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ここ最近、本の話題が随分ご無沙汰になってしまいました。ここで一気に紹介します。
まずは、『読み終わった本』
シオドア・スタージョンの短編集です。7本所収されていて、その中でも傑作だったのが「金星の水晶」です。とりあえず1つづつ紹介していきます。
『影よ、影よ、影の国』:ボビー少年は父親と意地悪な継母グエンの3人で暮らしている。グエンはボビーの父親がいないと、事あるごとにボビーを精神的にいびり、口汚くの罵り、おもちゃを取り上げる。遊ぶものをすべて取り上げられたボビーは真っ暗な部屋の中でランプを点けて影絵遊びで空想の世界に浸るが、それをグエンに見られて・・・
書評:これは昔からよくある童話的な物語。しかしスタージョンはそこに自分のテイストを加え、独自の世界観を作り出してます。そこには「決して権威・権力に負けない」というメッセージがあり、グエンは当然ながらひどい目に遭います(笑)。
『秘密嫌いの霊体』:エディは街で出会った風変わりな娘マリアに一目惚れした。しかしマリアには秘密があった。彼女は霊に憑りつかれていた。周りの人々の悪意や憎悪を感じ取り、真実を人々の前にさらけ出してしまうという厄介な霊だった。そのせいで人前に出るのを嫌がるマリアを無理矢理パーティに連れ出したエディは、彼女の告げ口によって、仕事を失ってしまう。しかしそこでエディが考え出したのは・・・
書評:いかにもスタージョンらしいスプラスティックな笑い。これは映画化したら面白そうです。人の命を奪う霊ではなく、秘密をばらす霊というのが、いかにもスタージョンらしいです。
『金星の水晶』:重要な資源である「金星水晶」を手に入れるべく、宇宙船スタールアー号で金星に向かったクルーたち。しかしその中で、唯一スロープスという男は場違いな人間だった。何をやってもドジばっかりでおっちょこちょいのスロープスを、クルーは笑い者にする。そんなスロープスをかばうのが操舵士の女性ローナ・バーンハートだけだった。やがて金星に到着するが、先住民である〈わめき屋〉たちにクルーたちは襲われて立ち往生。そこでスロープスは1人で彼らに向かっていくが・・・
書評:これは面白い! まさしくスタージョンらしいヒューマニズムが溢れる傑作! クルーの1人、エイスが過去を語るという形式で物語られていきます。人間が〈わめき屋〉を誤解するところなんかは言い換えれば「人間が野良猫を可愛がろうと手を出そうとすると逃げる」といったところで、異形のものに対する恐怖が『認識の相対性』として描かれてます。最後のオチ、というかエイスの語る結末が最高でした。
『嫉妬深い幽霊』:若く美しい娘アイオラは街で偶然出会った青年ガスにいきなりビンタする。しかし、それはアイオラのせいではなかった。それは彼女に恋慕する「嫉妬深い幽霊」のせいだった。彼女に近付く男たちには、必ず災難が降りかかるため、わざとガスを嫌っているような態度を取ったのだった。そこでガスはある方法を思いつくが・・・
書評:「秘密嫌いの霊体」同様、これも霊に憑りつかれるという話ですが、ちょっと呆気ない展開でした。
『超能力の血』:超能力を持つ「ぼく」の血を引いた娘トウィンクは、生まれる前の胎児ながら、「ぼく」とのテレパシーを発達させていた。事故の衝撃で、母体ともども傷を負ったトウィンクが瀕死の状態であると思い込んだ「ぼく」は、彼女を生かすべきなのか悩んだ末に・・・
書評:これはあまり面白くなかったです。一人称は使い方次第で良くもなれば悪くもなります。一人称での語りは『語り手』と『聞き手』がいて成立するものですが、この話に出てくる主人公は自らを「ぼく」と称するだけで、名前は出てきません。話も一本調子で、ちょっと退屈でした。まぁ、中には合わないものもありますよね。
『地球を継ぐもの』:愚かな行為を繰り返し、絶滅の淵に立たされた人類は、自分たちの英知を合金に彫り込み、次代の生命に残そうと考えた。その動物とは・・・
