら」
谷は木が茂ってな、西側は見晴らしが良いよって、 「西側だけは」
いざ観念せないかん場合には、西方浄土や、招いてくれるかも。 「西へ成仏や」
★ 春は藤の花が、波うつ感じやで、 「藤波ですわ」
西方浄土へ向うときの、紫雲たなびきや。 「のんきやわ」
夏は、ホトトギスが鳴きますよって、奴等と語りあうようで、 「ホトトギスと」
死出の山道も、案内に不安はないですわ。 「ホトトギスが案内」
秋は、ヒグラシの声が、耳に満杯ですねん、 「その日暮らし」
空蝉の世を悲しむようでんなあ。 「蝉の抜け殻で、死」
冬は、雪にあわれを感じます、積もっては消えるんが、 「雪やでなあ」
人の罪障に例えてしまいますわ。 「罪も消えんとなぁ」
もし、念仏を唱えるのんに気が進まへん時は、 「念仏も面倒や」
お経を読むのもじゃまくさい時は、 「そんな時もある」
自分で勝手に休んで、放ったらかしです。 「自分が決める」
文句いう人はいまへんし、恥ずかしう思う人かておらん。 「我一人や」
ことさら、黙り込んでるわけやないけど、一人やねんで、 「独居やねん」
口煩く言うことはあれへんしなあ。 「小言は言わん」
ちゃんと禁戒を守ってはおりまへんけど、 「禁戒、生活のきまりやな」
何というても、こんな暮らしやよって、守るも破るも、 「まったく気にしない」
★ もしも、舟の白波が消えるのんに、我が身を感じてみるなら、 「舟の跡」
岡の屋に行き交う舟をながめて、満沙弥(まんしゃみ)の、 「満沙弥、歌人です」
真似事をして、風情をたのしんだらよろしい。 「風情をです」
もし、桂に吹く風が、葉を鳴らす夕べやったらば、 「こんな場合は」
白楽天の真似をして尋陽江を思いやり、また、 「また」
源都督を真似たらよろしいねん。 「琵琶の名人で、歌人」
また、もし興に乗ったら、好きなだけ松風に、 「松風に」
合わせて秋風楽(曲です)を演奏しますし 「風流ですやん」
水の音に流泉の曲を弾きますねん。 「琵琶です」
芸は拙うおますけど、人に聞かせるんと違う、 「琵琶ならちょっと」
独りで弾いて、自分だけ歌い、心まかせだけや。 「ほんまになぁ」
「今回は、ここまでや」 「そうですなぁ」
「ところで、みどりちゃんの」 「なん?」
「方丈記の謎いうのん」 「あっ、はいな」
「まだ、明かさへんのんか」 「ちょっと言いましょか」
「何ですねんな」 「最初の頃になあ」
「はい」 「世の不思議を見る事、たびたび」
「はい、あったなあ」 「天災や人災が、不思議な事やろか」
「あぁ、それはみなさん、疑問ですねん」 「この疑問が解けました」
「ほうっ!!!」 「次回に言いましょう」
「ほんなら、次回を期待やな」 「では、では、、」
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「六回目になりました」 「長々となあ」
「行くでぇ」 「はい、はい」
★ もしも、自分の身分が、数に入らんほどに低うて、 「数に入らん」
それで権門の高い人の隣に居るんやったら、 「お隣どうしで」
深い喜びがあったかて、これを大いに楽しむのんは無理、 「何でや?」
嘆きが切なるときかて、声をあげて泣くのんも無理やでぇ。 「なしてや?」
進退が簡単ではおまへん、立ったり座ったりさえです、 「はい、、、」
恐れ心配での気配りやさかい、 「気を使う」
例えばです、雀が鷹の巣に近づいたようなもんやで。 「雀がなぁ」
★ もしも、貧しくて富者の隣に居るものは、 「貧乏者は、、」
朝夕に、貧乏ったらしい姿を恥てしもうて、 「自分で恥じる」
へつらいながらの出入りになる。 「こそこそと」
妻子が隣を羨ましがりよるのん見ても、 「妻子がな」
お隣の人が、こちらを蔑んでるのを聞いても、 「聞こえたん」
