以下はいつもの確認。
世間の理解を得るため、さしあたり、合格率が低迷している
下位の20校程度は撤退(募集停止)するほうがいいでしょう。
しかし、それだけでは合格率は微増するだけで、
なんら根本的な解決にはならないのが明らかです。
「質を向上させよ」だの「統合・廃止を急げ」だのは
焼け石に水の補助要素にすぎません。
結局、
1 現行の法科大学院制度を中止する。
(全面的な廃止。または、司法試験の受験要件からはずし、
修了者に科目免除を与えるのみの機関にする。)
2 合格者数を3000人へと引き上げる。
この究極の2点しか、問題を根本的に解決する手段はありません。
この二択あるいは折衷をするしかないことが明白であることを、
早く関係者には理解してもらいたいものです。
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司法試験制度
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まだまだ撤退(募集停止・廃止)はありえるだろう。
旧司法試験の実績がない私立大学
約20校程度は撤退したほうがいいと思います。
ある弁護士さんは、
「40校程度撤退し、入学定員が3000人になれば、2000人合格で、
全体合格率約7割。そこで落着するのではないか」
と予想しているようで、たしかにわかりやすい結論。
ただ、そううまくいくかは考えものです。
1 各校にもプライドがある以上、40校撤退は容易ではない。
2 大学側が及び腰になれば、日弁連は勢いづくでしょう。
2000人が、1500人、はては1000人へと戻される可能性も。
3 もちろんそんな、「限られた有名校が、限られた優秀学生を囲う」
という状況が法科大学院の趣旨に沿うのか、という根本問題になる。
やはり、
「法科大学院制度を廃止する」か、
「司法試験合格者を3000人に引き上げる」か、
どちらかしかないと思います。
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受験資格がない「抜け道」と化してしまっている以上、
合格率が極めて低く抑えられてしまうのは当然だろう。
その意味で、予備試験を「もう一つの道」などと
吹聴している人々はどうかしている。(それなら、
法科大学院制度の廃止をまず主張すべき。)
とにかく、今の予備試験の設定はおかしい。
受験資格として、
1.書類や面接で、法科大学院に入学できない
正当な理由の証明・説明を求める。
または、
2.大学院で法学系の修士学位を得ている
(法科大学院修了者や大学院法学系専攻修了者)
といった基準を設けるべきだろう。「抜け道」ではなく
「救済の道」であるということをはっきりさせるべき。
それならば、1000人や2000人くらい通過者を出しても
不思議ではない。
予備試験まで「競争試験」にするなど馬鹿げている。
書類選考や面接を中心として、その人の“事情”を問う
オーディション方式にするべきだろう。
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法科大学院の問題となると、
「教育の体制がなってない。特に、
質の悪そうな無名校は撤退すべきだ。」
というのが通例の決まり文句となっている。
もちろん、一つの要素として否定はできない。
しかし、はたしてそれだけが問題なのだろうか。
「2012年度の募集定員」と「各校の合格率推移」をながめてみた。
(数値は『法科大学院徹底ガイド2012年度版』日経HR刊より)
1 「教育の質が低い」というのは無理がある。
新聞などでは、「合格率を挙げるためもっと
ちゃんとした教育をすべきだ」と散々言われるが、
根拠があいまいであり、私の見立てでは誤りだと思う。
2008年から2010年の各校の合格率を平均すると、
およそ、東京大学が53%,京都大学が47%,
一橋大学が58%,慶応大学が51%である。
(前回の記事と繰り返しになるが)
日本のトップ大学の合格率が50%そこそこなのである。
東大単独でも7割にとても届かないのに、
全国で7〜8割を達成するなど不可能だ。
これは、はっきりいって試験の難易度が高すぎるか、
あるいはあえて合格者数を閉ざしていると見る方が
どう考えても自然だろう。これだけを見てなぜ
「教育体制がなってない(質が低い)」
という結論になるのか、理解に苦しむところだ。
2 大規模校は定員を減らすべき
一方、とにかく合格率を上げる方法としては、
入学定員を減らすというのが、もう一方の手だ。
ただ、それは公平・均等に行われるべきだろう。
「大規模校の存在」はあまり批判の対象とならない。
入学定員数の格差ははなはだしい。
見過ごされがちだが、大半の法科大学院は、
わずか定員各30人前後である。そして中間層といえる
北大,東北大,神戸大,九州大などですら各80人である。
ところが、中央や早稲田は各270人、東大は240人,
慶応は230人,明治大学170人もとっている。
首都圏は人口密度が高いといっても、
やはり飛び抜けて高すぎはしないだろうか。
東大,早稲田,慶応,中央,明治は、
各30〜40人は減らすべきだと思う。
あと、やや多いと感じるのは、
駿河台大学(48人),成蹊大学(45人),大東文化大学(40人),
東洋大学(40人),日本大学(80人),法政大学(80人),
名城大学(40人),関西大学(100人),関西学院大学(100人),
甲南大学(50人),同志社大学(120人),立命館大学(130人)、
あたりか。難しいとは思いつつも、それそれが一斉に
10〜20人程度定員を削減する必要があると思われる。
統廃合論もけっこうだが、同時に、
“本当の原因”もちゃんと見なければ
不合理ではないだろうか。
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2011年9月15日付けの読売新聞の社説と
そっくり同じ。というか、
いつでも、どこでもいっしょ。
「社会人や若者を広く、年3000人合格させよう」
という前提(以下、“司法試験改革”)を肯定するのであれば、
いま現在、2000人できっちり門が閉じられていることの
主犯格は、法務省にあると考えるのが自然だ。
「合格点に届いているのが2000人しかいない」
というのはレトリックにすぎない。
それならば3000人受かるくらいまで
試験の難易度を下げればよいのだから。
法科大学院の質に決定的な問題があるとは思えない。
なぜなら、一橋や慶応、東大や京大の修了生ですら
毎年、半分前後が落ちているのだ。
これ以上、教員や学生の水準を上げるなんて、限界がある。
弱小校の統廃合など、おまけ程度の意味しかない。
(医師試験において、「東大医学部級でなければだめ。
さらには出てたとしても医者と認めるは半分だけだよ。」
なんて話は聞いたことがないだろう。)
もちろんこれは、司法試験改革を肯定した場合の話。
司法試験改革を批判することは、もちろんありうる。
「法律家は過剰であって、これ以上は必要ない」
という批判である。それはそれで一本すじが通る。
しかし、新聞はそうとも言わない。
「国の司法試験改革は、間違っていない。」
「でも、合格させない法務省も間違っていない。」
「努力が足りないのは、大学院と学生、あとたまに日弁連。」
根源である法務省は、是が非でも批判しないのですな。
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