書評:これは面白かった! その動物というのが人間に近いような近くないような微妙な選択(笑)。もちろん『猿』ではありません。『猿』ではありきたりでしょうから、あえてこの動物を選んだのかも・・・? 地球の未来を託そうとする人間と動物側のギャップが笑えます。 『死を語る骨』:発明家ドンジーが作ったのは、骨からその生前の記憶を追体験できる装置だった。実験で羊や牛の意識を体験した彼は、ふとある事を思いついた。一週間前に事故死した女性ユーラの骨を見てみれば、彼女の死因が判明するかも!愛人と駆け落ちしようとして事故に遭ったといわれているが、到底信じられなかった。ドンジーはユーラをないがしろにしていた夫ケリーに、ユーラの骨で記憶を追体験させようとするが・・・
書評:これも面白かった! スタージョンらしい「奇妙なテイスト」に溢れてます。『骨』といえば「ボーンズ」っていうTVシリーズがありますが、この装置があれば、あっという間に事件解決するでしょうね(笑)。
オチはものすごいブラック・ユーモアでした。
わたしはジョーナ。『世界が終末をむかえた日』の執筆準備にとりかかったのは、キリスト教徒だったころのこと。いま、わたしはプエルト・リコ沖のサン・ロレンゾ島にいて、禁断のボコノン教を奉じている。ボコノン教に入信したそもそものきっかけこそは、ほかならぬ未完の大作『世界が終末をむかえた日』なのだった。
書評:本作について一言で言えば『ヴォネガットの描く黙示録』といったところでしょう。
宗教とは一体何か? 人間は宗教に何を求めるのか? 宗教の、または神の名の元に戦争をする人間(キリスト教)がいる一方で、小さな島でひっそりと奉じられている(ボコノン教)の信者はいたって平和主義。もちろんボコノン教はこの小説のために作られた架空の宗教である。多数vs少数では、結局のところ数の原理で多いほうが少ないほうを押さえつけるというのが世の常であって、この本ではボコノン教はカルトとして禁じられている。
科学とは一体何か? 人間は科学に何を求めるのか? 科学の発展で人類の生活は向上する一方で化学兵器や核兵器が作られ、大勢が死んでいく。
宗教と科学は相反するものだが、共通してるのは「胡散臭さ」である。『嘘』、『傲慢』、『知ったかぶり』。
原爆を作った科学者の1人が開発した究極の化学兵器「アイス・ナイン」。それは見た目は水晶のような固形物だが、ちょっとした水分に触れるとたちまち凍りつく。軽く唇をつけただけでも、その人間はカチンカチンに凍りついてしまう。
そんな恐ろしい兵器を作る人類など滅ぶべきだ、とヴォネガットは言いたかったのかもしれない。
1963年に書かれた本だけど、これを読むと今の日本の情勢を憂いたくなる。
STAP細胞、集団的自衛権、変人だらけの政界・・・。
まさに『今、読むべき本』なのかもしれない。
『最近買った本』
『フェイス・オフ』って映画があったけど、それとは全く関係ありません。
海外作家が日本の作家と大きく違う所は、「遊び心」があるところですね。
この「フェイス・オフ」には作家たちの遊び心が満載なのである。
いわゆる小説上の「お馴染みのキャラクター」、例えばジェフリー・ディーヴァーにはリンカーン・チャイルド、F.ポール・ウィルスンには始末屋ジャック、リー・チャイルドにはジャック・リーチャー・・・と、日本でもすっかりお馴染みです。
「そういった作家たちが作り上げたキャラクター同士が対決したら面白いかも」というアイデアで生まれたのがこの本。表紙を見れば少なからず知ってる名前があるはず。
特に注目すべきはこの真ん中の2組!
ジェフリー・ディーヴァー vs. ジョン・サンフォード
ヘザー・グレアム vs. F.ポール・ウィルスン
真っ先に『ヘザー・グレアムのマイケル・クイン』と『F.ポール・ウィルスンの始末屋ジャック』を読み始めました。
あとは・・・・
これらも少しずつ読んでます
最近になってですが、ヴォネガットにハマってます。
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