心は、揺らぎ動いてもて、ちっとも落ち着かへん、 「劣等感ですわ」
★ もしも、狭い土地に住んでおりますれば、 「都会のなあ」
近火の場合には、災難が降りかかりよる。 「燃え移る」
これが僻地に住んでたならばです、 「僻地ならば」
仕事の往復も煩わしいし、盗賊にあう危険もあります。 「盗賊がいた」
また、勢いの盛んな人は、貪欲が深いもんやし、 「そうかもなあ」
付き合いのない人は軽く見られます。 「軽者に」
★ 財産を持つ人は、それが心配の種、 「金があるから盗まれる」
貧しい人は、ひがんで恨むしなあ。 「ひがみ」
★ 人に雇うてもろうたら、自分の身が無うなるでぇ。 「そら仕事や」
他人を世話したら、心は、恩義やなんやと疲れるしな。 「そうですな」
★ 世に合わせてたら、身は窮屈やし、 「智に働けば角がたつ、情に棹させば」
世に従うのを止めるんは、狂うたんと同じようやしな、 「狂です」
★ どないして、また、どんな生き方をしてや、
ちょっとでもこの身を住まわせて、わずかに心を安らげますか。 「、、、、、」
★ わたし云う者は、父方の祖母の家を、養子で継いでな、 「菊家という」
久しうその家に住んでたんや、 「菊太夫という」
★ その後、縁が欠けましてん、身も衰えますわいな、 「何かあった」
未練はいっぱいありましたけど、どうにもならん、、、でなぁ。 「跡取り止め」
★ そんなんで三十過ぎに、我が心と相談して、 「自分で考えて」
ひとつの庵を建てましたんや。 「庵とは?」
これは、以前の屋敷に比べたら、十分の一ですわ。 「一割ですわ」
★ ただ家を構えた言うだけです、立派とは、とても言えんけど。 「家ではある」
わずかに築地は造ったです、せやけど門は造られしまへん。 「門は地位です」
★ 竹を柱にしたガレージでなぁ、車は入れたけどな。 「牛車はある」
雪や、風の強い日には、どうも心もとない家やった。 「どんなやねん」
★ 場所が、川原(加茂の川原)の近くやった、 「自分の名前に、縁があります」
そやよって、水の難儀(洪水)や、白波(波害)の、 「ほんまかいなぁ」
恐れがありまして、心配の元で落ち着かんです。 「心配性かいな」
★ そんな風に、この世を思いつつ、心悩ませながら、 「悩みは自由です」
三十余年ですわ。 「三十四年やでぇ」
★ その間、折々の節目になぁ、 「何があったん」
自分に、運は少ないと、悟りましてん。 「三十年かけて」
★ つまりは五十歳の春を迎えて、家を出ましてな、 「五十を越えて」
世に背いたわけだす。 「世を捨てた」
★ もとより妻子は無いよって、心を引き止めるもんは、 「心残りは」
ないです。 「無いかいなぁ」
★ 身に官禄(役人の位)ないですわ。 「役人じゃない」
何に執着するものが、ありましょうかいなぁ。 「悟りやて」
★空しく大原山の雲中に眠って、 「大原山の中で」
ここで、さらに五年を暮らしましたんやでなあ。 「五十過ぎてなあ」
★ ここに、六十歳になる、露の命も消えやんとに及んで、 「及びも、及んで」
更に、末の葉を宿りを、建てましてん。 「死に場所です」
★ 言うたら、旅人が一夜の宿、蚕が最後に繭に籠る、 「蚕がなあ」
そんな、命のいとなみですわいな。 「限りある命」
★ この家を、この前のんに比べたら、 「さあ、どない」
更に百分の一って、まあ、それにも及ばんですわ。 「百分の一」
とかく、年齢は高まりますが、住まいは狭まりますねん。 「上手く行かん」
「今回は、此処までにしょうやないか」 「そうやねぇ」
「次回からは、いよいよ方丈が記述されるでぇ」 「方丈記やで」
「では、では、また!!」 「また、来て下さい」
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