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一月下旬の東京では 珍しく 雪のちらつく早朝
午前4時 真っ暗な空の下 住宅街の路地に ひとりの初老の男が倒れていた
その男は 道路の真ん中に 拳を握り締めた両腕を伸ばして うつぶせになっていた
グレーのオーバーコートから 濃い茶色のスラックスが伸びていた
帽子はかぶっておらず 薄くなった頭髪に かなり白いものが混じっていた
微動だにしないその男の様子が そんなに細かく窺えるのは 男の姿が灯りに照らし出されているからだ
白い街頭の灯りではなく オレンジ色に揺らめく 禍々しい灯りに 照らし出されているからだ
灯りとともに 熱気も男に吹き付けていた
降りかかる雪が 吹きやられ 地面にたどり着く前に 融けて消えてしまうほどの熱気だった
男の倒れているまん前の家が 紅蓮の炎に包まれて 燃え上がっていた
近所の家に灯りが点り始めていた
玄関が開く音 人々の気配 ざわめきが起き始めていた
やがて 遠くから 消防車の鐘とパトカーのサイレンの音が いくつも近づいてくるのが聞こえてきた
だが 倒れている男は ピクリとも動かない
火事の火から顔を背けているので その表情は 窺い知ることができない
遠くで 怒号と激しく人の動く気配がしている
路地が狭くて 消防車が入れず 消防士達が叫びつつ近づいてくるようだ
燃え上がる炎は 夜空を焦がし ますます勢いを強めている
その灯りに照らされている男の姿は 相変わらず道路に張り付いた影のように 動かなかった
燃え盛る家の中で何かが崩れる大きな音がして ひときわ大きな炎が上がった
そして いくつもの激しい足音が近づいてきた
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真っ白な病室の中 淡いグリーンのカーテンが半ばまで引かれたベッドに 初老の男が横たわっている
あの火事の現場で倒れていた男だ
頭には包帯を巻き 右腕に点滴が入っている
くたびれた印象の 生気のない顔で 両目は固く閉じられていた
しかし 上掛けに覆われた胸は 規則正しく上下しており 眠りは穏やかなようだ
午後の日差しが差し込んでくる病室の中は エアコンが効いて 心地よい温かさに保たれている
静かな部屋の中に かすかな気配が沸いた
男の顔に微妙な表情が浮かび まぶたが震えだす
やがて 大きく息を吐くと 男のまぶたが徐々に開かれてゆく
焦点の合わない目を泳がせていたが 天井の一角に焦点が合うと 一気に精気が瞳に宿る
ゆるんでいた表情が引き締まり 口元に力が入る
その食いしばった歯の隙間から 細い息とともに かすかに声がもれる
「じいさんの名に懸けて・・・」
怒気とも執念ともつかない炎が 双眸に宿っている
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…<(__)>…
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